移住者インタビュー
Interview
MATSUKAWA 
長野県松川村

取材・文=大関直樹 写真=矢島慎一 取材協力=松川村総務課噂の田舎へ案内係 

真田瑞己さん (30)
Sanada Mizuki

山と暮らしがつながっている場所に住みたい。
そんな想いから、馴染みはないが移り住んだ松川村。
そこで待っていたのは人々の優しさと北アルプスの絶景だった。


生まれて初めての登山は南アルプスの3000m峰

松川(まつかわ)村を流れる乳川(ちがわ)に沿って安曇野(あづみの)の田園風景に囲まれた安曇野ちひろ公園。5万3500㎡という広大な敷地の一番北側にある体験農園で、真田瑞己(さなだ・みずき)さんは私たちを待っていてくれた。真っ黒に日焼けした肌と爽やかな笑顔が印象的な好青年だ。

真田さんは、2021年4月に『地域おこし協力隊』として採用され、松川村に移住してきた。『地域おこし協力隊』とは、3年の任期期間中に農業や漁業、地域の魅力PR、お祭りやイベントの運営などの地域協力活動を行ないながら、地域への定住を図る総務省の制度だ。平成30年度は、1061の自治体で5000人以上が活動し、任期終了後も地域に定住している人が多いという。

「私の仕事は、観光促進や地域のコミュニティ作りが主なものです。具体的には、安曇野ちひろ公園の体験農園や体験交流館、野外学習ゾーンを使った観光イベントの企画・立案・実行などです。また、そのようなイベントをSNSやホームページでチェックしている人も多いので、WEBを通じてアナウンスもやっています。地域のコミュニティ作りに関しては、調理体験をするチームや公園内の庭園を管理するチームなどがあるので、その方たちと一緒に参加者が楽しめるようなイベントのお手伝いなどもしています」

真田さんは東京都町田市の出身。両親がアウトドア好きだったため3歳でスキーを始め、小学生の頃は毎年、キャンプに出かけた。初登山は中学1年生のときだった。南アルプスの仙丈ヶ岳(せんじょうがたけ)に登ったが、頂上から眺めた景色は今でも忘れられないという。

「人生初の登山が3000m峰だったんですが、いろいろな意味で衝撃的でした。登山イベントに参加したのですが、タイトルが「行こう、雲上の世界に!日本百名山、仙丈ヶ岳!」というものだったんです。やっとの思いで頂上にたどり着いたら、そのタイトル通り、雲の上にぽっかり浮かんでいる富士山や北岳(きただけ)が見えました。それは感激しましたね。でも、下山はかなりバテて疲れた記憶もあります。感動と大変だったことの両方を一度に体験したことで、忘れられない思い出になっています」

1 真田さんの職場である安曇野ちひろ公園体験農場で収穫されたジャガイモ
2 ハワイでのファームステイの体験が今の仕事に役立っている

ウィスラーでの滞在経験が松川村への移住を決めた

中学校の山岳スキー部に入った真田さんは、夏になると奥多摩や丹沢へ登り、冬はスキーに熱中した。高校時代は周りにアウトドアを楽しむ仲間などがいなかったので、あまり山に行く機会がなかったが、野外教育を専攻する大学に入学すると、アウトドア熱が再燃。2011年にはカナダのウィスラーに行く計画を立てた。

「しかし、東日本大震災が起きてしまったんですよ。周りで自粛ムードが広がっていたので、旅行は断念しました。そして、大学卒業後は川崎市で児童厚生員を5年ほどやりました。学童クラブや児童館で子どもたちの健全育成にたずさわる仕事です。やりがいもあり充実していたのですが、どうしてもウィスラーに行きたいという想いをずっと持ち続けていて…。結局その仕事を辞めて、30歳になる前にワーキングホリデーで念願のウィスラーに行ったんです」

