移住者インタビュー
Interview
HAKUBA
長野県白馬村

取材・文=大関直樹 写真=渡辺幸雄 取材協力=白馬村役場総務課

話を聞いた人
中沢直人さん (29) 紫帆さん (36) 颯蘭くん (2)
Nakazawa Naoto / Shiho / Sora

いつかは自然の豊かな田舎へ。
結婚をきっかけに移り住んだのは、山と里が近い長野県白馬村だった。
そして、個性豊かな地域の人たちと親しくなるにつれ、ここでの暮らしがますます楽しくなってきた。


結婚を機に自然を求めて白馬村へ

「天気が良い日の北アルプスは、見ても登っても最高です! 東京に住んでいた頃は、夜でも街が明るいので遅く寝るのが当たり前でした。しかし、白馬(はくば)村に移住してからは、自然に早寝早起きが身につきました。朝活をしてから、日中は仕事。そして、夕方から夜は家族で過ごす時間を楽しむというライフスタイルが楽しいです。田んぼからカエルの鳴き声が聞こえたりして(笑)、マンションの部屋の中にいても自然の存在を実感できるのもいいですね」

そう語ってくれた中沢直人(なかざわ・なおと)さんは、東京から移り住んで5年。出身は長野県の須坂市で、子どもの頃から北アルプスを見て育った。専門学校を卒業した後は、東京のOA機器メーカー就職、営業を担当した。会社は数万人規模の従業員を抱える大きなもので、それなりにやりがいはあったものの、いずれは東京を離れて自然のなかで暮らしたいという思いが募っていったという。

「平日は朝から晩まで仕事。週末も友達と街に遊びに行くくらいで、自然に触れるような活動は、ほぼしていませんでした。今とは、真逆の生活でしたね」

そんなとき、直人さんに転機が訪れる。東京で出会って1年ほど交際をしていた白馬村出身の紫帆(しほ)さんと結婚を決意。ふたりで始める新しい生活は、共通の故郷である長野県にしようと決めた。移住の候補地は、長野市や直人さんの地元だった須坂市なども考えたが、最終的に紫帆さんが生まれ育った白馬村を選択。2016年4月1日、移住してきたその日に入籍した。

「最大の理由は、北アルプスをはじめとする大自然が間近にあったからです。私も妻も、田舎で育ったこともあり、自然が豊かな土地に帰って暮らしたいという気持ちが根底にありました。移住から3年後、息子の颯蘭(そら)が生まれたのですが、子育てする環境としては、めちゃくちゃいいですね。やっぱり、すぐそばに自然があることの幸せを実感しています」

と言いながら直人さんは、白馬村の観光名所である大出公園に案内してくれた。今日は残念ながら曇り空だが、晴れたら吊り橋越しに見える白馬(しろうま)三山の姿がさぞ美しいことだろう。休日には、この公園の原っぱや河原で娘と遊ぶことが多いという。

「もし東京に住んでいたとしたら、子どもとの時間の過ごし方は全然違っていたと思います。通勤時間も含めて仕事に割く時間が多くなり、家族で夕飯を一緒に食べるのも難しかったかもしれません。こちらでは、帰宅してから親子で夕焼けを見ながらゆっくり散歩。それから一緒に食卓を囲む時間があるんです」

1 2歳を過ぎた息子が好きな肩車で。村内を散歩
2 白馬のシンボルのひとつ。白馬ジャンプ競技場にて
(写真提供=中沢直人)

住まいも仕事も人がつなげてくれた

中沢さん夫妻が移住を決心してから実行に移すまでの期間は、たったの2カ月。そんな短い時間で、仕事や住居をどのように準備したのだろうか。

「まず、東京で勤めていた会社に辞表を出しました。とりあえず、移住以外に選択肢がない状況に自分を追い込むことから始めたんです。白馬村での仕事も決まっていなかったので、もちろん不安はありましたが(笑)。住むところに関しては、妻の知人からマンションの部屋が空いているよと紹介してもらったんです。これは、タイミング的にもラッキーでしたね」

