ルポ・荒船山。どこまでも続く秋の散歩道の先に待つ大絶景

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異形の山がひしめく西上州のなかで、ちょっと風変わりな山が荒船(あらふね)山だ。長く平坦な頂稜と、一気に落ち込む断崖がつくる航空母艦のような姿は、一度目にすれば忘れられない異様さを醸し出している。しかし、登ってみると、そこにはのどかな山道と秋の絶景が待っていた。

文・写真=西村 健(山と溪谷オンライン)

異形の山で、のどかな秋のハイキング

いったいあの山はどうなっているんだろうーーそんなふうに思わせられる山というのがある。北アルプスの剱岳のような険しい山もそうだが、その逆に真っ平らな山頂をもつ苗場山のような山もそうだ。群馬県と長野県の県境に位置する荒船山(1422m)は後者のほうで、険しい奇峰が林立する西上州にあって、異様に平坦な姿で人目を引く存在だ。

浸食によって形成されたというこのメサ(スペイン語でテーブルの意)地形。平坦な頂稜と切り立った艫岩(ともいわ)は、あたかも山波に浮かぶ航空母艦のように見える。しかし、そんな異様な姿とは裏腹に、登山コースは歩きやすく、ファミリー登山にも人気の山だ。要注意箇所もあるにはあるが、コースを選び、急斜面や断崖に近づきすぎさえしなければ、誰もが楽しめる名山といえる。小学生の息子を連れて、秋の一日を荒船山で過ごした。

ルポ・荒船山。どこまでも続く秋の散歩道の先に待つ大絶景
登山口の荒船不動
ルポ・荒船山。どこまでも続く秋の散歩道の先に待つ大絶景
荒船山は信仰の山だ

この日の登山口は西面の荒船不動。南側にも不動明王を祀る威怒牟畿(いぬむき)不動がある。今は登山口が4カ所あるが、かつては不動明王を祀ったこの2カ所が主な登山口だったのかもしれない。沢伝いに秋色の森を登っていく。子どもにも歩きやすい道で、ミズナラやカエデの葉っぱを拾いながら歩いていくと、標準タイムどおり約1時間で星尾峠に着いた。

もうひと登りして最高地点の経塚山へ。山頂付近はもう落葉しており、初冬の様相だ。吹きわたる風が冷たい。小さな祠に手を合わせて、経塚山分岐まで戻る。平坦な疎林が広がっていて、お弁当を広げるハイカーがあちこちにいる。たしかに、日だまりでのんびりしたくなる穏やかな場所だ。我々も昼食をここで済ませて、再びザックを肩に歩き出す。

ルポ・荒船山。どこまでも続く秋の散歩道の先に待つ大絶景
落ち葉を踏んで星尾峠をめざす
ルポ・荒船山。どこまでも続く秋の散歩道の先に待つ大絶景
足元に見つけた鮮やかなカエデ
ルポ・荒船山。どこまでも続く秋の散歩道の先に待つ大絶景
星尾峠
ルポ・荒船山。どこまでも続く秋の散歩道の先に待つ大絶景
星尾峠付近は紅葉が見ごろを迎えていた
ルポ・荒船山。どこまでも続く秋の散歩道の先に待つ大絶景
最高地点の経塚山
ルポ・荒船山。どこまでも続く秋の散歩道の先に待つ大絶景
経塚山分岐は広い平坦地になっている

登山道はここから緩やかなアップダウンを繰り返す。とはいっても、起伏は本当にゆったりとしていて、息が切れるような登りはほぼない。茶色に枯れたシダの草むらの奥に、「皇朝最古修武之地」と刻まれた石碑があった。説明文によれば、昭和初期の建立という。なんでも、天照大神(あまてらすおおみかみ)に野菜、魚以外の殺生を禁じられた建御名方神(たけみなかたのかみ、諏訪大社の祭神)が、海に面した関東に領地を拡大しようと戦の準備を始めた。千葉県香取市にある香取神宮の祭神・経津主大神(ふつぬしのおおかみ)と、茨城県鹿嶋市の鹿島神宮の祭神・建御雷之男神(たけみかづちのおのかみ)はそれを迎え撃つべく、信州と上州の境のこの地に陣を構えたんだとか。そんな神話を顕彰する石碑らしい。

この話は結局のところ天照大神が戦乱を避けるために瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)を使わして和議を結ばせた、という結末なのだそうだ。なんとも生々しい勢力争いのエピソードではあるが、たしかにこの奇妙な台地は、神話の舞台にふさわしい不思議さをもっている。日光の戦場ヶ原も同様だが、山の多い日本では、妙に広い地形はさまざまなイマジネーションをかき立てるものだ。

ルポ・荒船山。どこまでも続く秋の散歩道の先に待つ大絶景
皇朝最古修武之地の碑

ぼんやりそんなことを考える父をよそに、息子は「最高の1本」を求めて、歩きながら次々に枯れ枝を拾っている。なぜ男の子はこんなに棒ッキレが好きなんだろうか。太いの、長いの、形がかっこいいの・・・次々に拾っては入れ替えていく。それ、家まで持って帰るのかい?

ルポ・荒船山。どこまでも続く秋の散歩道の先に待つ大絶景
なだらかな散歩道をのんびり歩く

台地の散歩道の終点は断崖だった。例の艫岩の上だ。一気に視界が開ける。正面に浅間山が大きい。この足元から200m切れ落ちているという艫岩は、転落事故の多発場所でもある。たしかに、下がどうなっているのかのぞき込んでみたいような気持ちになる場所ではある。しかし、その一歩が命取りになるのだということも、容易に想像できる場所だ。際に立ってもさほど危険を感じないので、もう一歩、もう一歩と進んでしまうのだろう。荒船山では親子登山の遭難例もあり、実はすこし不安を感じながらのハイキングでもあった。息子に「あんまり近づくなよ」と声をかけたものの、そもそも高所恐怖症気味なので果敢な行動に出るはずもなく、余計なお世話だったようだ。

ルポ・荒船山。どこまでも続く秋の散歩道の先に待つ大絶景
艫岩の上から浅間山(奥)を望む

下山は往路を戻る。午後の斜光線を浴びながら、息子の背中を追っていった。

ルポ・荒船山。どこまでも続く秋の散歩道の先に待つ大絶景
午後の光の中、往路を戻る

(取材日=2022年10月29日)

COURSE DATA

コースタイム:荒船不動〜星尾峠〜経塚山分岐〜経塚山〜経塚山分岐〜艫岩〜経塚山分岐〜星尾峠〜荒船不動 計4時間20分

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