手持ちのスマホで衛星通信ができる! au Starlink Directが描く登山の未来

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文=大関直樹 写真=加戸昭太郎 協力=KDDI株式会社

“通信圏外エリア”※1でもスマホが使える!――そんな未来が、現実に近づいている。KDDIが2025年4月にスタートさせた「au Starlink Direct」は、手持ちのスマホをそのまま衛星通信に対応させる革新的なサービス。これまで山小屋Wi-Fiや「登山道における携帯電話の通信エリア化」 で通信環境を整えてきたKDDIが、ついに“圏外”という壁を越えようとしている。登山の常識は、これからどう変わっていくのだろうか? 登山ウェブメディア編集者、登山アプリ運営会社、山岳ガイド、登山系インフルエンサーが一同に集い、座談会で語り合った。

※1 日本国内(領海を含む)のau 5G/4G LTEのエリア外

山小屋から登山道、そして“圏外ゼロ”の時代へ

KDDIがアメリカの航空宇宙メーカー「スペースX」と手を組んだのは約5年前。衛星通信「Starlink」を活用し、通信環境を改善する取り組みを積み重ねてきた。

2023年には「山小屋Wi-Fi」がスタート。これまで携帯電話の電波が届かなかった山小屋からも、家族や友人にメールやLINEが送れるようになった。現在は日本アルプスエリアの日本百名山のうち、約7割の山で利用可能となり、延べ8万人以上の登山者に使われている。さらに登山道沿いでも電波が届く「登山道における携帯電話の通信エリア化」の整備が進み、山の通信環境は目に見えて進化している。

そして「au Starlink Direct」がついに始動。スマホが直接Starlink衛星とつながり、空さえ見えれば“どこでも通信”が可能になった※2。利用できるのはメッセージ送受信、位置情報の共有、緊急地震速報の受信などのほか、2025年8月28日には「YAMAP」「ヤマレコ」「ウェザーニュース」など登山者になじみ深い19アプリでのデータ通信も使えるようになった※3

料金はauユーザーなら追加料金なし※4。auじゃなくても3カ月無料で利用できる※5。安全性はもちろん、登山の楽しみ方そのものを変える新サービスの登場に、登山界から大きな期待が寄せられている。

※2 対象機種にて、iOSメッセージアプリ/Googleメッセージアプリ上でテキストメッセージ送受信可能(写真・動画・電子ファイル添付可能【一部機種を除く】。音声通話は未対応(2025年9月時点)
※3 従来からご利用可能なメッセージアプリに加え、対象機種にて、一部アプリ(YAMAP、ウェザーニュース注等複数アプリ)のデータ通信が可能(2025年9月時点)。 注:ウェザーニュースのiOS向けは今後提供予定
※衛星捕捉時には留守電機能と着信転送機能とナンバーシェア(スマートウォッチ)での着信機能をご利用いただけません。
※衛星捕捉まで時間を要する場合や、一時的に停波する場合があります。
※遮蔽物がある場合には接続が制限されます。また、一部地域においては接続されない場合があります。
※iPhone:2025年9月16日より提供開始 Androidスマートフォン:2025年8月28日より提供開始
※4 変更の際にはお知らせいたします。
※5 au Starlink Direct専用プラン+への加入が必要です。4か月目以降は有料となります。変更の際にはお知らせいたします。詳しくは当社ホームページをご確認ください。
https://www.au.com/brand/tsunagu/starlink/(サービス概要)
https://www.au.com/mobile/service/starlink-direct/(サービス詳細)

座談会第1部。衛星通信で広がる登山の可能性

座談会の第1部は、山と溪谷社が運営する登山情報サイト『山と溪谷オンライン』の西村健(にしむら・たけし)編集長、登山地図アプリ「YAMAP」共創推進事業本部長の金海裕市(かなうみ・ゆういち)さん、国際山岳ガイドの近藤謙司(こんどう・けんじ)さんの3人によって始まった。まずは西村編集長より登山者数の推移と遭難の現状についての報告からスタートした。

登山人口はこの10年で大きく変化している。総務省の社会生活基本調査によれば、2011年に1046万人だった登山者は、コロナ禍直後の2021年には861万人へ減少。一方で年間登山回数は増え、登山者はよりアクティブに。世代別では11年に最多だった60代に代わり、21年は40代が最多となり、登山の中心が若返りつつあると考えられる。

山と溪谷オンラインの西村編集長(左)とYAMAPの金海さん
山と溪谷オンラインの西村編集長(左)とYAMAPの金海さん
国際山岳ガイドの近藤さん
国際山岳ガイドの近藤さん

