1954年5月10日のメイストームを再現。爆弾低気圧が多いのは冬季から春先だが、近年になって5月の爆弾低気圧が増加傾向

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「メイストーム」という言葉をご存じだろうか? 5月(May)に起きる爆弾低気圧を指すものだが、もともとは1954年5月に発生した固有の低気圧だったという。大きな山岳遭難の原因となっているメイストーム、この“元祖”についてひもとくとともに、近年の爆弾低気圧の傾向を確認する。

文・図表=大矢康裕

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山と溪谷オンラインのコラム記事の読者の皆様、ご無沙汰しております。前回の記事でお知らせしましたように、昨年後半は本業のサラリーマン稼業に加えて、八甲田山雪中行軍遭難事故の取材や気象学会の論文執筆などプライベートでの無理がたたって、10月中旬に、くも膜下出血で倒れてしまいました。それ以来、しばらくは無理をしないようにのんびりペースで活動しています。

この充電期間の間に、過去の遭難事故の解析のための再解析データベースとして、これまで使ってきた気象庁のJRA-55(ジェイラ・ゴーゴー)やアメリカNOAA(ノア)に加えて、JRA-55の後継のJRA-3Q(ジェイラ・サンキュー)、欧州ERA-5(イーラ・ファイブ)などのデータを使うことができるようになって、過去の遭難事故をさまざまな角度から解析できるようになりました。

今回ご紹介するのは1954年5月のメイストームです。急速に発達することによって北海道と周辺海域で大きな災害をもたらした低気圧は、爆弾低気圧が注目される先駆けとなりました。

図1. 2016年5月3日15時の気象衛星画像(中国東北区の発達した低気圧のため九州を中心に春の嵐となった)

 

メイストームって何だろう?

メイストームは文字通り直訳すると「5月(May)の嵐」ですが、5月に限らず春に通過する低気圧や前線などによって起きる暴風や大雨などの悪天候のことをメイストーム(別名は春の嵐)と呼んでいます。

図1は2016年5月3日のメイストームの時の気象衛星画像です。メイストームという言葉は、もともと今回ご紹介する1954年5月10日に北海道とその周辺の海域を中心に大きな被害をもたらした爆弾低気圧のことを指す「固有名詞」でした。

爆弾低気圧は「急速に発達する低気圧」を表す用語で、気象庁では「使用を控えるべき用語」としています。しかし、爆弾低気圧はれっきとした学術用語で気象関係の論文にも使用されており。英語にするとズバリ「Bomb Cyclone」となります。

メイストームはこの爆弾低気圧によってもたらされることが多いです。第14回のコラム記事で取り上げた2009年4月の北アルプスの鳴沢岳遭難事故も、二つ玉低気圧が合体して爆弾低気圧となったことによって起きた事故でした。今回、メイストームの語源となった1954年の低気圧についてあらためて知っておくことは大切なことと思います。

 

1954年5月10日のメイストームの概要

筆者も生まれる前の1954年5月10日の低気圧のことは、これまであまりよく知りませんでした。しかし、つい最近になって当時を知る元気象庁の方とお話しする機会があり、「メイストームは1954年5月の低気圧から生まれた言葉であって、この低気圧のことを指す固有名詞であった」という貴重なお話をうかがいました。

このメイストームの代名詞となった低気圧の概要については、NHKアーカイブ「1954年 北海道に強風」に当時の動画とともに詳しい経緯がありますのでご参照ください。当時の気象庁の天気図(図2)によりますと、9日9時に朝鮮半島の東にある中心気圧988hPaの低気圧が急激に発達しながら北海道付近を通過し、24時間後の10日9時にはオホーツク海で952hPaまで発達しています。

NHKアーカイブによると“北海道とその近海では猛烈な暴風雨または吹雪”になったそうです。被害状況は、死者31人、行方不明者330人、住家の全半壊一部破損12,359棟、船舶沈没・流失・破損348隻(出典:理科年表2021)ということですので、まさに台風並みの『春の嵐』でした。

図2. 1954年5月9日9時(左)と10日9時(右)の天気図(出典:気象庁)

 

気象庁のJRA-3Qによる再現

筆者がこれまで使ってきた気象庁の長期再解析データJRA-55は1958年までしか遡ることができませんが、その後継のJRA-3Qは1947年まで、欧州のERA5は1940年まで遡って、当時の世界中の天気と大気の状態を再現することができます。今回はJRA-3Qデータを使って、当時の地上と850hPaの風速を再現してみました。

