前夜、話が弾んで酒が進み、飲み過ぎて調子が悪い。ゆっくり起きて外を覗くと快晴で、「これでは、山に登らない訳には行かない」と真顔になって庭に出ると、多良岳が霧氷で白い。後から、「今年初めてよ」と妹が声を掛けて寄越す。夜更けの２時過ぎまで話し込んでいたらしい姉兄に声を掛けてから、山口宅を出発する。
林道を走って行くと、西部劇で現れるテーブルマウンテンそっくりの岩峰が林道の空間に出現する。「どこかで見たような山だなあ」と記憶を辿ると、上州荒船山に思い至る。登山口には数台の車が停まって、「九州北部には大雪注意報が出ているのに、何という良い天気でしょう」などと話すのが聞こえる。実際、昨夜までは雨の予報だったのに、雲一つ無いウキウキする様な快晴の青空が広がっている。
　焦りがちな気持ちを抑えて身支度を済ませ、丸太の階段を登って行く。随所に道標があって、手入れの良さが覗われる登山道だ。犬(いん)ノ墓と呼ばれる尾根の鞍部へ上がると、その来歴が書かれている。岩盤に手を加えて石段を設えた道を進み、岩峰から東へ派生した尾根を乗越えて北側の道から山頂に立つ。
　抜群の眺めだが、天気の変化は早く、靄が広がって遠くの山は霞んでいる。黒髪山は比較的はっきり見えているが、国見山には雪雲らしいのが掛かっている。山頂の方位盤にはいっそう遠い天山も記されているが、定かには見えない。逆光の多良岳は、靄のベール越しで影が薄い。新設された第二西海橋は、陽射しが当った時だけ白く目立ってそれと判る。
　時間が余り過ぎるので、高見岳へ足を伸ばす。犬ノ墓から先の尾根道は多くの人が歩いているとは思えないが、踏跡ははっきりしている。林道を越えて緩く登りに掛かり、最後は急登して山頂に立つ。
　歩き足りなさを補い、虚空蔵山の良い写真を物にしようと期待して来たのだが、山頂の広場は照葉樹林にすっぽりと包まれている。
　帰途、大村湾越しの虚空蔵山の特徴的な姿を眺めて溜飲を下げ、空港入口の温泉で汗を流して寛ぐ。虚空蔵山で採って来て庭に植えた「ンベ」(常緑の木通)の苗は数年で成長し、赤紫の立派な実を結ぶようになった。関東のアケビに比べて甘みが強く、「キウイよりも美味い」と悦に入っている。