一方、警察庁によると2024年の山岳遭難は2946件で遭難者数は3357人。前年より減少したものの、長野・北海道・首都圏といったエリアで多発している。原因のトップは道迷い(30%)、次いで転倒(20%)、滑落(17%)。遭難者の8割が40歳以上で、その半数は60代以上だ。特に単独登山は死亡・行方不明率がパーティ登山の倍以上というリスクが浮かび上がっている。また、若年層では地図アプリやウェアラブル端末の利用が進み、道迷いが減少傾向にある。高齢層では体力低下や病気が背景となる事故が増加しており、世代ごとに異なる課題が見えてきているとのことだった。

最も需要があるのは「天気」。登山における通信環境の必要性について

続いて、2023年に「山と溪谷オンライン」が行なった「登山時における危機管理についてのアンケート」の結果を参照しながら、3人による意見交換が行なわれた。

Q.山行中に、通信環境が必要と思ったことはありますか

山と溪谷オンライン「登山時における危機管理についてのアンケート」(2023年)より

上で「はい」を選択した場合
Q.それはどこで必要と思いましたか

山と溪谷オンライン「登山時における危機管理についてのアンケート」(2023年)より

上で「はい」を選択した場合
Q.なぜ通信環境が必要と思いましたか

山と溪谷オンライン「登山時における危機管理についてのアンケート」(2023年)より
山と溪谷オンライン「登山時における危機管理についてのアンケート」(2023年)より

西村 アンケートでは、74%の方が「山行中に通信環境が必要」と回答しています。一方で「なくて当たり前」と考える人も一定数いました。世代による意識の差もあるかもしれませんね。回答の中で特に多かった関心事は「天気」でした。YAMAPでは登山中の天気に関するコンテンツを提供しているのでしょうか?

金海 はい、YAMAPプレミアム(有料会員)向けに山頂天気予報を提供しています。ただし、オンラインでなければ最新データを取得できないので、山中では活用しずらい場面が多いのが実情です。

西村 なるほど。では天気コンテンツの利用状況は、どの程度なのでしょうか?

金海 具体的な利用率などは申し上げられないのですが、YAMAPプレミアムユーザーが全員利用している状況とまでは言えません。経験豊富な登山者は、情報の細かさや更新頻度の点で、「ヤマテン」や「Windy」などの天気・気象に特化したサービスが好まれている印象ですね 。

西村 やはり登山の天気に特化したウェブサイトを使う方が多いのですね。

金海 YAMAPとしてもより登山者の求める天気サービスを今後は充実していきたいと考えています。

西村 近藤さんがガイドとして山に引率するお客様の中にも、山小屋滞在中に天気を気にされる方が多いと思います。そうした場合、どのように天気をチェックしているのでしょうか?

近藤 雨雲レーダーは役に立つこともあります。ただ、「午後から天気が崩れる」といった情報は、山の中でも確認できますが、本来は事前にしっかり調べておくべきだと思います。

西村 前日までの情報があれば、ある程度予測できるということですか?

近藤 そうですね。天気だけでなく地図アプリも同じです。情報が増えることは便利なことですが、同時に「準備をしなくても大丈夫」と考えてしまう危険もある。情報がどこでも手に入るようになると、事前準備を怠る人が増えるのではと心配しています。情報は多いに越したことはありませんが、それをどう活用するかが重要です。登山者は情報を使いこなすことで、自己判断力を高めていくことが求められていると思います。

西村 つまり、得られる情報を正しく分析し、自分で判断できるかどうかが大切ということですね。

近藤 その通りです。昔は「山中では情報が得られない」と思われていました。そのぶん、登山者は事前準備や適応力を身につけていた。今は情報が山中でも入手できるのだから、さらに情報を上手に活用してほしいと思います。

金海 情報を得られること自体は、一般登山者にとって非常にありがたいことです。ただし、それをどう理解し判断につなげるかは経験が必要ですよね。情報が氾濫するとミスリードしてしまう可能性も高くなります。やはり「情報を使いこなす力」が大事ですね。

今年5月、エベレストのキャンプ3(6500m付近)で視認できたStarlinkの衛星の光跡(写真=近藤謙司)
今年5月、エベレストのキャンプ3(6500m付近)で視認できたStarlinkの衛星の光跡(写真=近藤謙司)

家族・知人への安否連絡が双方向に

西村 通信需要の第2位は「家族・知人への安否連絡」でした。SNSは近況報告の役割もありますが、同時に安否確認の手段にもなりますよね。YAMAPにはそうした機能があるとうかがいましたが、ユーザーからの要望だったのでしょうか?

