丹沢・檜洞丸の滑落に見る、山岳遭難の現在|神奈川県警山岳救助隊活動ファイルから

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首都圏有数の人気登山エリアである丹沢や三浦アルプスなどを管轄する神奈川県では、このところ山岳遭難が急増している。2021年には全国ワースト4位となる135件の遭難が発生。神奈川県警山岳救助隊は事故を防ごうと必死の努力を続けているが、2022年も遭難が相次いだ。気候は比較的温暖で、標高もさほど高くない神奈川の山で山岳遭難が後を立たないのはなぜなのか。ここでは、山岳救助隊員のインタビューを通して、遭難の実例とその背景を考えてみたい。

文=野村 仁/
写真提供=神奈川県警察山岳救助隊

 

西丹沢・檜洞丸の滑落事故で
救助作業にあたる隊員

 

西丹沢で続発する滑落事故

神奈川県警松田署は西丹沢から箱根北部の山域を管轄しており、以前から「ニシタンだより」などで登山者向けの遭難情報発信を続けてきた。相田一己さんは1996(平成8)年から松田署地域課に勤務し、救助隊員として多くの山岳遭難事例に対処してきた。高度な山岳遭難救助技術を有する神奈川県唯一の「山岳遭難救助技能指導官」に任命されており、山岳救助隊のリーダーとして活躍している。相田さんの印象に残っている、最近の遭難事例を紹介していただいた。

西丹沢エリアの山の安全を守る、
松田署の相田一己さん

 

檜洞丸登山道での滑落死亡事故

2022年5月22日(日)14時55分ごろ、檜洞丸ツツジ新道を高齢者6人パーティが下山中に、先頭を歩いていた男性(81歳)が登山道上で転倒した。男性は谷側の立ち木に座り込む体勢となったあと、立ち上がった際に、またバランスを崩しよろめいて谷に滑落した。通報を受けて山岳救助隊が出動し、翌23日に現場から約180m下の沢で男性を発見。病院へ搬送後に死亡が確認された。

檜洞丸ツツジ新道の滑落事故地点

 

――事故発生までの経過について教えてください。

この方たちはバスで来られて、午前9時半にビジターセンターを出発、だいたい午後1時半に登頂しました。約4時間、年齢的には順調に登頂しています。そこで30分ぐらい休憩して、リーダー的立場の男性を先頭に、2時ごろに下山開始しました。約1時間行った所で、先頭だった男性がバランスを崩して1回転んだあとに、立ち上がって、よろめいて谷へ落ちていった。これが午後3時ごろ。すぐ直後に目撃者から110番通報がありました。

――すぐに救助隊が出動したのですか?

この日は山開きがあって山岳救助隊はパトロール中でした。檜洞丸を通過して隣の犬越路という所に出る間、午後3時15分ごろに第一報を傍受したのですが、無線の入りがよくなかったので、電波のよい場所に移動して確認したのが午後3時40分。パトロール中の出動要請となりました。そこから下山して、もう一度、午後4時ごろに東沢林道の終点からツツジ新道の途中へ登山開始して、午後4時30分に滑落現場に到着しています。

――どういう救助活動だったのですか?

臨場した(現場に臨んだ)救助隊員は6名です。現場は崩落の危険性がありましたので、ダイレクトに真上から沢を下りることはできません。場所を分けて、2名は崩落に注意しながら支尾根をまっすぐ下りて、2名は登山道を少し下った所からトラバースしてアクセスしました。午後5時25分ごろ、だいたい距離にすると70〜80mぐらい下で、遭難者の位置を目視で確認できました。さらにロープでずっと下りてきて、午後5時40分ごろ遭難者と接触できました。頭部、顔面とも大きな傷を負っていて、心肺停止状態ということでした。 夜間作業を避けるため、その日はいったん下山しました。翌日、遺体をツツジ新道に引き揚げ、人力による搬送作業を行なって、ほぼ一日がかりで下山完了しました。

 

滑落事故現場の地形

男性登山者が滑落した地点

滑落地点から約50m、斜面の傾斜は40~50度

 

――滑落事故の原因は何でしょうか。登山ルートは稜線上にあるのですか?

そうです。現在は稜線上に道がありますが、以前は稜線の少し下で崖の横をずっと通るような道が100mほどつながっていました。そこで滑落事故が多発したために、6年ぐらい前に道を稜線上に付け替えて、危険な区間は閉鎖されました。今回の事故は、その閉鎖された入口の突端の所で滑落しました。上からまっすぐに下ってくると、稜線上を一度50〜60cm幅の切通しにして、右に80度ぐらい曲がってから、またさらに反転して、その崖っぷちの上に30mぐらい出ています。そこで落ちました。

――その30mぐらいが滑落危険箇所なのですか?