ウィスラーでは、住んでいた家の裏にトレイルがあったので、気軽に登山やスキーに出かけることができた。また、アウトドア好きのコミュニティもあり、みんなでグループランニングをしたり、ボランティアで登山道の整備に出かけたのも楽しい思い出になったという。

ウィスラーに1年間滞在した後は、ファームステイをするためにハワイ島を訪れた。そこで3ヶ月間に渡って農作物の収穫作業などを手伝いながら滞在。そんな活動をするうちに、日本に帰っても自然が身近な場所に住みたいと考えるようになっていった。

「じゃあ、どこがいいかなと思ったときに、以前から登山やスキーで訪れていた長野県や山梨県が思い浮かんだんです。このふたつの県は、いろいろなエリアに行ったことがありましたし、身近に感じていました。知っている場所だったので、とくに移住体験などをしなくても、住むことに不安はありませんでした」

移住を決断した真田さんは、まず「長野県 移住」や「長野県 求人」というキーワードでWEB検索するところから始めた。仕事の内容としては、これまでの知識や経験を活かせる野外教育や、以前から興味があった農業に関するものに絞った。そこで偶然見つけたのが、松川村で募集していた『地域おこし協力隊』だった。

「この仕事なら私のキャリアや経験を活用できると思いました。しかもエリアを見たら、安曇野と大町の近くで、北アルプスにもすぐ行くことができる。これは、とっても魅力的だなと感じて、すぐに応募しました。ワーキングホリデーから帰国してすぐに、いい仕事に出会うことができて、本当に運がよかったと思います」

1 松川村の食材を使って地域の人と郷土食づくりなどができる体験交流館
2 大地の恵みに触れ合うことができる安曇野ちひろ公園の体験農場
3 体験交流館のお知らせボードの上で出迎えてくれた2羽のツバメ
4 パッと見えると本物の人と間違えてしまいそうなリアルなかかし

通勤途中の美しい景色と美味しい食べ物に感動

松川村に実際に住んでみて、まず感動したのは、通勤途中で目に入る後立山連峰の山並みだった。

「自宅から職場まで、乳川沿いのサイクリングロードを使って通勤しているんですけど、景色がすごいんですよ。自転車で走りながら左手には蓮華岳(れんげだけ)、餓鬼岳(がきだけ)、有明山(ありあけやま)と名だたる名峰が、右手には緑豊かな田畑が広がっています。毎日、「今日は天気がよくてきれいだな」とか、「今日は曇っているので見られなくて残念だな」と雄大な風景を見ながら仕事に向かうことができるのは、うれしいですね。また、夕方家に帰って窓を開けると、夕陽に染まる後立山連峰が見えるんですよ。そんな絶景を眺めながら夕食を食べる時間は、最高です!」

松川村は、人口約1万人。高瀬川、乳川、芦間川、穂高川という4つの川に囲まれた、平坦な農村地帯だ。北アルプスを源とする清冽な川の水によって育まれたお米が美味しいことで知られ、長野県内有数の酒米の生産地でもある。村には日本酒を醸造する酒蔵はないが、『真澄』、『大雪渓』、『七笑』など長野県産の銘酒は、松川村産の酒米を使って作られているものが多い。

「お米を始めとして食べ物は、本当に何でも美味しいですね。4月には、地域の方が「山菜がたくさん採れて余っているから」とおすそ分けしてくださったんです。旬のものだけあって、絶品でした。これから松川村で暮らしていくなかで、本当に美味しい季節の野菜や果物を食べられるのかと思うと、今から楽しみです(笑)」

地域おこし協力隊の同期で登山仲間でもある西村耕平さんと

引っ越し3日目に感じた地元の人の優しさ

移住してくるまでは、松川村について詳しくは知らなかったという真田さん。3ヶ月暮らしてみて、どんな印象を持ったのだろうか?

