田中陽希が歩く海辺の熊野古道・大辺路 人と自然と神仏が織り成す120kmの歩き旅【後編】
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世界遺産にも登録されている信仰の道・熊野古道(くまのこどう)。1000年以上の歴史をもち、今も多くの参詣者が絶えないこの祈りの道を、プロアドベンチャーレーサーの田中陽希さんと旅してきました。今回歩いた熊野古道・大辺路(おおへち)は、江戸時代以降、信仰と観光を兼ねて旅をする人々に多く歩かれた道ですが、石畳の残る古道、豊かな樹林、雄大な海岸線は、現代のハイカーや登山者にとっても魅力的なトレイルです。6日間におよぶ120kmの旅路。今回は大辺路の歩き旅の【後編】をお伝えします。
文=大堀啓太(ハタケスタジオ)、写真=金田剛仁(ハタケスタジオ)、協力=和歌山県観光振興課
国道から古道へ。古の空気を感じる5日目|古座~大泰寺(那智勝浦町) 約17.2km
5日目の移動距離は約17kmと、これまでと比べると少し短い。JRきのくに線の古座(こざ)駅をスタートし、前半は海岸線沿いの国道42号、後半は2016年に世界遺産に追加登録された清水峠を越えて山道を進み、ゴールの大泰寺(だいたいじ)をめざします。
「旅も終盤になってちょっと疲れ気味なので、ケガをしないよう気を引き締めながら歩きましょう!」
古座駅から古座橋を渡り、朝の静けさのなか古座川沿いの道を下っていくと、なにやらいいにおい。今日の道のりには、お店がほとんどないため、少し立ち寄ってみることに。
「弁当たちばな」さんのお店の中に並ぶのは、おいしそうなお惣菜。でも、陽希さんが選んだのはソフトクリームでした。さすが甘いもの好き。
「朝ご飯をしっかり食べたのでお腹はいっぱいですが、甘いものは別腹ですよね」
糖分で疲れも癒やされたのか、陽希さんの朝のむくんだ顔が元気になりました。
古座川沿いから外れ、趣のある町並みを進んでいきます。まだ朝の時間だからでしょうか。人の気配もあまりなく、町は静けさに包まれています。朝の参拝で清々しくなった気持ちのまま、歩を進めます。
古座の町並みを抜けて国道42号に出ます。線路には電車が走り、アスファルト道には車が行き交います。古風な雰囲気から一転、現代に戻ってきた気分です。
「海岸線の国道は歩道がほとんどないですね。車との距離が近くて、ヒヤリとします。右手には海岸線がきれいですが、景色を楽しみつつも安全第一で歩きましょう!」
やがて紀伊田原(きいたはら)に到着。この辺りは飲食店がほとんどないため、ここでお昼ごはんを食べていくことにしました。
「この区間を歩かれる方は、行動食やお弁当などを用意するなど、事前に食料計画をちゃんと立てた方がいいですね。食事によるエネルギー補給は歩く旅の糧なので」という陽希さんは、今回立ち寄るお店も前日に電話でしっかり営業確認をしていました。
国道42号に戻り、めざすは清水峠(しみずとうげ)。清水峠は、4日目に歩いた新田平見道(にったひらみみち)や富山(とみやま)平見道などとともに、2016年に世界遺産に追加登録された道です。
歩いていくと、この旅の最後の町・那智勝浦町を示す標識が。「ずいぶん歩いてきたなぁ」と振り返りながらも、立ち止まらずに歩みを進めます。
車道を車に気を付けながら歩くと、やがて清水峠の道標が見えてきました。
清水峠は、串本町(くしもとちょう)の田原(たはら)から那智勝浦町の浦神へと抜ける、約2kmの古道。西側の古道は昔の趣が残っており、東側には石段や石畳が残っています。
清水峠などの世界遺産追加の登録には、2日目からガイドをしていただいた上野さん率いる大辺路刈り開き隊のみなさんが大きく貢献しました。古地図や年長者の話からルートを探し、土砂に埋もれた石畳を見つけ、ヤブに覆われた古道を地元の人たちと協力しながら刈り開いたといいます。
ひと登りを終えると、どっしりとたたずむ巨木が。これまで歩き続けてきたため、木陰を借りて一息入れることにしました。静かな古道のなか、樹齢を重ねてきた巨木に抱かれていると、悠久の時を感じます。
清水峠を下ると、とても静かな紀伊浦神の集落に到着。ここから先、本日のゴールである大泰寺に向かう道は、山のなかを通って、浦神峠(うらがみとうげ)を越えます。
「大泰寺までは町中をもう通らないので、ここで身支度をしっかり整えましょう!」。紀伊浦神駅のトイレをお借りし、水分補給をして、次にめざすは浦神峠。
浦神峠にいたる林道を歩いていると、なにやら煙のにおいがします。近づいていくと、どうやら炭焼きの窯場のようです。
好奇心旺盛な陽希さんは、窯場のスタッフさんにごあいさつをし、炭焼き窯を見学させてもらうことにしました。山から切り出した木を窯に入れて火入れをし、火の熱でじっくり水分を抜いて、12日目に出すとのこと。
「本物の炭を作るためのこだわりは、まさに職人技ですね!」
目をきらきらさせ、感心しきりの陽希さんでした。
林道を登っていくと、やがて山道になります。陽希さんにはまだまだ余裕があるようで、足取りも軽く、5分ほどで浦神峠に到着しました。
浦神峠は平坦でやや広いスペースがあって、一息つくのに最適なことから休平(やすみだいら)といわれています。しかし、大泰寺はもう目の前。立ち止まらずに歩き続けます。
大泰寺は開創1200年という歴史あるお寺。峠を越えてきた熊野古道の参詣者にとっては、大泰寺は大切な拠り所となっていたようです。
そんな歴史ある大泰寺ですが、昔の人たちのように生活の中で親しんでほしいというご住職の思いで、宿坊を始めたといいます。「宿坊」という文字から勝手にイメージをしていた堅苦しさはなく、のんびりさせていただくことができました。
「5日目はアスファルト道が多くて緊張しました。でも、スタートした紀伊田辺まで86kmという道路標識を見たときは、ずいぶん歩いてきたなぁと感慨深くなりました。まだ旅は終わってないんですけどね。いよいよ明日が最終日。終えたいような、終わりたくないような・・・」
いよいよ旅の終わりは目前に。歩ききったとき、陽希さんはなにを思うのでしょうか。