実は、日本有数の国際マウンテンリゾートである白馬村は、国内外から注目を集めているため、地価の上昇が続いている。また、農業が主要産業のひとつであるため農地の面積が大きく、市街地には大きな建造物をたくさん建築できるスペースがあまりない。そのせいもあって、値ごろな賃貸物件はそれほど数が多くないという。

「正直なところ住宅事情については、それほどよくはないと思います。やはり、素晴らしい自然を求めて多くの人が集まってくるからでしょう。売家もそこまで多くないですし、売りに出ていたとしても高い。周囲からもそういう声はよく聞きます。ですから、「住まい探し」に関しては、少しだけ苦労する部分があるかもしれません」

白馬村役場によると、「別荘地にある個人住宅で売りに出ている家屋も、外国人や国内の富裕層が購入し、リフォームして再び売りに出したりするため高くなりがちですね」とのこと。実際は低価格の物件もある。しかし、高価格物件の数が多いので目立ってしまうようだ。

住まいが決まったら、次は就職先を見つけなくてはいけない。半年ほどいろいろと探していたところ、また人づてに紹介してくれる人が現われた。紫帆さんの実家は、八方尾根(はっぽうおね)でパラグライダースクールを経営しているが、そのスクールの生徒さんが今の職場を紹介してくれたのだった。

直人さんが務めている「モンスタークリフ」は、使われなくなったスノーボードやスキーギアをリサイクルして販売している会社だ。この会社のユニークなところは、「早朝に登山やスキーなどのアウトドア・アクテビティを楽しんでから定時までに会社に出社する」という「エクストリーム出社」を奨励していること。そしてエクストリーム出社したメンバーに対して、その日のランチ代をフルサポートする制度がある。これは、社員全員でランチを食べながらエクストリーム出社したメンバーの体験を聞く場を設けて、みんなでシェアするためだ。

「朝、晴れている山を見て『今日はここに行ってみようかな』と思ったら、そのまま気軽に行けちゃいます。こんな自由な働き方をさせてくれるのも、社長の佐藤自身が白馬の自然を愛しているからこそなんだと思います。こういう職場で働くことができたのも幸運でした」

1 大自然が身近に感じられる生活をすることが、直人さんの夢だった
2 空気が澄んでいる白馬村の空は、どこまでも青くて高い
3 吊り橋越に見える白馬三山は、ポスターや雑誌にも登場する絶景だ
4 大出公園を流れる姫川沿いの道は、颯蘭ちゃんと散歩することも多い

アウトドア好きが集まる刺激的なエリア

今でこそ夏は登山やロードバイク、冬はスキーと白馬の自然を満喫している直人さんだが、移住する前は、登山をまったくやったことがなかったという。移住後に山麓から眺めて「山の景色はすごいな!」と思っていたが、登るきっかけがなかった。そんなとき、白馬山案内人組合の副組合長である松澤幸靖さんに出会う。松澤さんも直人さんも朝活でランニングをしているうちに、自然に打ち解け山登りに誘われた。移住してきてから2年後のことだった。

「最初は白馬三山の縦走に連れていっていただいたのですが、本当に感動しました。稜線に立った時、『ここは日本なのか?』と思うような、見たこともない景色が眼前に広がっていて。あれは今でも忘れられないですね」

そこから登山にハマった直人さん。今は、夏だと月の半分くらいは山に入っていることもあるという。冬山登山も始め、今シーズンは唐松岳(からまつだけ)と上田市にある根子岳(ねこだけ)にも登った。

「やはり、一番好きな山は最初に登った白馬三山のひとつ、白馬鑓ヶ岳(はくばやりがたけ)ですね。里から見ていてもカッコイイ山ですし、白馬鑓の頂上からから眺める杓子岳(しゃくしだけ)の風景も好きです」

自然の素晴らしさはもちろんだが、白馬村のもうひとつ大きな魅力は、個性的な人が多いことだと直人さんはいう。

「仕事だけでなく趣味や遊びでも幅広い活動をしている人がたくさんいるんですよ。例えば、登山だけなく自転車とサーフィンまで楽しまれている方もいます。そういう意味では、アウトドア・アクテビティが好きな人にとっては刺激的なエリアだと思いますよ。そして、私の場合は、松澤さんを始めとしてそのような方たちから、声をかけていただけたことに本当に感謝しています。そういうつながりが増えていくことで、私自身もここでの暮らしがますます楽しくなってきました」

