自然を見る目を養う、ということ|ネイチャーガイドに聞く、高尾山の豊かさと気候危機の影響③

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週末に気軽に登れる高尾山は都心から近く、年間270万人もの人が訪れます。標高600mに満たないながらも、1320種の植物、150種の野鳥が息づき、日本3大昆虫生息地でもある「自然の宝庫」としても知られています。しかし今、高尾山は2つの危機にあるといわれています。それは、生物多様性の危機と気候変動(温暖化)の危機です。高尾山のネイチャーガイド坂田昌子さんにお話を聞きました。全3回の最終回。

語り手=坂田昌子、聞き手・写真=岡山泰史

ネイチャーガイドに聞く、高尾山の豊かさと気候危機の影響

コンクリートが水の流れを止める

山にコンクリート擁壁や砂防ダムを作ってしまうと水が地面に浸透しなかったり、乾燥化が進む状態になるのに、さらに道路脇にU字溝を設置して一刻も早く雨水を流そうとしています。山に降る雨水を早く海に流す、ということを、日本は河川土木事業としてずっとやってきてしまった。本当は、ゆっくり流すべきなんです。コケがあることで水が流れるスピードが弱まったり、降った雨がコケに当たり、水滴がポタポタとゆっくり土中に浸み込んでいくところを、全部コンクリートにしてしまう。

そうすると、コンクリートの先には水が浸透しなくて、水が腐ったようになっちゃうんですね。「グライ化」という青みがかった灰色の土になるんですが、これが原因で水抜けが悪くなるのです。雨が降って水が流れてきて、コンクリートで水が止まったり、コンクリートの水抜きの穴もすぐドロで埋まると、そこで水が土中のマンガンなどと反応して、ちょっとドブくさい青黒や灰色の「グライ土」に変わってしまう。この泥が水を通さないんです。つまり、コンクリート化が進むせいでどんどん土がグライ化して、さらに水が詰まるという悪循環になってしまいます。

水の循環こそが高尾の要で、高尾があれだけ豊かなのはこの水のおかげなのに、いろんな場所で水が詰まる。

本当はコンクリートじゃなくて、植物たちが複雑に、浅いところ、深いところっていうふうに土中に根を巡らせて水を循環させている。それを邪魔しないことが大事です。地上も同じように、高木、中高木、低木、それから灌木、草と階層があると、雨の打撃がとても緩やかになる。雨粒はどんどん細かくなって、最後に地面に落ちるときは絹糸のように落ちていく。そういうゆっくりとした雨の落ち方をすると、水は表土を削らないんですよね。

削られないから表土が安定していて、木や草が生えることができる。いつも表土が流されるところって、絶対に草が生えないです。絹糸のように落ちた雨水が土中に染み込むと、今度は地面の中の深い根、浅い根が、いろんな深さで水を吸い上げる。生物多様性の要ですけれど、植物はみんな形が違い、より複雑な関係になって、そのおかげで水が動くことが高尾の生命線なんです。

ところが行政は護岸や防災を掲げて、すぐ擁壁とか砂防ダムを作ってしまう。水が上がったところはコンクリートを張っちゃうんですよね。そして、そこは草が生えないということが起きてしまう。コケががんばっていますけど・・・。やっぱり河川土木の見直しが必要です。地上で暴れる水だけを見るんじゃなくて、その地下で水がどのような動きをしているのかを考えないといけないんじゃないかなと思います。

高尾山は命の源

高尾山の生態系を失う、ダメージを与え続けるということは、おそらく多摩地域全体に大きな影響があると思います。鳥たちも減ったとはいえ150種も見られる山はそんなにないわけですから。鳥や獣がいるということは大事なことです。浅川沿い、多摩川沿いを、高尾の植物は、鳥、昆虫や獣たちがタネを運ぶことで移動することができるんです。

小金井とか玉川上水に生えてくる草、植物が、高尾山と一緒なんですよ。それは高尾山から来たのか、奥多摩から来たのかはわからないですけれども。植物が出てくるってすごいことなんですよね。それだけでヒートアイランド現象で上がった気温を下げてくれる。涼しくないと出てこない植物たちも、さらにいっぱい出てくる。ただ残念ながら、小金井市では、玉川上水沿いを江戸時代のような小金井の桜を復活させるといって、巨木になったケヤキなどを全部切ってヤマザクラに植え替えています。そうするとカンカンに日が入って、高尾とそっくりな生態系が消えてしまったんです・・・。またいつか生態系が復活しようとなっても、今の状況では高尾山の豊かな植物のタネを鳥たちが他地域にばらまいてくれることができなくなってしまうと思うんですよね。

高尾山のような山が大事なのは、身近な山が豊かで生態系がちゃんと残っていることで、これから都市の自然を回復していく時に、生態系を回復していく力、ポテンシャルになる。でもその自然が回復しようとする力を、今奪うことになっていると思いますね。

気候変動の影響を受けやすいのは、人間の生活圏に近いか、もともと生態系が非常に脆弱で、固有種が多くて壊れやすい高山のようなところだと思うんですけど、強固な生態系を維持してきた高尾山も、さすがにこれ以上は生態系が耐えきれないと思いますね。

このままのスピードで絶滅が進んだ先とは?

