アラスカの大地を歩き、紡いだフォトエッセイ『写真の隙間』【書評】

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評者=鈴木優香

写真の隙間

著:佐藤大史
発行:信濃毎日新聞社
価格:1760円(税込)

 

数年前にネパールの山を歩いてから、未だ見ぬ土地への憧れの気持ちが大きくなった。行きたい場所リストは年々増えるばかりで、生きているうちにどれだけの場所を訪れることができるのだろうと途方に暮れてしまう。

そんな折、一冊の本を手にした。星をちりばめた紺色の夜空を駆け巡る、オーロラのグリーン。帯をめくると、雪に見立てた純白の紙上に行き交ういくつかの足跡が現われる。リスとクマ、もうひとつは人間。この本の著者である佐藤大史さんのものだろう。

佐藤さんは2015年からアラスカに通い、壮大な自然とその土地で生きる動物たちの姿を写真に収めてきた。毎年写真展を開催する一方で、写真だけでは伝えきれないストーリーを知ってもらいたいという思いから生まれたのが、『写真の隙間』である。

太陽の沈まない北極圏の白夜、アラスカ半島に暮らすクマ。伝えたいアラスカの姿を求めて、佐藤さんはひとり、縦横無尽に移動を繰り返す。撮影するエリアはあらかじめ目星を付けておくが、地図は長年更新されていないことも多いため正確とは限らない。常に自身の目で状況を判断しながら、50㎏ほどの荷物を背負い、ツンドラの上を、深い雪の中を、食料と機材のバッテリーがもつかぎりひたすら歩く。

野生動物との遭遇や、マイナス30℃で過ごす冬など、思わず身震いしてしまうストーリーがたびたび語られるが、意外にも佐藤さんはそれを冷静に受け止めている。未知の世界には恐ろしさのフィルターをかけてしまうことが多いが、知識や経験を積み重ねることで、目の前の事実にフラットな気持ちで対峙できるようになるのだろう。厳しい自然の中では、動物たちの逞しさと人間の非力さが浮き彫りになる。同時に、大きな地球から見ればどちらも等しい命であるという事実にも気付く。

「はるか遠くの土地に生きるものや、普段自分の属しているところから遠く離れた世界を想像してみること。宇宙から見た地球のような視点とも言える。そんな視点を日常の中で携えることは、僕にとっても遠い未来にとっても正しい選択が何かを教えてくれる」(第4章「タイムラプスを撮る」より)

この本を読み終えた後、アラスカの景色をもう少し見たくなって、佐藤さんのホームページを訪れた。先ほど読み込んだ言葉が写真の間を縫うように思い出されると、まるで自分が旅をしているかのような錯覚に陥る。ああ困った。また行きたい場所がひとつ増えてしまった……と思いながらも、佐藤さんの言う「始まりや終わりを感じさせないしなやかさ」をはらんだ景色を、この目で見てみたいものだなぁと、思考は遥か彼方アラスカの地へ飛んでゆくのだった。

 

評者=鈴木優香

すずき・ゆか/東京藝術大学大学院修了。アウトドアメーカー勤務を経て、山で見た風景をハンカチに仕立てるプロジェクト「MOUNTAIN COLLECTOR」のほか、写真やデザイン、執筆と幅広く活動する。

山と溪谷2022年12月号より転載)

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