金海 はい、YAMAPには「みまもり機能(特許登録済)」という、位置情報を大切な家族や友達に知らせることができる、安心安全のための機能があります。ユーザーさんの声が起点となり、YAMAPが山の安全を支えるプラットフォームをめざしていることからも開発しました。電波の届かない山の中(オフラインエリア)でも、YAMAP ユーザー同士ですれ違ったときに位置情報をBluetooth通信で自動で交換します。ですが、山によっては誰ともすれ違わず、ずっと圏外ということも少なくありません。特に冬山では人がいないことも多く、位置情報が送れない状況が起きていました。「au Starlink Direct」のデータ通信により、※3登山中の位置情報が YAMAP のサーバーに送信される頻度が最大化されることで、登山者の安全が強化されます。登山者が万が一遭難した際でも、遭難時の位置情報がより正確に特定でき、迅速な救助・発見につながることが期待できます。

西村 確かに、バリエーションルートやオフシーズンなど他の登山者と遭遇しにくい状況で通信手段があると、遭難しても生還の可能性が高くなりますね。

金海 その通りです。実際、ユーザーさんからも「北海道の山は圏外のエリアが多いのですが、au Starlink Directを使って安心感が得られた」との投稿がありました。携帯電話が通じない山であっても、家族にメッセージや位置情報を送れることで安心させられる。これは大きな意味があります。従来の見守り機能は「誰かとすれ違う」ことが前提でしたが、今後は自分の端末だけで情報を送れる。これはまさに革命だと思っています。

西村 登山者本人だけでなく、家族が直接連絡できるのも大きいですね。これまでは本人から発信しなければ安否がわからなかったわけですが、「今どこ?大丈夫?」と確認できるのは安心感が違います。

金海 ええ。これまでは一方通行でYAMAPで「位置情報を送るだけ」でした。位置情報だけでなくメッセージまで含めて双方向でやりとりできるようになれば、登山中の安全・安心は格段に高まり、家族の不安も和らぐでしょう。今後は双方向のサービス実装がますます求められると思います。

衛星通信なら、状況が悪化する前に家族への連絡や、救助要請するチャンスが増える
衛星通信なら、状況が悪化する前に家族への連絡や、救助要請するチャンスが増える

モバイルバッテリーと通信の新常識

西村 スマートフォンの所持率は非常に高いと思うのですが、先ほどのアンケートで、持っていくものの第4位には、モバイルバッテリーが挙げられていました。今後、通信環境が整備されてどこでもつながるという状況になると、これまで機内モードやオフラインで使っていたスマホを、常に接続した状態で使うことになるので、バッテリーの問題っていうのはこれまで以上に重要になるかもしれませんね。

金海 そうですね。スマホが使えなくなるのは命綱を失うようなものですから、モバイルバッテリーは必携だと思います。ユーザーさんの投稿でも「山に持っていく三種の神器」のひとつにモバイルバッテリーが入っていることが多いのですが、最近は、au Starlink Directも登場するようになりました。今後は、モバイルバッテリーと同じように、au Starlink Directも必需品になるのではと感じています。

近藤 山小屋の充電環境もかなり整ってきていますよね。たとえば穂高岳山荘ではUSBポートがずらっと並んでいて、200円程度で充電できます。水の補給と同じように「山小屋で電源を補充する」ことが当たり前になってきています。

西村 なるほど。下界だと通信はライフラインのひとつですが、山でも同じですね。確かに近藤さんがおっしゃったように、充電できる環境は水と並んで登山者を支える要素になりつつありますね。

山小屋の充電コーナー
山小屋の充電コーナー。電源の重要度はますます高くなっていく(北岳肩の小屋)

オンライン決済、渋滞情報、知る喜び……通信が切り拓く新しい登山スタイル

西村 今回、au Starlink Directが始まって衛星通信が個人で使えるようになったことで、これまで制約の多かった登山体験が広がりそうです。YAMAPとしても、今後の開発や新しい取り組みを考えているのでしょうか?

