田中陽希が歩く海辺の熊野古道・大辺路 人と自然と神仏が織り成す120kmの歩き旅【中編】

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世界遺産にも登録されている信仰の道・熊野古道(くまのこどう)。1000年以上の歴史をもち、今も多くの参詣者が絶えないこの祈りの道を、プロアドベンチャーレーサーの田中陽希さんと旅してきました。今回歩いた熊野古道・大辺路(おおへち)は、江戸時代以降、信仰と観光を兼ねて旅をする人々に多く歩かれた道ですが、石畳の残る古道、豊かな樹林、雄大な海岸線は、現代のハイカーや登山者にとっても魅力的なトレイルです。6日間におよぶ120kmの旅路。今回は大辺路の歩き旅の【中編】をお伝えします。

文=大堀啓太(ハタケスタジオ)、写真=金田剛仁(ハタケスタジオ)、協力=和歌山県観光振興課

前編はこちら

今回歩いたルート
熊野古道・大辺路

海辺を満喫した3日目|周参見~和深 約22.0km

早朝から元気いっぱいにお茶目な出発ポーズをとる陽希さん
早朝から元気いっぱいにお茶目な出発ポーズをとる陽希さん

3日目は、JRきのくに線の周参見(すさみ)駅から出発します。この日は、全長が4.5kmもある長井坂(ながいざか)という難所がありますが、そこからは枯木灘(かれきなだ)海岸の雄大な展望が広がっているとのこと。また、行程の中間地点付近で訪れる里野(さとの)の浜では、海岸の岩壁沿いを歩きます。普段の山歩きではお目にかかれない、海辺の珍しい景色が見られる歩き旅になりそうです。

「今日はいよいよ海辺の熊野古道が歩けますね!」。陽希さんも張り切ってスタート! はやる気持ちを抑えて、ペースを乱さないように国道42号に沿って進みます。

国道42号をそれて、コンクリート工場内を横切る。重機やトラックに気を付けよう!
国道42号をそれて、コンクリート工場内を横切る。重機やトラックに気を付けよう!

コンクリート工場の敷地奥の斜面に位置する馬転坂(うまころびざか)入口から登山が始まります。山中に分け入り、急な階段を登るため、まだ温まりきっていない体には急坂がこたえました。しかし、登り切った先の開けた尾根道からは本日歩く予定の道のりが見えて、歩く気力がみなぎります。ちょうど朝日も山並みの向こうから顔を出してくれて、冷えた体を芯から温めてくれました。一息ついてから、海岸沿いの道に下ります。長井坂の案内板に導かれるまま、和深川(わぶかがわ)沿いの道に入っていきます。

馬転坂という名前の通り狭くて急な坂を登りきると・・・
馬転坂という名前の通り狭くて急な坂を登りきると・・・
枯木灘を一望できる、開けた尾根道。今日の旅路の成功を約束するかのように、朝日が顔を出した
枯木灘を一望できる、開けた尾根道。今日の旅路の成功を約束するかのように、朝日が顔を出した
舗装路の横に延びる古道を進む。やっぱり舗装路より歩きやすい
舗装路の横に延びる古道を進む。やっぱり舗装路より歩きやすい

和深川沿いの道は緩やかに登っています。「家屋の石垣がとっても立派ですね!棚田もあって、のどかでいいなぁ」

一見退屈そうに思える舗装路でも、周りに興味を向けながら歩く陽希さん。谷間のためか、早朝だったためか、とても静かな集落を通り過ぎ、長井坂西登り口に向けて進みます。

タオの峠付近にある境目石は集落と集落の境界を示していた。明治43年(1910年)建立
タオの峠付近にある境目石は集落と集落の境界を示していた。明治43年(1910年)建立
「おはよう!」。番犬にも元気にあいさつ!
「おはよう!」。番犬にも元気にあいさつ!
「あれ、水が出ないぞ!?」。陽希さん、昨日までの2日間で40km以上歩いてきたと思えない元気さです
「あれ、水が出ないぞ!?」。陽希さん、昨日までの2日間で40km以上歩いてきたと思えない元気さです

周参見駅から、すたすたと歩き続けて一時間半ほどで和深川王子(わぶかがわおうじ)神社に到着。朝一番の参拝を行ない、長井坂の登りに備えて神社前のベンチでひと休み。

「ちょっと休みたいな」というちょうどいいタイミングで現われるベンチがありがたい
「ちょっと休みたいな」というちょうどいいタイミングで現われるベンチがありがたい

和深川王子神社から少し登ると、長井坂西登り口に到着。全長4.5kmの峠道の始まりで、標高約250mまで一気に登る、3日目の難所です。

「長井坂はどんなスタンプ柄かな?」。スタンプ柄を確認して、枠内にきれいにスタンプを押すことは、押印帳の楽しみのひとつ
「長井坂はどんなスタンプ柄かな?」。スタンプ柄を確認して、枠内にきれいにスタンプを押すことは、押印帳の楽しみのひとつ
登り始めから続く急な坂・・・。登りきった稜線は平坦な道で歩きやすかったのが救い
登り始めから続く急な坂・・・。登りきった稜線は平坦な道で歩きやすかったのが救い
道の途中、木々の切れ間から枯木灘を望める
道の途中、木々の切れ間から枯木灘を望める

急な坂を登りきり、平坦な道を歩いていると、凸型に盛り上がった道が出てきました。スムーズな通行のために、昔の人が土をつき固め、土手状に整形して、古道の水平レベルを一定に保ったといいます。正確な築年数はわかりませんが、江戸時代にはすでに出来上がっていたそうです。

人の手によって作られたことが一目でわかる段築(だんちく)の道。機械のない時代に、こんな立派な道を整備するなんて!
人の手によって作られたことが一目でわかる段築(だんちく)の道。機械のない時代に、こんな立派な道を整備するなんて!

