行程・コース
天候
晴れ
登山口へのアクセス
マイカー
その他:
高松自動車道津田寒川ICを降りて県道37号を西進後、南の県道139号に折れる。古枝橋袂で東に折れ、県道133号に突き当たると一旦北に折れてすぐまた東に折れる。
峠を越えて溜池沿いに来ると左手に「火山展望遊歩道」の案内図板が建っているので、その手前のベンチが設置された広場に駐車する。駐車台数はぎりぎり2台分。
この登山記録の行程
登山口12:06・・・西教寺奥の院とその付近の磨崖仏群を鑑賞12:17~12:31・・・鬢盥で休止12:47~13:10・・・火山三角点13:26・・・高度計高度170m地点で南東に折り返す13:39・・・鉱山内車道に出た地点で休止13:54~13:59・・・柴谷峠北方の鉄塔巡視路と尾根へ上がる踏み跡との分岐14:13・・・標高150m超の峠14:29・・・雨滝山で休止14:43~15:00・・・遊歩道指定道路15:07・・・雨滝自然科学館上の展望所で休止してから出発15:30・・・送電鉄塔15:46・・・何分か休止・・・登山口に到る車道16:08・・・登山口16:20
高低図
登山記録
行動記録・感想・メモ
火山(259.8m)南方の中腹には西教寺奥の院があるが、この仏堂は巨石群に彫られた磨崖仏群を覆う形で建立されている。つまり本尊はその磨崖仏群。更にこの背後には高松市の五剣山中腹にあるような、弘法大師が彫ったと伝わる総高数メートルに及ぶ磨崖仏等、複数の巨岩に磨崖仏が彫られている。
そこから火山への登山コース途中の分岐から東に折れた尾根の突端には、火口跡である神秘的な池があり、瀬戸内海を眺望できる。
火山からは西に下りるマイナールートを辿って鉱山跡に出た後、分県登山ガイドにも掲載されている有名峰・雨滝山(あめたきさん・253.2m)へと進む。山頂は中世の雨滝城跡詰の段で広々としており、こちらも瀬戸内海を望見することができる。
雨滝山からは雨滝森林浴公園を経て送電鉄塔巡視路を辿って戻るという、歩道と車道歩きを繰り返す歩き甲斐のある回遊コース。体力的に踏破が難しくなった場合は、雨滝山を省略して柴谷峠から南東に下れば良い。
[コースガイド]
奥の院までは車道が通じているが、回遊コースを取るため、火山展望遊歩道登山口から登る。登山道は西国三十三ヶ所観音霊場のミニ霊場参拝道でもあり、道々には霊場石仏や丁石が建てられている。
あっという間に奥の院手前の車道に出る。奥の院の屋根の横には、弘法大師が彫った巨大な磨崖仏があり、薬師如来像だと言われているが、風化が激しいため、五剣山と同じ大日如来像である可能性もある。この磨崖仏は大師が錫杖を使い、一夜で彫ったものとされている。
奥の院の扉を開けるとそこには異様な光景が。巨石が折り重なった岩窟内部に薬師如来や不動明王、十二神将等が浮き彫りされているのだが、中には鍾乳洞の石柱のようなものに彫られているものまである。これらは大師ではなく、鎌倉時代の作だと言われている。岩窟に薬師如来が彫られていることから、ここを「穴薬師」と通称する。
ここの大師作の磨崖仏も五剣山のものと同様、下部が風化して剥離している。その上方にある巨岩にも役小角等、複数の磨崖仏が彫られている。
磨崖仏群の鑑賞を終えると奥の院西方から遊歩道を上がって稜線に出る。まず火口跡の池「鬢盥(びんだらえ)」へ向かう。稜線にはいくつかケルンのような石積みがあるが、これは宗教的なものかも知れない。
火山との分岐点のピークにはコースサインテープが巻かれているが、そこから少々下った地点、等高線の間隔が広くなった地点に鬢盥はある。広さは16m×10mで水深は浅く、畔に近い所は猪のヌタ場のようになっている。
池名の「鬢盥」の由来は戦国期の天正11年(1583)、長宗我部元親軍が雨滝城に侵攻して城主を降伏させた後、兵士がこの池で洗髪したという伝説によるもの。
ここは展望所としてベンチも設置されており、眼下には複数の古墳を擁する鵜部鼻と砂洲によって陸繋島となり、ドルフィンセンターにすっぽり覆われている弁天島、その奥には東かがわ市の島群、津田湾から瀬戸内海まで見渡すことができる。
鬢盥の北西のヤブの中にも大半が干上がって一部が猪のヌタ場と化した池跡がある。
火山との分岐点ピークまで引き返すと、火山への尾根道を進む。’00年代初頭に香川県内で発行された登山本ではこの尾根道は灌木のヤブになっている旨の記述があったが、ヤブは皆無で快適に進める。
