「水の山」高尾山|ネイチャーガイドに聞く、高尾山の豊かさと気候危機の影響①

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

週末に気軽に登れる高尾山は都心から近く、年間270万人もの人が訪れます。同時に、標高600mに満たないながらも、1320種の植物、150種の野鳥が息づき、日本3大昆虫生息地でもあります。しかし今、高尾山には2つの危機にあるといわれています。それは、生物多様性の危機と気候危機です。高尾山のネイチャーガイド坂田昌子さんに話を聞きました。

語り手=坂田昌子、聞き手=岡山泰史、写真=新井二郎

エビネ
エビネ

高尾山は生物多様性の宝庫

高尾山には1320もの植物の種がいて、タカオスミレなどスミレの宝庫としても知られ、それから昆虫の3大生息地の一つ。さらに、日本の水鳥も含めたすべての野鳥の3分の1といわれていたんですけど、最近は4分の1の150種ぐらいかな。生き物が多様です。でも、根底にはやっぱり植生がありますよね。あらゆる生き物の多くが植物に頼っているわけですから、植生の豊かさは基本なんですね。

では、どうして高尾山の植生が豊かなのか。大きくは2つ理由があります。

一つは東日本の植物と西日本の植物が、ちょうど高尾のケーブルあたりで出合っていること。裏高尾の北側斜面だと比較的東日本の植物がメインで、南側はカシとかシイとか常緑樹が多い西日本の森のようです。

高尾山にはブナがあるのですが、それ自体あまり考えられないことです。高尾山の400m付近、ケーブルの上の高尾山駅にブナが1本あって、普通は生きていけない標高だけれども、ブナがそのほかにも約80本残っているんです。そのちょっと上の方に行くと、ブナのすぐ横にカシの木があって、植物のことを知ってる方は「えっ!」ていうような山なんですね。

どうも「小氷期」といわれる、地球が少し冷え込んだ時代が元禄の頃にあって、その時、日本列島は対馬暖流の影響で、凍るというよりは、すごく雪が多い状況になったらしいんですね。その時に、ブナの分布が南下したり、標高が高いところから低いところに降りて進出してきました。その後、地球が再び暖かくなって、日本列島も気温が上がってブナは撤退していくんですけれど、高尾のブナはみんな居残ったということのようです。

「水の山」であることが高尾山の豊かさのもう一つの理由

高尾にブナが残ったもう一つの理由が、おそらく「水」じゃないかといわれているんですね。すごく水抜けがいい山といったら正しいかな、水が早く循環する山なんですね。

ブナは、よく知られているように、ほかの樹木よりも水を吸い上げる「水好きな植物」で、雪も好きですよね。生育のために充分な水を必要とする。同時に、寒いところでも生きていける植物です。科学的には証明されきってはいないのですけれども、高尾山は水の循環がすさまじくいいことが、ブナが高尾に生息している最も大きな理由なんじゃないかといわれているんです。

「水の山」ということが、高尾山の植生の豊かさを保証してくれいます。それも、地面の中の水です。私たちは、表面の水の流ればっかり見がちなんですけども。

高尾山の地層は、1億年ぐらい前、海底で堆積した地層が隆起した「小仏層」といって、粘板岩、千枚岩、硬砂岩などでできています。それが70度から80度ほどとほぼ垂直に立ち上がっているんですね。だから高尾山を輪切りにすると、地層が全部縦という状態で、この縦になった地層、粘板岩と砂岩の隙間を「水道(みずみち)」といって、水が複雑に流れていく。もちろん水はさーっと流れるわけじゃなくて、その亀裂の間を細かくゆっくり落ちていくし、木が吸い上げたりすると、浅いところはもっと複雑な動きをするんですが。

縦に流れていくと、複雑だけれども、やっぱり水抜けがいいんですね。だいたい高尾の水は雨が降ると15年ぐらいで湧いてくるといわれています。15年って、山としてはすごい短い時間なんですよね。人間にとっては長いですけれども、山としてはそんなに長くない。山の中に水が浸み込んで、わずか15年で湧いて出たり、植物を通じて蒸散して、また雨となって降るという、すごく水の動きが早いんです。

高尾は伏流水も多いのですけど、地下水が豊富だから、ちょっとボーリングするだけで、ピュッと水が出てきてしまうんですね。そういう、水が非常によく循環する山であることが、高尾山が多様な植生を作り出している一つの要因なんじゃないかといわれています。

ですから、水の動きは、地面の中の循環と、地上の循環のバランスが非常にいいんですね。もちろん、植物たちが水を蒸散させることもありますし、根が植物ごとに多様な深さに張り巡らされ、水と空気を吸い上げる複雑な動き方をしている。すると、植物が地上で出す湿度を求めて、またさまざまな植物が集まってくる。根っこの浅いところまでも、複雑な水の動きが生まれます。そういう動きに対して、また保湿を求め、さまざまな生き物がやってくる。

