幾度と訪れたくなるごはん処。美味しくて、嬉しくて、楽しくて、お酒が進む渋沢駅の「いろは食堂」

下山後に味わいたい粋なごはんを紹介するライター西野 淑子さんの「下山メシのよろこび」。今回は、丹沢の表玄関・大倉へアクセスの起点となる渋沢駅近くにある「いろは食堂」へ。関東の“山や”であれば一度は名前を聞いたことがあるだろう、登山者に愛されているごはん処。

ずっとずっと来たかった、好きな店にようやく足を運ぶことができた。

その店に初めて入ったのはもう10年以上前のことだ。登山の講習会に参加した帰り道、意気投合した受講生仲間に、ちょっとだけ飲んで帰ろうよと言われた。渋沢駅にバスが到着したのは15時過ぎ、普通の居酒屋はあいていない時間だが、その店は当たり前のように暖簾をひらひらとさせていた。

民芸調の居心地のよい店内で、おつまみとお酒を味わう。これから行きたい山の話で盛り上がり、ちょっとだけ飲んで帰る予定が気付けば2時間以上経っていて、外はすっかり暗くなっていた。それ以来、丹沢で山を歩き、渋沢に下りてくるとこの店「いろは食堂」に足を運ぶ。

定食も美味しいと聞いたのだが、私が訪れるのは専ら下山後、一杯飲むためだ。たいがい、お店に入ると同じような登山客が何人もいる。みんないい感じに顔を赤くしているのは飲んでいるためか、日焼けのせいか。楽しそうに山の話をしながら飲んでいる。

ビールを頼むとすぐに名物の大山豆腐が出てくる。一応メニューはあるはずなのだが、いつもおかあさんが“適当に”美味しいものを出してくれるのだ。以前はカウンターに大皿でお惣菜が並んでいて、「これが食べたい」と言うと盛りつけてくれた。お皿に3品ほど盛りつけて「このぐらいでいい？」と聞いてくれる。おつまみはどれもおふくろの味。洗練されていない、愛情たっぷりの素朴でやさしい味。ついついお酒が進む味。いつだって幸せな気持ちで時間を過ごし、ほろ酔いで店を出る。

しばらく丹沢を訪れる機会がなかったが、先日、山仲間たちと沢登りで丹沢を訪れた。下山したら「いろは食堂」。最初から決めていた。

ビールを頼んで乾杯。すぐに大山豆腐が出てきた。ああこれこれ、いつものだ。ひんやり、すっきりした味。さらに「自然薯だよ」とお皿いっぱいのとろろが出てきた。すごいなと思ったら、とろろの下にまぐろのぶつ切りがたっぷり隠れていた。仲間たちの目が点になる。一口食べて「おいしい！」

「あんまりお腹すいてなぁい？」と言いながら、おかあさんが3品ほど出してくれた。ぜんまいのおひたし、ピリ辛こんにゃく、厚揚げと糸こんにゃくの煮物。これはビールが進むよね、いや、日本酒に替えていい？

頑張って歩いたからお腹すいてるかも、と言ったらもう一皿。ふきのとうの酢の物、らっきょう、かまぼこ。さらにキャベツととうもろこしとパスタのサラダ。山菜類は春にとれたのを仕込んでいたらしい。ふきのとうが今食べられるなんて贅沢だなあ。サラダのとうもろこしは朝とれたばかりのだって。

美味しくて、嬉しくて、楽しくて、お酒が進む。だいぶ長居をしてしまった。料理もお酒も全部平らげて、みんなでフラフラしながら店を出る。「次に来るときは先に電話してくれたら、美味しいのを用意しておくから」とおかあさん。いやいやいきなり来ても充分美味しかったです。ごちそうさま。でも次に来るときは電話します。ありがとう、大好きです。