役行者生誕から1390年。田中陽希さんが歩いて感じた修験道発祥の地・葛城修験
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修験道の発祥地とされ日本遺産にも登録されている葛城修験(かつらぎしゅげん)。1400年近くの歴史がある修験の道を、プロアドベンチャーレーサーの田中陽希さんと歩いた。きびしい修行をイメージする修験だが、陽希さんは「登山も修験の一部」と言う。葛城修験を歩いて学び、感じたものとは。陽希さんが葛城の峰々を歩いた2日間と、参加したウォークイベントの様子をお伝えしよう。
文=大堀啓太(ハタケスタジオ)、写真=金田剛仁(ハタケスタジオ)・栗城翔太、協力=葛城修験日本遺産活用推進協議会
にぎやかな金剛山から静寂の経塚へ
山頂でひと休みしたのち、転法輪寺(てんぽうりんじ)に向かう。転法輪寺へと続く階段手前の「出迎え不動」が、登りで疲れた足を労ってくれるようだ。
この転法輪寺には、役行者が金剛山で修行中に現われたという日本で生まれた珍しい仏様「法起菩薩(ほうきぼさつ)」が祀られ、比叡山や大峰山に並ぶ七つの霊山のひとつとして多くの山伏が訪れるという。
転法輪寺と同じく金剛山山頂付近に鎮座する葛木神社にも参拝して、第二十一経塚へ。メインの登山道から外れているためか、ひっそりと静まり返っていた。
「こんなにひっそりしていると、知識がなければせっかくの存在にも気づきませんね。多くの登山者が歩いていますが、多くの人に葛城修験のことを知って関心を持ってもらえればと思いますね」
地元ハイカーが行き交う登山道に戻り、ミュージアム、キャンプ場などの現代的な建造物を横目に、伏見峠を折れてやや荒れ気味の石寺跡道へと入る。
稜線の登山道と違って登山者とすれ違うことなく石寺跡道を下っていくと、空気感が変わった気がした。
そこには、高さ3mにも及ぶ第二十経塚の大きな石が日常の喧騒から切り離されて堂々と座していた。静寂が2人の勤行の声音に包まれ、身が引き締まる思いだ。
山から下りた先は奈良県の西佐味地区で、田んぼが見渡せ、遠くには大台ヶ原や大峰山脈が広がっている。のどかな日本の原風景に出迎えられ、大きな杉を脇にした大辯財天(だいべんざいてん)をゴールとした。
「修験道は、どれだけ山に入って厳しい修行を積み、自分を追い込んで心身を鍛えるかという厳しいイメージを持っていました。
でも、湧き水などの自然から受けた恩恵に感謝したり、五感を通じて自然からなにかを感じようとしたり、山に入ってパワーをもらうのは、なんだか登山に似ています。きっと登山も修験の一部ですね。
新しいことに対して大事なのは、身構えすぎないで飛び込むこと。地図を見て気になったポイントを調べたり、登山道脇のお地蔵さんに手を合わせたり。それだけでも自分の世界が広がって、もっと登山が楽しくなるはずです」
この2日間で、陽希さんなりの葛城修験が見えたようだ。人それぞれの感じ方があるのも、修験の奥深さなのだろう。修験の感覚をつかみ始めた陽希さん。続く3日目は、15名の参加者と葛城修験のウォークイベントに参加した。