山を訪ね歩き、描く。山旅の画文集『水彩の山』【書評】

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評者=三宅 岳

水彩の山

画・文:中村好至惠
発行:白山書房
価格:2420円(税込)

 

本とは体で味わうものである。

中村好至惠さんの新しい画集をそっと手にとる。柔らかな紙質が水彩の表紙絵になじむ。ゆっくり開く。絵が見やすい。パラパラと行きつ戻りつ絵を眺め、挟まれた文章を楽しくたどり。ついでにカバーを外し、背表紙までながめて綴じ方を確認。

コデックス装という装丁だとか。もう一度カバーと帯をきちんと戻す。さすがに、嗅覚や味覚を満たすことにはならないが、眼福はもちろん、手触りの妙まで楽しめる一冊。

本の味わいここにあり。

新型の流行病の上陸からすでに3年。巣ごもり需要という言葉が生まれ、低迷の読書人口が増える、という期待もあったが、あにはからんや。店を閉じた街角書店も多く、休刊する定期刊行物も多い。そんな昨年末、届いたのはまたもや残念な知らせ。

季刊『山の本』の2022年冬号に、次の春号発行後休刊という告知があった。じっくり読ませる山の雑誌が、その歴史に幕を下ろすという。

この雑誌、創刊号から楽しみだったのが表紙。飛ぶ鳥も落とす勢いの沢野ひとしが、今も描き続ける表紙絵。版型が同じ、レイアウトも似ているぞ、と一部では『本の雑誌』の山版、と話題になった。

さらに楽しみなのは本文にちりばめられた挿絵である。当初、熊谷榧さんが描かれていたが、08年からは中村好至惠さんの絵となった。柔らかな筆づかいに、しかししっかりとした線が引かれる中村さんの絵。『山の本』では、絵に加えて、飾りのない文章も併せ、その才を発揮してきた。

その中村さんの第二画集が、この『水彩の山』である。

「絵とは、表層を追い描くだけではなく、見えないものを如何に描ききれるか……」

と記す中村さん。当たり前の話だが、山旅があってこそ絵があり、絵があってこその山旅が垣間見えてくる。よく知られた山も、あまり知られていない山も、ちゃんと山として描かれる。多くの絵に、きちんと山頂が描かれているのは、お人柄か。つまり、ひねくれていないのだ。

たとえば三俣蓮華のテント場から描いた鷲羽岳。よく知られた景だが、絵になっての力強さに驚く(菊判の巨大和紙を広げ描いたようだ)。また、人気の丹沢山塊にあって、あまり知られていない華厳山。その山の春がなんと明るいことか、とこれまた驚く。

季節を通じて、あちらこちらを巡ったからこそ引けた線、描かれた色。そして山頂。いいなあ。「今、描き終えても心はまた次の絵、山を思う」と言う中村さん。絵だけでなく山行記も併せて、しっかり味わえる画文集なのである。

 

評者=三宅 岳

みやけ・がく/1964年生まれ。写真家。山岳写真に加え、山仕事や林業もテーマにしている。近著に、山人の暮らしと手仕事を紹介した『山に生きる』(山と溪谷社)。「山の写真撮影術」を連載中。

山と溪谷2023年3月号より転載)

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