【書評】スケッチとともにつづられる原野への深い愛情『雪原の足あと』
評者=伊藤健次
「ちょっこうさん」の愛称で知られる山岳画家・坂本直行の画文集。『山・原野・牧場』『原野から見た山』に続くヤマケイ文庫での復刻第3弾である。うれしい。
これまで茗渓堂の旧版を何度読み返しただろう。ポロシリの歌声。九の沢カールのケルン。アイヌの老猟師、広尾又吉の物語――。話も挿絵も覚えているのに、なぜかまた手に取りたくなる時がくる。
日高の山を愛し、南十勝の原野で30年に及ぶ困難な開墾を続けた直行さんは、昭和35年、ついに原野を去る。鍬をピッケルと絵筆に変え、画家として再出発する。
北海道の山に登る者にとっては同じ舞台で繰り広げられた「先輩」のリアルな山行記である。山や草花、仲間に対しての直行さんの眼差しは率直で愛情深い。特に飄々と原野で生きる又吉との出会いと別れが胸に響く。過ぎ去った時代のおとぎ話のようでありながら、絵と言葉が沁みて、そこに立ち会っている気がしてくる。日高の山麓を通るたびに、ヌプカ(原野)の星、又吉の面影が浮かんでくる。
雪原の足跡はふつう、雪どけとともに消え去る。だが直行さんが刻んだ「足あと」は強靭である。
遠くの山にしみ込んだ雪どけ水が、長い時を経て泉として湧き出したような一冊。ザックに放り込み、北海道の山野を旅したい。
雪原の足あと
著 | 坂本直行 |
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発行 | 山と溪谷社 |
価格 | 1,430円(税込) |
評者
伊藤健次(いとう・けんじ)
写真家。北海道大学在学中は山スキー部に所属。著書に『アイヌプリの原野へ』(朝日新聞出版)。
(山と溪谷2023年7月号より転載)
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