地形図では前述の分岐点ピークと245m独標点の箇所に火山の山名表記がなされているが、両方のピークはただの尾根道上の盛り上がりに過ぎず、山頂たる風情はない。山頂が広場になっているのは259.8m三角点の箇所で、登山愛好家らも三角点のある地を山頂と見做している。展望はないが空は開けているため明るい。
登山愛好家の多くはここから分岐点ピークへ引き返し、稜線を雨滝山まで縦走しているようだが、回遊ルートの方が面白味があるため、西の幅広の尾根を下る。かなりの急勾配で転倒すると何十メートルも滑落しそうだが、ある程度下ると傾斜が幾分緩くなり、尾根の形も明瞭になってくる。
高度計高度170m地点で左に折り返す踏み跡に進路を取るが、尾根上を下っていたらこの分岐に気づかないかも知れない。故に尾根の南寄りを下ることをお勧めする。この踏み跡は南方の谷周辺に広がる鉱山跡に繋がっている。歩く者も途絶えて久しいが、ヤブ化はしていない。
但し、その谷(谷状地形)に達した地点で踏み跡は消える。その途絶えた地点の下方にはズリらしき場所があり、それに沿う涸れ沢のような箇所がかつての道跡のように見受けられる。この推測通り、麓近くの道に繋がっていた。下り立った所には巨大な鉱山の貯鉱庫がある。ここは地形図で崖マークが記載されている80m等高線の谷だろう。
貯鉱庫の南はヤブの密林と化しているが、すぐコンクリート車道へ出ることができた。これを下って行くと地形図に記載されている狭い車道に出る。そこからは柴谷トンネル上を越えて柴谷峠手前の鉄塔巡視路横断地まで行く。
西の鉄塔巡視路に入ってすぐ左の尾根に向けて上がる踏み跡に折れる。赤テープは尾根上まで付けられているが、尾根直下の道の方が起伏が少なく歩き易い。
その道と尾根道が合流する地点か、そこから5分ほど行った所だったか忘れたが、雨滝城跡の堀切らしきものが確認できる。が、これ以降の郭等はヤブ化しており、形状も確認し辛い。
途中、両側の笹が道を覆い、少しヤブ漕ぎを要す箇所がある。
地形図では標高150m超の箇所に西から破線が上がってきて尾根に乗っているが、実際、その尾根に乗った箇所は十字路の峠になっている。ここからは超急登になり、尾根道もジグザグに付けられ、特に傾斜がきつい箇所にはロープも設置されている。
山頂が近づいてくると城の石垣の一部らしきものも確認でき、道沿いの郭もヤブがなくなり、明確になる。
山頂は城跡だけに広々としており、石造の祠と国旗掲揚塔のような竹もある。山頂の西端にはかつて航空灯台が建っていた。
ここからの景色も鬢盥に勝るとも劣らない。さきほどの火山山容を始め、鵜部鼻の観望は鬢盥よりも良く、東かがわ市沖の島群の景色もこちらの方が優れている。
復路は雨滝森林浴公園に含まれている西の尾根道を下る。少し下った所の道沿いに不自然な石群があるが、もしかしてここは城の瓦が出土した箇所かも知れない。
森林浴公園の遊歩道に指定されている道路に下りるとこれを南東に進む。
雨滝自然科学館まで下りてくるとその駐車場上の展望所に上がり、平野の奥に連なる山々を遠望する。
科学館北東の三差路は右折し、右急カーブ部から再び鉄塔巡視路に入る。すぐ小さな溜池の堤防に出るが、柵があるので跨ぐ。これは子供が溜池に転落しないようにするためか。
再び樹林帯に入ると上り坂となる。
鉄塔を過ぎてほどなく尾根道が交差する四差路に出る。東上には山神宮の鳥居が建っている。ここも巡視路標柱に従い、南東に進む。
二基目の鉄塔の写真は撮っていないため、そこには寄らず、南方の道路を横断する送電線に沿う巡視路を道なりに進んだと思う。二基目の鉄塔が建つ尾根の南の谷周辺に広がる果樹畑のような所に下りると巡視路の行方が分からなくなる。そこで谷沿いの作業歩道まで下りると再び巡視路標柱が現れた。
巡視路は再び小さな溜池沿いを通ると2分ほどで駐車場所へと到る道路に出る。
フォトギャラリー:19枚
装備・携行品
シャツ | アンダーウェア | ダウン・化繊綿ウェア | ロングパンツ | 靴下 | レインウェア |
登山靴 | バックパック | スパッツ・ゲイター | 水筒・テルモス | ヘッドランプ | 帽子 |
グローブ | 地図 | コンパス | ノート・筆記用具 | 腕時計 | カメラ |
ナイフ | 行動食 | トレッキングポール |
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