そうですね。まあ平らな道なんですけれど、谷側に落ちてしまうと止まらない。西丹沢の山っていうのは登山道の脇を見ると、枯れ葉が積もっていて、落ちても死なないだろうと感じる所が多いですけれども、実際には40~50度の傾斜が続いていて、1回落ち出すと止まる所がないのです。つかまるものが何もなくて、どんどん落ちていってしまう。見えなくなった付近でだいたい切れて垂直に落ちる、そんな感じです。今回もだいたい100mぐらい、傾斜40~50度の所を落ちていって、その先で垂直に17、8m落ちて、さらにその下のもうちょっと大きな岩場をだいたい50〜60m落ちて、岩の堆積している場所で止まる、そういうような感じです。

滑落地点から約180m、滑落者発見場所

 

――合計200m近く落ちてしまったと。丹沢の地形は、道がついているルート上の稜線は歩きやすくできていても、両側の谷とかには見た目よりもずっと危険な状況がある、ということなんですね。

そうですね。丹沢は地質学的には壮年期の山で、今は活発にどんどん岩山になろうとして崩れているらしいです。その感じがここ数年顕著で、丹沢湖周辺でも道路が落ちたり、穴があいたりとか、ユーシン渓谷のほうへ行く道路も崩落して埋まってしまう、そういう状態がここ数年続いているんですね。年々岩がむき出しになっていく感じで、それとともに登山道周辺の危険箇所も増えていくような気がしています。

――滑落の危険な状況がよくわかりました。最後に、登山者の皆さんに伝えたいメッセージがあればお願いします。

本事例は、頂上を折り返して、下り約半分の地点で事故が発生しています。81歳という年齢で登山すること自体がすごいことですが、やはり体を支える身体機能が低下していたのだと思います。登山道上で一度転んでしまいましたが、あせることなく落ち着いてゆっくりと立ち上がっていれば、事故を防げていたかもしれません。這ってでも山側の斜面を手掛かりに慎重に立ち上がってもらいたかったと、つくづく感じさせられました。

また、メンバーに60代、70代の方もおられました。滑落者の方はリーダーで、先頭を歩くのが恒例になっていたようですが、特に下山時はそういうことも考え直していただいて、体力のあるサブリーダーの方が前になって、後ろにもフォローできる方がいるとか、仲間同士で安全性の高い方法を工夫してほしいと思いました。

 

[檜洞丸:遭難の傾向]

檜洞丸は西丹沢で最も親しまれている人気の山です。県立西丹沢ビジターセンターを中心とする山域は年間1万人弱の登山者が訪れますが、そのうち檜洞丸登山者は6000人前後です(届出登山者数調べ)。最も人気のある時期は5月中旬~6月初旬で、各種ツツジの開花期と重なり、この時期は遭難者も多くなっています。

ツツジの季節に遭難が多発する


檜洞丸周辺では道迷いの遭難事例は少なく、転倒による骨折や、本事例のような滑落による重傷または死亡事故が多数を占めています。年齢としては中高年以上が多く、近年は70~80代の登山者も多く見られます。高齢者は下りに弱く、体を支えるためにダブルストックで歩く人が多いようです。しかし、けわしい山域ではダブルストックで両手が塞がると危険な場合があります。転倒しそうになっても木などをつかむことができない、ストックがつっかえ棒になってしまいバランスを崩す、鎖場でストックがあちこちに引っ掛かって進めない、などの事例が見られます。ストックは状況をよく見ながら使用することと、安全な使用法も研究してほしいと感じています。

 

記者の印象

地方警察署での通常の活動のほかに、山岳救助隊のリーダーとしてタフな活動を日々こなしている、地域の安全、山の安全を守る心やさしいお巡りさん。紹介事例の資料写真と地図を送っていただきましたが、きれいに整理してパックされていて、まじめさが伝わってきました。救助隊活動を通じて精通しておられる山の知識を、これからもぜひ表現して、私たちに知らせていただきたいと思いました。

丹沢山でのコロナ患者搬送訓練

 

相田一己さんプロフィール

1965年生まれ、神奈川県横浜市出身。第二機動隊レンジャー隊、新東京国際空港警備隊、松田署刑事課などを経て、1996年から松田署地域課に勤務。山岳救助隊通算年数は31年余り。これまで705件の遭難救助に出動し、救助者数は1220人に及ぶ(2022年10月現在)。神奈川県で唯一の「山岳遭難救助技能指導官」に任命されている。

松田署で山岳救助にあたる相田さん

プロフィール

野村仁(のむら・ひとし)

山岳ライター。1954年秋田県生まれ。雑誌『山と溪谷』で「アクシデント」のページを毎号担当。また、丹沢、奥多摩などの人気登山エリアの遭難発生地点をマップに落とし込んだ企画を手がけるなど、山岳遭難の定点観測を続けている。

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