生き物は基本的に、いつか絶滅すると思うんです。これまでも、地球上でどれだけの生き物が絶滅してきたかわからないぐらい絶滅している。絶滅するのがいけないというより、基本的にはその絶滅の「スピード」が問題なんですよね。

高尾山本体では、たったこの2、30年の間に1600種から1320種に減って、約300種消えました。こんなスピードで行くと、あと2、30年したら、1000種ぐらいになるってことです。そのスピードはおかしい。

何万年かに一回、火山が大爆発をして生態系が壊されて、またそこに新たな生態系が生まれ、また火山が爆発する。日本列島は長い歴史のなかでたびたびそういうことが起こって、火山灰を基礎とする黒ボク土が生まれ、それを多量の雨が流しているわけです。

でもそれを、たかだか30年という短期間で急激な変化が起こっている。地球規模だと、産業革命以降に温暖化の影響はあるのですが、今は目に余るものがあると痛切に思っています。

自然を見る目を養うことで気づくこと

山が好きな人は、けっこう自然を観ている方だと思いますけれども、その人たちでも自然の変化に気づかず、人間から見て美しいものだけに反応して「まあ!すごくすてき」で終わっちゃう。そこが寂しいというか・・・なかなか自然に対する深い視座は持ちにくいし、難しいと思うのですけれども。

植物好きな方も多いですけど、ちょっと珍しい植物を見つけて写真を撮って、それをSNSにアップすることばっかりの人が最近、増えてきちゃって。せっかく植物と出会って見ているんだから、そこでどんなふうに生きているのかということに、もうちょっと関心を持ってもらいたいなと思いますね。

そうすると、その気候変動が人間だけじゃなく、生き物たちになにをもたらしているか、ひいては人間も大きなダメージを受けていくことにも間違いなくなるんですけれど、そういう視座を持ってもらえると思うんですよね。

今、高山や尾瀬などの湿原が大変なことになっていて、シカが植物を全部食べてしまっています。高尾山本体にはまだシカはいないんですけど、近辺にはもう来ています。奥高尾の方では鳴き声が聞こえるんですよね。景信山方面、それから相模湖側で大垂水側と、全部取り囲まれている状態です。そのうち高尾山本体に入ってくると、もう大変なことになりますよね。

この前、ニホンカモシカがいました。ウシ科で、シカとは全く違うわけですけど、シカよりおとなしいんですよね。シ力が強気で、ニホンカモシカは追いやられちゃうんですよ。シカの生息域が増えると、カモシカたちが生息域を追われて、低い方に降りてくる。その低いところが高尾山。この前、ニホンカモシカのフンもありました。

本来いない生き物が来ると、高尾山の生態系もなにかしら影響を受けていくでしょう。イノシシもかつてはいませんでしたし、クマも高尾周辺で出ている。獣害対策でただ減らすことだけを考えるのではなく、クマやイノシシやニホンカモシカやシカたちは本来どういう生き物で、どういうところで、どのように生息していたのかっていうところから考えないといけないと思いますよね。

哺乳類がそういう形で変わってくると、相当大きくいろんなことが動いてきますよね。いろんなものを食べちゃうと思うんですよ。そして、もっと植物が消えていくことになると思うんです。

クマは木の実だけではなくいろんなもの食べているらしくて、この前もクマの爪跡を景信のほうで見ました。クマはいなかったって、お年寄りはみんな言いますね。クマが出たという話はここ10年ぐらい前からちょこちょこ聞くようになって、びっくりしましたね。

なんでそうなってくるか、クマたちの食性も考えなきゃいけないですね。特にクマが来ることによって、人間への害だけでなく、生態系がどんな影響を受けるのかとか。温暖化の問題は、特定の植物が打撃を受けて消える、という問題にとどまらないと思います。

もちろん、ある植物が絶滅するのは大問題なんですけど、1種絶滅するとどれだけ連鎖するかわからない、という捉え方をしてもらいたいですね。

フクジュソウ(写真=新井二郎)

「高尾でフクジュソウが消えた」っていうと、あんなにかわいい花なのに・・・と思うんでしょうけど、フクジュソウが消えるとフクジュソウに依拠した虫たちも消えて、その虫を食べる虫やそれを食べるカエルも減る。カエルたちが減ればヘビも減って・・・と連鎖していく。この「連鎖」をキーワードにして、温暖化の影響を考えないといけないんじゃないかなと思います。

特に高尾山のような自然生態系で、身近な山というのは、そういうことに気づきやすいと思うんです。多くの人がハイキングで来るし、子どもも登れる山なので、みなさんが高尾山で気候変動の問題に気づいてくれたらという思いはありますね。

プロフィール

坂田昌子(さかた・まさこ)

明治大学文学部史学科卒業。環境NGO虔十の会代表、一般社団法人コモンフォレスト・ジャパン理事、生物多様性ネイチャーガイド。高尾山の自然環境保全を中心に、生物多様性を守り伝えるためネイチャーガイド、生物多様性をテーマにしたイベントやワークショップを主催。また生態系を読み解きながら行なう伝統的手法による環境改善ワークショップを全国各地で開催している。生物多様性条約COPや地球サミットなど国際会議にも継続的に参加する環境活動家。

岡山泰史(おかやま・やすし)

エコロジーや生物多様性、気候危機をテーマに執筆、編集。共著に『つながるいのち―生物多様性からのメッセージ』『あなたの暮らしが世界を変える―持続可能な未来がわかる絵本』、『「自然の恵み」の伝え方―生物多様性とメディア』。日本環境ジャーナリストの会理事。

山と温暖化

『山と溪谷』に連載中の「山と温暖化」と連動して、誌面に載せきれなかった内容やインタビューなどを紹介します。

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