【書評】山の危険と救助のリアルに迫る『剱の守人 富山県警察山岳警備隊』
評者=木元康晴
2013年の1月5日の昼前、山の仲間から電話がかかってきた。登山を始めてから、年明けにかかってきた電話が、良い話だったことはない。案の定そのときの内容も、6日前から剱岳に向かっていた、私の親しい友人を含む4人パーティが下山しておらず、捜索が始まったというものだった。
だが、友人パーティの最終下山日までは、まだ数日の余裕があったはずだ。遭難とするのは時期尚早ではないのか? そのことを口にすると、富山県警察山岳警備隊が現地をヘリコプターでパトロールした結果、遭難の可能性が高いと判断。友人の所属する山岳会の代表者に、救助要請を出すようにと連絡があったのだという。
警察などが山岳会のメンバーよりも早く登山者の遭難の可能性を察知し、捜索を促すことは通常ない。富山県警察の山岳警備隊とはどのような組織なのかと、意識したのはそのときからだ。
本書はその富山県警察山岳警備隊を、2022年夏から約1年間にわたって取材し、活動の内容を紹介したもの。著者の小林千穂さんは、冬の3000m峰など、困難な登山を実践してきた山岳ライターだ。捜索や救助の様子を伝えるだけなく、過去の遭難事例も引き合いに出しつつ、警備隊の成り立ちや捜索や救助を行なう際の考え方、さらに遭難者を必ず救うという隊員たちの熱い思いまでが、登山者ならではの鋭い観察力と深い洞察力によって記されている。
富山県警察山岳警備隊は60年に近いその歴史のなかで、ノウハウを積み重ねてきた。山の危険を熟知した上で、二重、三重のバックアップも講じ、確実な登山者の救助をめざしている。そのような姿勢が、より速やかな捜索開始の判断に結びついているのだと納得した。なお、下山しなかった私の友人パーティの捜索の経緯は、本書の第7章に記されている。
本書を読んで、気がかりに思うこともあった。それは「遭難件数がまったく減っていない」とされることだ。警察庁の発表を基にした、中部地方の山岳県(長野・富山・岐阜・山梨・静岡)の2019年の遭難件数は751件。一方2022年は807件なので、確かに増加傾向にある。
かつての富山県警察山岳救助隊が、山岳警備隊へと組織改編されたのは1965年。「救助」を「警備」としたのは、救助するだけでなく、遭難を未然に防ごうとの思いを込めたからだという。しかしその思いは、登山者の多くには届いていないのではないか、との言葉も記されていた。
山に向かう限り、遭難のリスクをゼロにはできない。しかし、知識をもつことで防げる事故はある。これから遭遇するかもしれない山でのピンチを切り抜けるために、山の危険と救助の実際を伝える本書は、必ず役立つに違いない。
剱の守人 富山県警察山岳警備隊
著 | 小林千穂 |
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発行 | 山と溪谷社 |
価格 | 1,760円(税込) |
小林千穂
山岳ライター。両親の影響で子どものころから山に親しみ、里山歩きから雪山登攀まで幅広く登山を楽しむ。北アルプス涸沢ヒュッテ従業員、山岳写真家のアシスタントを経て編集プロダクションに入社。現在はフリーの編集者・ライターとして活動している。著書に『失敗しない山登り』(講談社)ほか。
評者
木元康晴
日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅢ。著書に『山のABC 山の安全管理術』『IT時代の山岳遭難』(ともに山と溪谷社)など。
(山と溪谷2024年3月号より転載)
プロフィール
山と溪谷編集部
『山と溪谷』2024年5月号の特集は「上高地」。多くの人々を迎える上高地は、登山者にとっては入下山の通り道。知っているようで知らない上高地を、「泊まる・食べる」「自然を知る・歩く」「歴史・文化を知る」3つのテーマから深掘りします。綴じ込み付録は「上高地散策マップ」。
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