1 モンスタークリフは、スノーギアの買取販売を手がける会社だ
2 倉庫の棚にはぎっしりと商品が並ぶ。その数はなんと1万点以上
3 2019年からはオリジナルスノーボードの製造販売も始めた
4 エキストリーム出社で仕事での創造力が高まると語る社長の佐藤敦俊さん

自分から楽しむ気持ちが人とのつながりを深めてゆく

直人さんが、地元に溶け込んでゆくきっかけとしては、朝活で地元の人と一緒に走ったり、消防団に加入したり、「白馬国際トレイルラン」というイベントの実行委員会に参加したことが大きかったという。

「実行委員会には、移住者の方がほとんどいなかったので、地元の方とコミュニケーションを取る機会が一気に増えました。あとは消防団ですね。大会に向けての早朝訓練があったりするので、大変といえば大変なのですが(笑)。ただ、トレランの実行委員会にせよ消防団にせよ強制されて入ったわけではありません。自分がやりたいと思ったから始めました。そして、自分で楽しみながらやった結果として、地域の人とのつながりが自然と増えていったんだと思います」

最近は県外からの移住者が年を追うごとに増えている白馬村だが、移住者は2つのパターンに分かれると言う。ひとつは、移住者同士で仲良くなるパターン。もうひとつは、積極的に地域の住民と関わろうとするパターンだ。

「いずれも良し悪しがあるかと思いますが、せっかく移住してきたからには、地域と関わっていくのが自分としては面白いのかなと考えています。もちろん、信頼できるような関係を一から築いていくというのは、大変な部分もあります。しかし、逆に考えるとそれが面白味だったりもしますよね。結局は、自分自身がどう捉えるかという問題なのだと思います」

白馬村はもともと観光で成り立ってきたという土地柄もあって、田舎にありがちな閉鎖性のようなものをあまり感じないと直人さんは言う。基本的には「誰でもウェルカム」なホスピタリテイがあるので、「あの人はよそ者だから…」という目で見られたことも一度もないそうだ。ただし、都会とは違って人間関係が濃密な分、コミュニティの結束は強い。

「そうかといって構える必要はないと思います。気楽に自然体で飛び込むと、きっと歓迎されますよ。白馬に移住したいと考えている方は、山が好きな方が圧倒的に多いと思います。そんな山が好きだという気持ちを持って、地元の人たちとの繋がりを無理なく築いていくことができたら、普段の生活がどんどん面白くなっていくと思いますね」

1 2019年の初夏。1DAYで白馬村から東京日本橋までロードバイクで。ゴールの瞬間
2 人気縦走コース表銀座。槍ヶ岳を見ながらトレイルラン
3 ナイトハイクからの唐松岳ご来光。ガスがよい雰囲気を演出してくれた
4 2020年10月末。初雪。鏡平山荘から西鎌尾根稜線をのぞむ
(写真提供=中沢直人)

冬の寒さがあるから春が来るのが嬉しい

最後に、移住した後に悩んだことや困ったことについて聞いてみた。直人さんはしばらく熟考した後、次のように答えてくれた。

「子どもが遊べる公園がもっとあればいいのになと。白馬は遊具がある公園が少ないんです。自然がある分、遊具がない(笑)。遊具がある公園に行くために、隣の大町(おおまち)に出かけたりもするので。でも、本当にそれくらいですね。思い返せば、節目節目でちょっとした悩みはあったと思いますけど、もう覚えていない。きっと忘れてしまう程度のことだったんでしょうね」

東京在住者から見ると、冬の寒さや除雪が大変じゃないかというのも気になるが……。

「最近は、雪がどかんと降るようなことも少ないので、そんなに負担じゃありません。うちはマンション住まいなので、自分で雪掻きしなくても除雪車が入ってくれますし。ただし、一軒家に住まわれている方は、どうしても除雪はやらざるを得ないみたいですね。冬は確かに寒いですが、その分、春の到来のうれしさだとか、夏の気持ち良さといった季節感を感じられるようになりました」

初めての北アルプスは白馬三山縦走。中沢さんはこの山行から山に魅せられた(写真提供=中沢直人)

 
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