30年にわたるスティープ滑降の軌跡と記録『中部山岳スティープスキー 100選』【書評】

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評者=加藤直之

中部山岳スティープスキー 100選

著:三浦大介
発行:山と溪谷社
価格:3520円(税込)

 

最初に三浦大介さんにお会いしたのは確か十数年前、『ROCK&SNOW』「山岳滑降の現在形」の座談会での席であったと記憶している。極めて怪しいオーラを放っていた氏の発する山岳滑降への飽くなき情熱は、まぶしいというより、いささか暑苦しいとさえ思えた(笑)。その後も、誌面で語ったり、時には山へ出かけたりしたが、世界中に存在する山岳滑降における無数の課題について語っている時は本当にうれしそうだった。

スティープスキーの定義は難しいが、山岳という不確定要素の多い環境下では、単なる急斜面という概念ではなく総合的に険しい斜面と理解している。当然急斜面の要素も含まれ、急峻なクーロワール、広大なフェイス、そのほかグライドクラック、見極めの難しい雪崩ハザード、そしてさまざまな能力を要求される登り返しまでを含めた山岳での総合力が試される。

本書は北アルプスをはじめ、90年代では滑降対象にすらなっていなかった珠玉のルートも数多く掲載されている。当時はまだ世間が急峻な谷を滑り降りることに開眼していない時代。それを抉じ開けた功績は大きいといえる。

私自身も三浦コレクションのうち何割かは滑降しているが、あらためて見てみると脱帽である。30年の年月、飽くなき情熱を傾けられたこと、さらなる高みへの求道心を失わなかったこと、そして、生き延びていること。これらは言葉で表わせるほど容易いことでは決してない。積年の献身がわかるが故に、感慨深い。と同時に、「これらを世間に出してしまうのか⁉」という淋しささえもある。

突き抜けた人と凡人の差は才能やフィジカル、メンタル云々もさることながら、「モチベーション」にほかならない。それがあるからこそ、温故知新を胸に先人の偉業を芸術にまで昇華できる。

「本書はガイド本ではなく、いちスキーアルピニストの単なる自慢話にすぎない」という前書きは、パトリック・バランサンやアンセルム・ボーに憧れ、スティープスキーに魅せられた三浦さんらしい言葉だ。SNSなどから最短距離で情報を入手できる現代に対する、人一倍回り道を繰り返してきた三浦さんの重みのある抗い文句と捉えている。まったくそのとおりと思うし、ガイド本の用途で使われるのは不適当だ。山岳環境は言うまでもなくコンディションが多様で、オンサイトでの状況認知能力がすべてだからだ。

最後に、『ROCK&SNOW』098号(22年12月発売)の誌上で13年ぶりに行なわれた「山岳滑降の現在形」の座談会で、三浦さんが呟いたのを聞き逃さなかった。「自分はたまたま運よく生き残ったわけではない」と。この本を手に取る方々も、よほどの物好きだと思うが、この言葉の意味を噛みしめ、そして圧倒されてほしい。

 

評者=加藤直之

かとう・なおゆき/1972年生まれ。国際山岳ガイド。日本バックカントリースキーガイド協会会長。北米ヨーロッパアルプス・ヒマラヤの高峰からの滑降のほか、国内外で登る・滑る遠征を重ねる。

山と溪谷2023年3月号より転載)

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