沢ヤのバイブル パワフルに復刊『 新編増補 俺は沢ヤだ!』

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評者=西野淑子(フリーライター)

新編増補 俺は沢ヤだ!

著:成瀬陽一
発行:山と溪谷社
価格:1320円(税込)

 

単行本『俺は沢ヤだ!』を手に入れたのは沢登りを始める前で、そのころは正直なところ、この本の中の記録はスーパーマンが未知の渓谷に挑む「現在のおとぎ話」だと思っていた。沢登りを始め、自分の体験をもとに読めるようになると、描かれている世界の深さ、すごみに震えた。何度も読み返し、そのたびに困難な滝の登攀やゴルジュ突破の場面で手に汗を握った。遡行を共にする個性的な仲間たちと、信頼し合っている様子がすてきだと思った。

2014年、成瀬さんの講演に行く機会を得た。世界における沢登りの可能性をテーマにお話をされていた。小柄でにこやかな一方で、人間としてのパワーがキラキラとあふれていた。

そのときサインをいただいた愛読書「俺沢」が、その後の国内外の遡行記録も合わせてヤマケイ文庫に登場。さらに熱く、いや暑苦しくパワーアップしている。直筆の遡行図や写真が豊富に差し込まれているのもうれしい。

成瀬さんは未知未踏の谷を求め続ける。一匹の無力な生きものとして自然とがっぷり向き合い、もがくなかで生きる喜びを謳歌する。完登しても「制覇」ではない。遡行できた喜び、自然への畏敬の念、仲間への感謝。困難な遡行であればあるほどその思いが強く現われていて、胸が熱くなる。

そして思う。難易の差はあれど、私たちのしている「登山」の本質は、心躍る冒険なのではないか。未知のものを見たい、触れたいと思う心は、山の難易度やジャンルにかかわらない。「俺沢」は、山と向き合うすべての人の心に火をつける「冒険の書」だ。

 

山と溪谷2021年6月号より転載)

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