「松川村は、広い平野部に住宅地や田畑が広がっているので、遮るものがなくてすごく開けているんですよ。その影響なのか、地元の方たちもオープンマインドで穏やかな人が多いように感じています。田舎というと、閉鎖的とか過干渉というイメージを持ちがちですが、松川村では全然そんなことがありません。距離感もよくフレンドリーに接していただけているのでとてもありがたく思いますし、心からいいところに来たなと実感しています」

真田さんが引っ越してきて3日目のこと。郵便局に用事があって出かけたところ、局員さんがとてもいい人だったので、村での生活について色々と尋ねてみた。「どこでお米を買ったらいいですか?」と聞いたところ、「○○さんのところのお米が美味しいから、待っていなさい」と言う。すると、少したってから近所の農家の方が「これを食べたらいいよ」と、わざわざ郵便局までお米を届けてくれた。

「まさかお米を持ってきてもらえるなんて思わなかったので、うれしかったですね。そんなふうに地域の方とコミュニケーションをとりながら生活することが楽しいです。あと、このあたりって中山間地なので動物が里に降りてくることもあるんです。地域の方で罠をかけている人もいらっしゃるのですが、「シカが捕れたぞ!」と連絡をもらって、一緒に解体させていただいたことがありました。ここでは、山と暮らしがちゃんとつながっているんだなと思いましたね。以前から、そういう場所で生きていきたいと考えていたので、この体験もすごく印象に残っています」

1 初めて合戦尾根から燕岳を登った。息は上がったが何度も通うことになりそうだ
2 雨のなかのトレイルランレースとなった中央アルプス・スカイラインジャパンを完走した
3 後立山連峰縦走時に立ち寄った「もう一度行きたい山小屋」の一つ、八峰キレット小屋
4 2021年6月、同期の西村耕平さんと上高地から西穂高岳へ。独標でのひとコマ

アウトドアが盛んな村として松川村を盛り上げたい

ウィスラーでの生活のように気軽にアウトドアアクティビティを楽しめ、コミュニティのある環境で暮らしたいと願っていた真田さん。移住前から楽しみにしていた登山やスキーなどについては、満喫できているのだろうか?

「近い山だとクルマで30分くらい走ると登山口に行けるので、登山やトレランをするにはかなりいい環境だと思います。1時間も走ると八ヶ岳(やつがたけ)や白馬(しろうま)方面にも行けます。私は冬山には登らないので、今の季節(5~6月)は低山に登るくらいですね。北アルプスに近い松川村に住んでいても、まだ高い山には登っていません(笑)。でも、先週は『地域おこし協力隊』のメンバーと八ヶ岳に登ってきました。今年の夏には、北アルプスのメジャーな山に挑戦したいです。常念岳(じょうねんだけ)や蝶ヶ岳(ちょうがたけ)、上高地から入って槍ヶ岳(やりがたけ)や焼岳(やけだけ)なんかに登れたらと考えています」

松川村で色々と新しい出会いがあったことで、仕事もプライベートもとても充実しているとのことだが、真田さんの『地域おこし協力隊』としての任期は2年9カ月残っている。今後はどのように活動をしていきたいのか抱負を聞いてみた。

「私の場合はこういう職種なので、働いていることで地域の方と関わりが自然と生まれてきました。そこからいろいろなお話を聞かせていただいたり、美味しい野菜をいただいたりと様々な恩恵に授かっています。今度は、その恩返しというわけではありませんが、地域に貢献できたらと思っています。具体的には、私自身が山を歩いたり走ったりしているので、その魅力をもっと発信してきたいですね。松川村は、安曇野や大町、白馬にくらべるとアウトドアアクティビティが盛んなイメージがまだ薄いと思います。だからこそ、山に登ったり、トレランをしたり、スキーをしたり、様々なアウトドアの活動を楽しむ人たちが、ここ松川村にも集まってきたくなるような雰囲気を作ることができたらいいなと考えています」

野外体験活動を通じて松川村の土地の豊かさを感じてもらえたらという真田さん

 
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