水好きの植物が多い一方で、尾根の方はもちろん乾いてくるわけで、一つの山の中で、尾根筋の比較的乾いたところを好むものと、あちこち滝や湧き水が湧いて出て、渓流沿いなど水がたっぷりのところを好むもの、少し程度の湿度を好むものというふうに生態系の種類が多く、それが植生の豊かさを保証しているのです。

タカオスミレ
タカオスミレ

温暖化が水の流れを変えている

でも、そこが温暖化が一番直撃してしまうところなんですよね。

最近、高尾山は凍らないんですよ。雪も少なくて。東京都とはいえ、裏高尾だと摺差(するさし)の豆腐屋さんあたりが境目で、八王子は雨でもそれより上は雪になることが多かったし、道もよく凍結していました。最近は凍らなくなっている。さらに、雪が降らないことがここのところ続いています。

従来であれば、冬になると土中に潜った水が凍る「凍結破砕(とうけつはさい)」という作用があるのです。水が土中に浸み込んでいって、高尾山は寒いので凍ります。そうすると水が膨張して、岩とか地層の隙間を広げていくんですね。膨張と伸縮を繰り返して、長い時間をかけて、水道を複雑に作っていく。あるいは狭かった水道を少しずつ広げていって、さらに水の通りがよくなる。この凍結破砕の作用がなくなってしまうと、いったい植物たちにどういう影響が出てくるのかわからないんですよね。

さらに水そのものが少ない。雪って結構な水の量ですよね。しかも雨と違ってゆっくり解けてくれるので、結構、長時間ジメジメしてくれる。そういう状態がないと、浅いところの根も、深く根を張るものも、なんらかの影響を受けるんじゃないかと思います。旱害(かんがい)まではいかないですけど。高尾山は非常に保湿が強い山なのでまだ耐えていますが、これ以上続くと結構やばいんじゃないかなというのは、あちこち見ていると実感しますね。

乾燥化の原因は一つではない

乾燥具合が目立つところもあります。これは、気候変動とオーバーユース(過剰利用)と2つの理由があります。あとは、圏央道トンネルを掘られてしまったことで、湧いていた水が枯れてしまった場所もあります。雨が降ると流れますが、またすぐ枯れてしまうことを繰り返すんですね。そういう場所があります。昔は雨が降らなくてもいつでも水が湧いていたのに・・・これは圏央道トンネルの影響だと思うんです。

あとは、人が歩き固めてしまう。そして登山道がどんどん広がっていく。地面が固くなり、雨が降っても浸み込んでいかない。本来は浸み込んでいく水が浸み込まず、表土を流してしまうのです。

私たち人間は、巨大な哺乳類なのです。100kgぐらいの人間はいっぱいいますけど、日本の野生動物で100kgといったら、イノシシでもクマでもそれなりの大物です。子どもでも20kgぐらいあるような生き物が年間270万人歩くわけですよね! それが土を踏み固めていき、道がどんどん広がってしまう。

雨が降ると、そこは水が滑っていくんですよね。浸透しない。そうやって、本来山のお腹の中に入るはずの水が、表土を奪っていくだけの動きしかしないところは、登山道の至るところで見られます。

さらに「温暖化」があります。凍結破砕が減ってることも考え合わせると、かなり深刻な状況だなと感じます。そもそも、植物の種数がどんどん減っていく状況なので、実感としてありますね。

プロフィール

坂田昌子(さかた・まさこ)

明治大学文学部史学科卒業。環境NGO虔十の会代表、一般社団法人コモンフォレスト・ジャパン理事、生物多様性ネイチャーガイド。高尾山の自然環境保全を中心に、生物多様性を守り伝えるためネイチャーガイド、生物多様性をテーマにしたイベントやワークショップを主催。また生態系を読み解きながら行なう伝統的手法による環境改善ワークショップを全国各地で開催している。生物多様性条約COPや地球サミットなど国際会議にも継続的に参加する環境活動家。

岡山泰史(おかやま・やすし)

エコロジーや生物多様性、気候危機をテーマに執筆、編集。共著に『つながるいのち―生物多様性からのメッセージ』『あなたの暮らしが世界を変える―持続可能な未来がわかる絵本』、『「自然の恵み」の伝え方―生物多様性とメディア』。日本環境ジャーナリストの会理事。

山と温暖化

『山と溪谷』に連載中の「山と温暖化」と連動して、誌面に載せきれなかった内容やインタビューなどを紹介します。

編集部おすすめ記事