図3は低気圧の発達のピークの5月10日9時の地上の等圧線と風速分布を再現したものです。北海道周辺の海上を中心に風速20m/sを超える暴風が吹いていて、30m/sを超えるエリアもあったことがわかります。陸地で風が弱まっているのは、海上は平坦であるのに対して、陸地は山谷・樹林・建築物などの凹凸による摩擦があるためです。ちなみに低気圧の中心付近の風が弱いのは、台風の目と同様のものが形成されているためと思われます。

図3. 1954年5月9日10時の地上の等圧線と風速分布(JRA-3Qデータによって筆者作成)

図4は同時刻の850hPaの等高度線と風速分布を再現したものです。通常では850hPaは高度1,500m付近に相当しますが、低気圧が発達しているために知床半島付近では850hPaの高度が約1000mまで低下しています。知床半島の稜線は標高1000mを超えている所が多いので、もし当時、知床半島の稜線にいたとしたら風速35m/sの猛烈な風に見舞われていたことになります。

さらに図4から日高山脈の南部(襟裳岬のすぐ北)では風速40m/sを優に超えていた凄まじい嵐だったことも読み取ることができます。幸いにして、山岳での重大な遭難事故は起きなかったようです。

図4. 1954年5月9日10時の850hPaの等高度線と風速分布(JRA-3Qデータによって筆者作成)

 

爆弾低気圧が多いのは冬季から春先。しかし近年になって5月に増加傾向

直訳では「5月の嵐」となるメイストーム。しかし意外なことに、実際には5月に発生する爆弾低気圧は少ないのです。図5に、九州大学の川村隆一 研究室による爆弾低気圧データベースにある1996~2022年の月別の爆弾低気圧発生数のグラフを示します。

明らかに爆弾低気圧の発生数が多いのは12月から3月であり、それに続いて11月、4月、10月の順で発生数が多いことがわかります。5月は27年間の総数538件のうち6件(約1%)しか発生していません。

図5.爆弾低気圧の1996~2022年の月別の発生数(出典:九州大学 川村隆一 研究室)

ところが1996~2022年の5月に発生した爆弾低気圧の内訳を調べると、すべて2009年以降に発生していることが分かりました。もっとデータ数を積み重ねて精度を上げる必要はありますが、この事実は近年になって5月に発生する爆弾低気圧が増加する傾向にあることを如実に物語っていると思われます。

ほかの月にはそのような傾向が見られないことから、単純な温暖化のような気候変動が原因ではなさそうです。今後の推移を見守っていくとともに、文字通りの5月のメイストームと爆弾低気圧にも注意していく必要がありそうです。

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プロフィール

大矢康裕

気象予報士No.6329、株式会社デンソーで山岳部、日本気象予報士会東海支部に所属し、山岳防災活動を実施している。
日本気象予報士会CPD認定第1号。1988年と2008年の二度にわたりキリマンジャロに登頂。キリマンジャロ頂上付近の氷河縮小を目の当たりにして、長期予報や気候変動にも関心を持つに至る。
2021年9月までの2年間、岐阜大学大学院工学研究科の研究生。その後も岐阜大学の吉野純教授と共同で、台風や山岳気象の研究も行っている。
2017年には日本気象予報士会の石井賞、2021年には木村賞を受賞。2022年6月と2023年7月にNHKラジオ第一の「石丸謙二郎の山カフェ」にゲスト出演。
著書に『山岳気象遭難の真実 過去と未来を繋いで遭難事故をなくす』(山と溪谷社)

 ⇒Twitter 大矢康裕@山岳防災気象予報士
 ⇒ペンギンおやじのお天気ブログ
 ⇒岐阜大学工学部自然エネルギー研究室

山岳気象遭難の真実~過去と未来を繋いで遭難事故をなくす~

登山と天気は切っても切れない関係だ。気象遭難を避けるためには、天気についてある程度の知識と理解は持ちたいもの。 ふだんから気象情報と山の天気について情報発信し続けている“山岳防災気象予報士”の大矢康裕氏が、山の天気のイロハをさまざまな角度から説明。 過去の遭難事故の貴重な教訓を掘り起こし、将来の気候変動によるリスクも踏まえて遭難事故を解説。

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