金海 今後の取り組みとしては、山の保全に関わる入山料や協力金の支払いを、より簡単にできる仕組みを考えています。これらの徴収は、富士山をはじめ、日本アルプスでも導入が進んでいますが、現金に頼らず電子決済ができれば便利です。ただ、これまでは登山口や山中で電波が届かないエリアもあり、実現が難しかったのですが、au Starlink Directによって通信が可能になれば、入山料・協力金だけでなくトイレ利用料や寄付などもYAMAPアプリでリアルタイムに決済でき、山にお金が循環する仕組みを作れると考えています。

西村 確かに、以前から電子決済を導入している山小屋もありますが、通信環境が前提でしたよね。電子決済が普及すれば「小銭がなくてトイレのチップが払えない」といった不便もなくなり、登山環境が大きく改善されそうです。

山小屋の電子決済端末
山でオンライン決済が普及すると、多額の現金を持たなくても済むようになる(白根御池小屋)

金海 さらに、山の情報をリアルタイムに共有できるようにしたいです。例えば、雨雲や登山道の渋滞情報などをその場で共有できれば、登山者の判断に役立ちます。

近藤 登山道の渋滞情報は欲しいですね。「涸沢に人が集中している」、「槍ヶ岳の穂先が渋滞している」といった情報がリアルタイムでわかれば助かります。

金海 技術的には可能で、以前から検討していました。通信が安定すれば、地図上で登山者同士が情報を共有でき、さらに進化すると思います。

近藤 山小屋のスタッフなどが「まだ到着していない登山者がいる」と把握できれば、捜索のための不必要な出動を防げるかもしれません。

金海 そうですね。山小屋の予約時にYAMAP IDを登録しておけば、山小屋スタッフが宿泊者の位置を把握し、必要に応じて連絡できる仕組みも考えられます。双方向の通信は登山者の安心にもつながります。

西村 山小屋に常駐している遭対協の方々も、不必要な出動が減れば二次遭難のリスクを大幅に下げられます。さらに、登山者が滞在中に通信を使ってウェブメディアで山の歴史や自然の情報に触れられれば、登山の楽しみも広がりますね。

金海 通信環境の整備によって、これまでできなかったことが可能になります。特にリアルタイムでの情報共有や電子決済など、登山の安心と利便性を大きく変えるでしょう。au Starlink Directは革命的な技術であり、今後も活用の幅を広げていきたいです。

西村 私たちウェブメディアとしても、ネット上のコンテンツを見るのに充分な通信環境があるというのは、登山者の山の楽しみを広げるという意味で、すごくいいことだと思っています。登山の「登る楽しみ」に加えて、登山中に「知る喜び」を深めるお手伝いをしていきたいですね。また、衛星通信をうまく使いこなせる登山者に対するノウハウの提供などもしていけたらと思います。本日はありがとうございました。

登山道の写真
興味を持ったらすぐに調べる。知的好奇心が登山をもっと深めてくれる(写真=山と溪谷オンライン)

座談会第2部。 “ゆる登山”は衛星通信でもっと楽しく、安全になる

近年、気軽に山歩きやハイキングを楽しむ“ゆる登山者”が増えている。そのような登山者にとっても、スマートフォンは欠かせない存在となり、地図アプリや天気予報、交通情報の確認など幅広く活用されている。しかし一方で、山岳地帯では圏外になる場面も多く、不便さや不安を感じる声も少なくない。こうした課題を背景に行なわれた第2部の座談会には、『ランドネ』編集長の安仁屋円香(あにや・まどか)さん、『YAMA HACK』編集長の大迫倫太郎(おおさこ・りんたろう)さん、登山系インフルエンサーの上田真里奈(うえだ・まりな)さんが登壇し、山での通信環境について語り合った。

ランドネの安仁屋さん(左)とYAMA HACKの大迫さん
ランドネの安仁屋さん(左)とYAMA HACKの大迫さん
インフルエンサーの上田真里奈さん
インフルエンサーの上田さん

「つながる」ことで広がる山の楽しみ

座談会では、圏外エリアでも通信できることによって登山がより快適になる事例が多く紹介された。下山後の温泉やバスの時刻表の検索、雨雲レーダーを利用した登山計画の調整、仲間との位置情報の共有、さらにはSNSでの絶景発信まで――。電波があるだけで山での体験は大きく広がる。au Starlink Directの導入は、こうしたメリットを山中どこでも享受できることを意味しており、さらに緊急時の救助要請や位置情報の送信にもつながる点で大きな安心感をもたらすと語られた。

登山中の写真
山中で通信が使えると、大きな安心感につながる

衛星通信がもたらす新しい安心感

au Starlink Directは、これまで圏外だった山中でも通信を可能にし、初心者からベテランまで幅広い登山者に安全と楽しみを両立させる新しい選択肢となる。一方で、装備や準備を怠らず、通信を過信しない姿勢も欠かせない。テクノロジーの進歩に支えられつつも、山の厳しさを理解し、自然を尊重して楽しむ姿勢こそ、これからの登山に求められている。

関連リンク

au Starlink Direct