「道の両サイドが切り立っていて、まるで広い平均台のようですね! これは歩きやすいです」

段築された道のおかげか、陽希さんの歩く速さもスピーディに。

植樹された米松の松ぼっくり
「で、でかい!」。植樹された米松の松ぼっくりはビッグサイズ!!
写真にも残したくなる枯木灘
思い出だけではなく、写真にも残したくなる枯木灘の美しさ
にナチシダが生い茂る石畳の階段を下りる
脇にナチシダが生い茂る石畳の階段を下りて、見老津(みろづ)駅に向かう

長井坂を下りると、海岸線沿いに走る国道42号を再び歩きます。道すがらにあるお地蔵さんに手を合わせて、旅の無事を祈ります。これからめざすのは、活力を得るためのおいしいランチ。

旅人を見守るかのようなお地蔵さんにあいさつしながら歩く
旅人を見守るかのようなお地蔵さんにあいさつしながら歩く
海岸沿いを歩くと潮風が香る
海岸沿いを歩くと潮風が香る

海辺の道を満喫しながら歩いていると、やがて道の駅すさみに到着しました。お目当ては、この近くでランチにおすすめと聞いていた「みき食堂」。早朝から歩いてエネルギーを消費した体が、カロリーを欲しています。

イノブタ農場直営の食堂とのことで高まる期待
イノブタ農場直営の食堂とのことで高まる期待

すさみ町はイノブタの主産地で、みき食堂ではイノブタ料理が味わえます。

イノブタとは、イノシシとブタを交配したもの。イノブタ焼肉丼、イノブタうどん、イノブタラーメン・・・。さまざまな料理のなかから、陽希さんが選んだのは、卵とじのイノブタ丼!

イノブタ丼
イチ押しのイノブタ丼をいただいた。もちろん大盛りで!
おいしい料理をいただくことも旅の醍醐味
おいしい料理をいただくことも旅の醍醐味

「お肉は軟らかくて、脂身は甘いです! 半分イノシシなのに、ジビエのようなクセがなくて、とってもおいしい!!」

大満足の陽希さん。次に来たときは、こってりしてそうなイノブタ焼肉丼を食べるそうです。

宇の平見(ひらみ)、中の平見、大平見・・・。道の駅すさみを通り過ぎると、「平見」という表記が地図によく出てきます。

平見とは、海岸に突き出たような平らな小山のこと。波に浸食された海底が、地殻変動などによって隆起した海岸段丘です。海岸沿いでは貴重な平地である平見では、サツマイモや麦の二毛作が行なわれていたといいます。

平見と呼ばれる海岸段丘をいくつも越えていく
満腹のお腹を抱え、歩き旅を再開。平見と呼ばれる海岸段丘をいくつも越えていく

「海岸沿いから坂を上がると平坦な土地で、家屋が立っていて、人の生活エリアになっているというのは、なんだか不思議な空間に感じます」

いろいろな土地を旅してきた陽希さんでも、平見は珍しかったようです。

いくつかの平見を越えると、里野の浜にやってきました。

里野の浜から六坊(ろくぼう)浜まで海岸を歩く
砂浜に向かっている道標。里野の浜から六坊(ろくぼう)浜まで海岸を歩く

「磯にくると、海水のたまり場に貝やカニなどがいないか、ついつい探しちゃいます。海岸歩きは潮の満ち引き次第で、歩きやすさが変わるので、気を付けたいですね!」

無邪気に海岸歩きを楽しむと同時に、海辺での危機管理も忘れない陽希さん。心から海辺の熊野古道を楽しんでいました。

磯を歩くときには転倒に注意を
青い海と同じ目線で旅するなんて最高! 磯を歩くときには転倒に注意を
陽希さんの旅といえばほら貝
陽希さんの旅といえばほら貝。この旅で初めて吹いた

六坊浜の奥にある沢の横を入り、石畳の階段を登ると国道42号に復帰。雨島の掘割を通り、木ノ本(きのもと)神社を参拝して3日目の無事を感謝します。そこからほどなくして、本日のゴールの和深駅に到着しました。

JRきのくに線和深駅
JRきのくに線の和深駅は海が見える小さな無人駅

「潮の香りを感じながら海岸沿いを歩き、平見という波の浸食でできた地形を見ることもできて、海辺を満喫した1日でした」

2日目までとうって変わって、海を常に横目に見ながら歩いてきた3日目の道のりに満足そうな陽希さんでした。

JRきのくに線
JRきのくに線に乗って、3日目の宿泊先がある江住(えすみ)駅まで戻る。電車沿いの道だからこそできる歩き方
「海のお宿」
3日目の宿泊場所は江住駅から徒歩3分ほどの「海のお宿」。部屋に波の音が聞こえそうなほどのオーシャンビューが広がっていた
4日目 古道も、寄り道も楽しむ
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