悪場峠は雪が残って越えられず、大宮ナンバーが１台停まっている。「他にも登る人が居る」とほっとしながら身支度をしていると、東京の２人がタクシーで上がって来る。
　Ｐ450の先の鞍部から少し登った尾根の乗越地点が仏峠で(7:40)、尾根通しに踏跡が付いているが水無平へのトラバース道の方の踏跡が濃い。水無平へ下りると雪の上に足跡が残っている。判り難い夏道を追って行くと勾配が増し、ジグザグに635ｍ鞍部へ急登して一息吐く(8:45)。カタクリを愛でながら緩い尾根を木六山へ向かい、残雪を踏んで山頂に立つ。眺めの良い所らしいが、雨が心配な空模様では視界が得られない。
　２つ目の七郎平山を目指すと、カタクリに加えてイワウチワが咲き乱れている。下山する夫婦と出会い、銀太郎と五剣谷の間にテント場が得られることや今年は雪が多くて藪漕ぎがほとんど無いこと等を教えてもらい、「矢筈岳を踏むことが出来そうだ」と足が軽くなる。
　雲が纏わり付く双耳峰を見上げて、「標高825ｍと906ｍの次は千ｍ峰の銀次郎だ」と気合を入れる。銀次郎の登りで単独の男性(大宮人)に追い着く頃から天気が良くなり、山頂に立つと銀太郎と五剣谷、青里岳が姿を見せ、心が沸き立つ。
　登山口から６時間で銀太郎山に着く。「記録では五剣谷まで９時間掛かり五剣谷から矢筈岳へは９時間でピストンしているが、少し割引いても良さそうだ。敢えて五剣谷までテントを担ぎ上げる必要は無いだろう」と計算し、山頂から10ｍ下った所に風を避けられる格好の場所を見付けてテントを張る。大宮人は「もう少し先まで行かなくても大丈夫？」と心配し、東京のペアーも先へ進む。
　昨夜は雨を嫌って軽車輌の座席で５時間ほど横になっただけなのに加えて今日の登りで疲れている筈なのに、何故か熟睡できないで夜を過ごす。強風が終夜吹き荒れるが、深夜には星空が広がる。
　
　コッヘルがテントの底布に凍り付いており、「シメタ！ 雪が締まっている」と喜び、ノーアイゼンで出発する。二重山稜の鞍部に在る昨日下山した夫婦の幕営跡地には東京組がテントを張っている。鞍部から数百ｍの藪漕ぎをし、アイゼンを着けて南東斜面を山頂の右肩へ登って五剣谷の頂を踏む。
山頂はテント１張り分の広場があるだけで、早朝の静かで素朴な雰囲気が好い。左肩を怒らせた青里(あおり)岳への稜線を目で追うと中間点付近にテントを発見し、時間にして40分くらいの所に人影が１つ見える。待望の矢筈岳が早出川源頭を囲繞して左へ長く廻り込む尾根の奥に姿を現し、地図通りに長い。
　程好い固さの雪稜を快調に歩いてＰ1,120を越え、Ｐ1,096から200ｍほど藪を漕いで下る。青里岳直下のＰ1,190で合流する２人が見上げられ、小憩の後１人が先行して行く。スノーリッジが眩しい青里岳に登り着いて眺めると、雪稜が矢筈岳まで連続している。昨年は雪が少なくて粟ヶ岳から矢筈岳へ縦走する計画を諦めたのだが、今年はたっぷり残っているようだ。東京の２人は粟ヶ岳へ縦走すると言うが、トレースは無いようだ。ブッシュに腰を下ろして２本目を立てる。
　南東尾根の肩から少し藪を漕ぎ、潅木の出た急斜面を抜けて雪稜を下る。Ｐ1,000を難無く越え、955ｍ鞍部で大宮人に追い着き、頭上に見える男性のステップを辿ってＰ1,054の急斜面を登り、ブッシュに腰掛けて３本目を立てる。大宮人が追い着いて来て、しばらく雑談する。
　矢筈岳西尾根の肩のＰ1,180から先は藪が優勢になって雪が分断され、登りではアイゼンの爪が藪に引っ掛かって体力を消耗するのでアイゼンを外す。矢筈岳頂稜東端のＰ1,241が最高点のように見えて「一番奥までの藪漕ぎは長いなあ」と持久戦の心構えをするが、潅木交じりの広い尾根を上がって右から回り込むと「お疲れさまー！」と山頂で寛ぐ男性の出迎えを受ける。しばらくすると大宮人も登ってきて、３人で大展望を楽しみながら歓談する。「最高の天気なのに、カメラを忘れてきた」と嘆くと、東京の男性が「写真を撮って送って遣る」と言う。
　五剣谷の前後では今日入山した10人ほどと出会い、矢筈岳と五剣谷岳の人気振りを知る。テントを出る時は「12時までに帰着できたら、今日下山しよう」と胸算用していたのだが、矢筈岳のピストンは行動10時間と生半可のものではなく、疲労困憊の態でテントに戻る。雲が広がって陽射しが無くなり、早々と夕食を済ませて横になっているとテントの外で声が聞こえ(17時頃)、男性が１人下山して行く。

　３日目も好天に恵まれ、「昼までには下山できるだろう」とのんびりと出発する。２分で銀太郎山頂へ上がり、銀次郎(7:05)では五剣谷を目指す６人パーティーと出合う。七郎平(7:50)にはテントが３つ張ってあり、ショウジョウバカマやイワウチワ、カタクリの花を楽しみながら歩いているとＰ790(8:40)の前後で数パーティーと出会う。
　木六山には登りでは気付かなかったコブシが花を開いており、水無平ではゼンマイ採りの夫婦に出会い、林道へ下りるとたくさんの山菜採りの人を目撃する。テントやシュラフを乾かしながら小１時間休憩してから、月山スキー場へ向かって出発する。