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天岩戸神話阿波説・高天原の天岩戸

高天原(天の岩戸)[つるぎ町]( 中国・四国)

パーティ: 1人 (マローズ さん )

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行程・コース

天候

くもり時々小雨(台風通過の翌日)

登山口へのアクセス

マイカー
その他: つるぎ町の国道438号を南下して行き、一宇中野の天岩戸案内板の建つ周辺に駐車したが、手前の河内駐在所の三叉路を左折し、下宮神社の駐車場に駐車した方がいいかも知れない。

この登山記録の行程

天岩戸の看板13:08・・・鬼の岩屋14:38・・・途中体調が悪く倒れて大休止・・・天磐戸神社15:34・・・天岩戸(高天原)15:59・・・天岩戸の看板17:25

コース

総距離
約3.6km
累積標高差
上り約591m
下り約591m

高低図

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登山記録

行動記録・感想・メモ

[人工の超古代岩盤洞穴]
古事記の天岩戸神話は有名で、全国に何ヶ所か伝承地があるが、古事記の記述に完全に合致した地は、この徳島県つるぎ町一宇法正、高天原と呼ばれる地の883m独標点にある天岩戸だけだという。
ここでは天照大神が巫女として暮らしていた形跡がある。天岩戸に行く途中に休憩した岩屋や、普段生活していた洞穴等が伝わっているのである。更に隣接する美馬市には大神の両親、伊邪那岐命と伊邪那美命の居住地跡、徳島市内には天照大神の御陵とされる神社まである。

登山コースは過去、県内で発行されたウォーキングガイドブックや登山ガイドブックにも掲載されていたが、近年、林道天岩戸線が開通して以降は、山中の廃村から東方の区間が廃れ、廃道寸前になっている。しかしもしルートを見失っても、適当に東へトラバースして行けば、正規コースが走る尾根に乗るので、心配するほどではない。

[コース]
登山道入口には、大きな天岩戸の看板が建っているのですぐ分かる。入口から下ると岩戸橋で貞光川を渡るが、この川の支流の一つが古事記に登場する「天安河」だと言われ、川沿いには安河明神が祀られているという。
ほどなくしての分岐は南西に進む。山肌の植林帯の道沿いには、モノラックのレールが走っている。

一旦植林を抜け、廃村・平井集落跡手前で道標を見て東に折れるが、ここから東方の植林帯に入るまでの間が廃道寸前となっている。しかし藪漕ぎをするほどではなく、ほぼ真っ直ぐ東進して行けば、植林帯に入り、踏み跡が再び現れる。
この後、廃屋前で体調の悪化により、倒れてしまった。この頃、まだ自分の身体の異変に気づいていなかったが、この数ヶ月後、救急車で運ばれることになるのである。
東方の尾根上には岩盤が連なっているが、この尾根を岩屋尾根という。尾根に乗った地点には道標が立っていたと思うが、まず少し下り、東側の「鬼の岩屋」を見学する。ここが、大神が天岩戸に登って行く途中で休憩した場所だと言われている。東下に回りこむと、よく内部を観察できる。

そこから急登の尾根をしばらく登り、起伏が緩やかになると、やがて伏石の石段が現れる。ここで直角に西に折れる。この石段は急登。
林道天岩戸線に出た付近には簡易トイレがあるので、済ませておくと良い。
林道の向かいにはまた鳥居と石段があり、これを上り詰めると天磐戸神社に出る。この祭神は天照大神と、大神を天岩戸から連れ出した天手力男(あめのてぢからお)命である。
社殿の左横に天岩戸の解説板が建っている。ここから岩戸までは数分の距離。

下部が岩屋風になっている巨岩が見えてくると、その手前、左側に天鈿女(あめのうずめ)命、右側に鼻が折れた猿田彦命の石像が立っている。これらは200~300年前に建立されたものだという。
県内屈指の有名峠、三頭越の天鈿女命像は乳房を露わにしていたが、ここの像は行儀よくしまってある。尚、三頭越の像が乳房を出していたのは、天之八衢(あめのやちまた)で天鈿女命が猿田彦命出会った時、乳を出していたからであろう。

更に登ると、何百トンもある台座風の巨岩が現れる。これを神楽岩というが、上面は平で二十畳敷き位の広さがあり、ここで天鈿女命が神がかって服をはだけ、乳房と陰部(ほと)を周囲の八百万の神々に見せながら、舞いを舞ったという。昭和初期頃までも毎年、神楽が奉納されていた。
因みに天鈿女命と猿田彦命との子の子孫が、古事記の帝紀・旧辞を誦習した稗田阿礼である。

神楽岩の上方に木製の祠が見えているが、その背後が天岩戸の洞穴である。神楽岩から岩戸までの路面には、割れた石のようなものがずっと敷かれているが、これは天岩戸の岩の扉を壊して、石段の伏石としたものである。史跡・遺跡保存の観点から言えば暴挙なのだが、この上方には植林帯もあるため、歩き易さのために行ったことだろう。
天岩戸は天磐戸神社の奥社でもあるのだが、’90年代は祠がなかったようで、内部に入ることができたようだが、現在は注連縄が張られ、禁足措置が取られている。

これは地殻変動で生じた岩の割れ目の上に、何トンもある天井石を設置した人工の洞穴。天井石は昔の大地震で内部に崩れ、斜めになっている。洞穴の規模は高さ2m少々、幅1m少々、奥行き約8mで、反対側の穴は内部から数枚の板状石で塞いでおり、明り取りの穴も開いているという。
天照大神は神事や大切な行事がある時のみ、この天岩戸に滞在し、普段はここより上方にあるとされるコオリノセキという洞穴に居住していたという。そこでは’90年代、驚くべき発見があった。鍾乳石が付着した首飾りの玉である。十数個見つかり、玉は胡桃の殻でできており、皆、紐を通す穴が開けられていたという。それはまさしく、天照大神の首飾りだろう。例え大神のものではなかったとしも、考古学上は極めて貴重なものであることに変わりない。

市販のガイドブック等では岩屋の天辺の独標点は禁足地で上がれない旨、記述されているが、実際は岩屋からは若干ずれているため、背後から上ることができる。一番高い所に打たれた国土調査の杭が独標点の箇所である。
そこから尾根をしばらく登ったが、コオリノセキの発見には至らなかった。ただ、途中、いくつもの岩屋風の岩盤はあった。

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