山を数える単位は、なぜ一座、二座なの? 〜初詣の前に知っておきたい山の神仏の話

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山を数えるとき、「一座」「二座」というように、「座」という単位を使います。なぜそのような数え方をするのでしょう? なぜ山を敬うのでしょうか? 新春のお参りの前に、山の神仏についての知識をしっておきましょう。

文=太田昭彦、写真=PIXTA

山は神さまがお住まいになる場所

みなさんは、山を数える単位をご存じですか。ひと山、ふた山でしょうか? いいえ、答えは「一座、二座」ですね。ではなぜ、そのように山を数えるのでしょう。

座という字は「くら」とも読みます。「くら」というのは神さまがお住まいになる場所を指します。日本は古来より自然信仰の国ですから、大きな滝や、大きな岩などにも神さまが宿るとされてきました。大きな岩のことを「くら」といいます。山の地名では谷川岳の「一ノ倉沢」とか、赤い大きな岩のことを「赤鞍(あかくら)」、白くて大きな岩のことを「白鞍(しろくら)」などと呼んだりします。そう、山は神さまがお住まいになる場所なのです。

また、岩だけでなく大きな塊のことも「座(倉、鞍、くら)」と呼んだのです。山はまさに大きな塊です。そして、ヒマラヤのことも「神々の御座」なんて言いますよね。

また山頂にいらっしゃるのは、私たちが想像する偉大な神さまだけではなく、仏さまとなった家族の祖先もお住まいになられています。かつては家族が亡くなると自宅の裏山の頂に、その魂がいらっしゃると考えられていました。裏山から自分たちの家を見守って下さっていると考えられていたのです。

また、その先祖となった家族の御霊は、三十三回忌や五十回忌が過ぎたのを機に、自宅から出て、近くの神社の鎮守の杜や山にお住まいになるともいわれています。そう、仏から神になられるのです。

かつて奈良県の薬師寺で管主を務められた高田好胤さん(故人)は「仏は近いご先祖さま、神さまは遠いご先祖さま」とおっしゃいました。いずれにしても、仏から神になった祖先が自分の家を見守って下さっているのですから、それはありがたいことです。

ゆえに身近にある裏山にも神がお住まいになっていますので、祖先の気配を感じたら、そっと裏山に向かって手を合わせて下さい。それがご先祖さまへの感謝の気持ちにつながりますから。

人はなぜ、山を敬うのか?

人々が、山に神さまがいるのではないか? そんなことを思うようになったのは、いったいいつごろからなのでしょうか? 日本で最も古い神社のひとつである奈良の大神(おおみわ)神社が創建されたのは、今から二千年以上前と推測されています。

しかし、神という明確な概念はないものの、なにかとてつもない存在の力が関わっていると人々が感じ始めたのは、おそらく縄文時代初期のころと思われます。そのころの人々が、山には偉大ななにかがいると思ったのにはちゃんとした理由があります。

山から流れてくる川の水はそのまま飲み水として使えますし、魚を獲ることができます。また森にはドングリやクルミ、トチの実などの豊富な木の実があります。それらを土器で煮炊きすれば、おいしい食べ物になったでしょう。さらに山の恵みは人だけでなく、イノシシやシカなどの動物も育み、それらを捕獲することができたはずです。そして、動物の肉を焼いて食べていたようですから、縄文時代も焼肉が好物という人は山から離れられなかったのではないでしょうか。

縄文の人たちの住まいは竪穴式住居でした。それを建てるための柱や、屋根として使うワラなども、山に近い住まいの方が都合がよかったに違いありません。

そう、山は生きてゆくのに必要なものを与えてくれるのです。だから昔の人々は、きっと山には神さまがいて、神さまが必要なものを与えてくれているに違いないと考えたのです。そして、その恵みは神さまからの授かり物ですから、むやみやたらに取りすぎることはありませんでした。自然の恵みに感謝しながら、そこで得られるものを大切にしていたのです。

時代は下り、飛鳥時代になると修験道の祖といわれる役行者(えんのぎょうじゃ)が現われ、平安時代には数多くの山伏が山の神仏の霊力を得ようと、山中で修行を行なうようになりました。浄化された土地である山中で厳しい修行を重ね、山の神の持つ霊力を授かる。それが、山伏が山で修行をする理由です。生きるために必要なさまざまなものを与えて下さる、その偉大な力を自分も得たいと願うのは自然ななりゆきだったのかもしれません。山の神にひれ伏し、霊力を授かるという行ないが「山伏」の語源になったといわれています。

高尾山にある蛸杉
高尾山にある蛸杉。高さ37mにもなる大木は御神木として親しまれている

ミシュランで三つ星の山に選ばれた東京都の高尾山には連日多くの登山者が訪れます。そのミシュランが高尾山に三つ星を付した理由は、首都圏からわずか一時間足らずで行ける場所に、豊かな自然が残されているというものでした。

たしかに高尾山周辺には約千六百種の植物が存在するといわれていて、その数はなんとイギリス全土の植物の数を上回ります。

そして、山伏は薬草の知識にも長けていたはずで、その豊富な植物のなかから体によさそうなものを選び、薬草として自分たちはもとより、里で暮らす人々の病をも癒やし、多くの人に感謝されたに違いありません。

これもまた、山の神仏のご利益といえるでしょう。

このようにさまざまな恵みを与えてくれる山を敬い、信仰することはとても自然なことであったといえそうです。

*本記事は著書『山の神さま・仏さま 面白くてためになる山の神仏の話』(山と溪谷社刊)から一部抜粋・再編集して掲載しています。

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山登りがもっと楽しくなる「山と神仏」の雑学集。人気登山ガイド、太田昭彦さんによる「山と神仏」にまつわる書き下ろしエッセイ。山に関連する神様の話や、登山道で見かける宗教遺跡の謎、山麓に伝わる伝説などについて、わかりやすい語り口で解説。

太田昭彦
発行 山と溪谷社(2016年刊)
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プロフィール

太田昭彦

高校ワンダーフォーゲル部時代に登山の魅力に目覚め、社会人山岳会で経験を積み、旅行業から山岳ガイドに転身。また、20歳の時に高野山で十善戒を授かってから神仏とのご縁が少しずつ深まり、42歳で巡礼先達の道を歩み始める。登山教室「歩きにすと倶楽部」を主宰して登山者に安全で正しい登山知識・技術を伝達しつつ、地元埼玉の秩父三十四観音霊場をはじめとする巡礼の道を歩く人々を先導する「語り部」としても活躍中。著書に『ヤマケイ新書 山の神さま・仏さま 面白くてためになる山の神仏の話』(山と溪谷社)ほか。

(公社)日本山岳ガイド協会認定山岳ガイド・埼玉山岳ガイド協会会長・四国石鎚神社公認先達・四国八十八ヶ所霊場会公認先達・秩父三十四ヶ所公認先達。
https://www.facebook.com/alkinistclub

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