中高年登山者の運動生理学と体力不足の改善方法 ~長野県「登山Safety Book」より

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文=安藤真由子(ミウラ・ドルフィンズ)

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登山者の増加とともに山岳遭難の増加は毎年のように報道されています。中でも中高年登山者の遭難が目立ち、原因と対策についても、さまざまな紙面やメディアで取り上げられています。それでもなお、事故は減ることはありません。それはなぜなのでしょう。

以下の記事では、中高年登山者の運動生理学の「理論」、体力不足の改善方法の「理論」に加え、実際の登山現場で見聞きした「アンケート結果」を記載しています。この記事の内容を他人事と捉えることなく、今一度、自らを客観的に振り返り、今後の登山に役立ててほしいと思っています。

ポイントは、登山計画を立てる際に「PDCA」が重要であるのと同様に、トレーニングにおいても、トラブルの原因から改善点を探る(A:Action)、自身の登山力(※1)を把握する(C:Check)、トレーニング計画を立てて実行する(P:Plan、 D:Do)、の「PDCA」が重要なのです。

※1ここでは登山に必要な筋力や持久力を“登山力”としています。

 

中高年登山者の運動生理学

中高年の体力特性と登山中の身体トラブル状況(A:対策、改善)

登山は登りと下りを繰り返す運動です。登りでは平地を歩くよりも心拍数が上がり、心肺機能への負担は大きくなります。また、下りでは膝にかかる衝撃は大きくなり、膝への負担を軽減させるためには大腿四頭筋やハムストリングス、臀筋群などの筋力の強さが重要となります。

登山は老若男女問わずに取り組むことができますが、年齢とともに筋力や持久力は必然的に低下します。具体的には、40歳ごろを境に筋力やバランス力、持久力は一気に低下してしまいます。

図1は、2021年に登山者の登山中のトラブルについて調査した大規模アンケートの結果です。中高年登山者の多くが、登山中に何らかのトラブルを感じていることがわかります。中でも、約45%は「膝痛」を感じながら登山を行なっているという結果となりました。ちなみに約20年前の2003年に行った同様の調査においても、同様に「膝痛」がトラブルのトップを占めていました。

これは「心肺機能や筋力にかかる負担が大きい」という登山の特性に加え、「中高年になると持久力や筋力などが一気に低下する」という中高年の特徴により、登山中に何らかのトラブルを発症しているためです。そして、それを解決しないまま行動することが遭難を招いている可能性があるのです。

図1.登山中の身体的な悩み(YAMAP.2021. https://yamap.com/magazine/27467より一部改訂)

 

自分の登山力を数値化するためのマイペース登高能力測定(C:測定、評価)

マラソンなどを行なう場合、「速度」「月間走行距離」「完走タイム」「順位」など、自身の現在の体力やトレーニング量を客観的数値によって表すことができます。また、それらの数値によって「フルマラソンの完走タイム」を予測することもできます。

登山を安全に行なう上でも、マラソンと同様に、現在の自分の登山力を客観的に知ることと、それに見合った山・コースの選択やペース配分の計画を行なうことが重要となります。

登山において自身の体力を測定する方法に「マイペース登高能力測定※2」というものがあります。これは、「きつさを感じる手前で1時間の登山を行ない、どのくらいの標高を獲得できたか」といったものです。この測定のために同じコースを使って定期的に行ない、自分自身の登山力を把握することができると望ましいと言えます。

※2:マイペース登高能力測定の具体的な方法はリンク先を参照(PDF)してください

神奈川県にある山岳会では、これに似た方法で会員の登山力を1年に1度測定することで会員の体力度を把握し、同じ体力レベルの会員同士で山行計画を立てることで、遭難を減少できているという報告もあります。このように、個々での測定だけでなく、山岳会やイベントなどを通して「マイペース登高能力測定」を広めていくことも今後は必要だと感じています。

 

トレーニングの見直しと有効なトレーニング方法(P,D:計画する、実行する)

トラブルを把握しその原因から改善点を探る(A)、自身の登山力を把握する(C)、そしてトレーニング計画を立てて実行する(P、D)。トレーニングする上では、目的とする運動(今回は登山)の強度と、そのために必要なトレーニング強度を知ることが重要となります。

表1は登山とそれ以外の運動の強度を表したものです。無雪期の登山の強度は7メッツという強さであり、平地の運動だとジョギングと同じレベルとなります。つまり登山のためのトレーニングとして、平地でのウォーキングだけでは不十分だということになります。

表1.登山と他の運動との比較(山本正嘉、「登山の運動生理学とトレーニング学」2016.より一部改訂)

では、安全に登山を行なうために、どの運動をどのくらい行なうとよいのでしょう? 鹿屋体育大学の山本正嘉教授らは、コースタイム通りに歩いても大きなトラブルを発症することなく安全に登山を行なうためには、1ヶ月に±2000mの登下降を行なうことが重要、としています。

つまり、2000mの累積上昇高度と2000mの累積下降高度を獲得するということになります。だからといって、1ヶ月に1度の登山で±2000mを獲得しようとすると、身体への負荷が大きく、ケガを招く可能性があります。

そこでおすすめしたいのが、低山登山によるトレーニングです。1週間に一度、±500m程度の低山登山を行うことで、夏の北アルプス登山において大きなトラブルがないと報告している山岳会もあります。登山のためのトレーニングには平地でのウォーキングを行なうよりも、低山登山を積極的に行なうことが有効なのです。

表2は登山とそれ以外の運動をポイント換算したものです。どうしても登山を行なえない場合は、それ以外の運動のポイントも参考に、1週間に500ポイント、1ヶ月に2000ポイント獲得できるようにトレーニング行なうとよいでしょう。

表2.登山を想定した体力トレーニングのためのポイント一覧(笹子ら、「スポーツトレーニング科学」2021.より一部改訂)

⇒次は体力不足の改善方法について解説!

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