ロープウェイを使って一挙に樹氷の世界へ――。初体験の雪山にふさわしい八ヶ岳・北横岳

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ロープウェイを降りれば、そこは「雪山初体験の人でも、とりあえず冷たい風と樹氷の世界を体験できる場所」となる。ここから北八ヶ岳・北横岳へと向かう道は、冬山初体験の爽快さと厳しさが凝縮されている。

 

北横岳の標高は2480m――。八ヶ岳の山々は、おおむね2500m前後で森林限界を迎えるため、山頂付近のごく僅かな部分が森林限界を抜け出ている。雪の森の美しさと、森林限界を越えた雪山の展望を無理なく楽しめる。

北横岳は八ヶ岳の中では「北八ヶ岳」の中にあり、そのちょうど真ん中に位置する山だ。北八ヶ岳の山々の特徴はシラビソ、コメツガなどの針葉樹の広大な森林高地が広がり、その中に中山、冷山、茶臼山、縞枯山・・・そして北横岳といった穏やかな鉢を伏せたような山容の山が並ぶ点にある。

この北横岳は、“幸か不幸か”、標高2237mの坪庭と呼ばれる溶岩台地の中腹まで大型の北八ヶ岳ロープウェイがかかっているので、全く歩くことなく雪と風と展望の世界まで行くことができる。「雪の山に行ってみたい、だけど時には氷点下15度前後にもなるかもしれない世界に自分が耐えられるのか?」と不安に思う雪山初体験の人でも、とりあえず冷たい風と樹氷の世界を体験できる場所となる。

実質的な登山はロープウェイ山頂駅から始まる。山頂駅から一段上がると坪庭と呼ばれる溶岩台地が広がり、岩と雪の平原の中に遊歩道が作られている。雪山シーズンのルートも無雪期の道通りに目印の旗竿が立てられ、歩くことができる。

坪庭からロープウェイ山頂駅を振り返る。背後には中央アルプスが広がる(写真/谷の料理長さん


正月以降なら一面の積雪で、歩きだしから全て雪の上の登山となる。坪庭は遮る物もない剥き出しの雪原なので、木曽御嶽山、中央アルプス、南アルプスなどの雪の高山の大展望に思わず歓声が上がるだろう。露岩には小さな“エビのシッポ”と呼ばれる樹氷が付き、いきなり体験する雪山の光景に驚かされる。

溶岩台地の北の端から北横岳へと続く斜面に取り付く。コメツガ、シラビソが厳冬期には石膏細工の様に真っ白な樹氷となり、森の中のジグザグの登りが続く。やがて三つ岳へと続く尾根上に出て、僅かで北横岳ヒュッテが暖かくエントツから煙を上げている。

ここからは山頂へと向かう道は、急峻な森の中の登りとなる。程なくして周囲のダケカンバなどの丈が低くなり、一歩登る毎に背後に大きく連なる八ヶ岳の大きな展望が広がる。北横岳は三角点のある南峰と最高点の北峰の二つの山頂からなるが、まずは南峰に立つ。一気に広がる展望。今まで見えなかった北アルプスが、まさに銀屏風に広がる。とりわけ槍、穂高の峻険な雪山の姿に感動する。

北横岳山頂から望む南八ヶ岳方面の眺望(写真/スーさん


最高点である北峰へは、再び丈の低いシラビソの樹氷の中を抜けて行く。山頂に立つと目の前には大きな蓼科山、眼下に広がる佐久盆地を挟んで浅間山も展望に加わり、自分も雪山登山者の仲間入りしたことが嬉しく思えるはずだ。

ロープウェイ山頂駅から北横岳を往復する(⇒ヤマタイムで確認

 

北横岳に立つために必要な準備・装備・知識

八ヶ岳は昔から麦草峠を境に、その南北で積雪量が違うと言われている。冬型の気圧配置が強い時、北横岳では乾いた粉雪が強い西風と共に舞うが、降雪量が本格的に増えるのは、太平洋側を低気圧が発達しながら通過する時だ。

この時は、取り付きやすいと言われる北横岳でも大雪となることが少なくない。降雪直後には坪庭でも先行パーティーがいない時はラッセルを強いられることもあるが、週末にはロープウェイを利用しての登山者が多数訪れるうえに、また頂上直下の北横岳ヒュッテが降雪の後にはワカンを履き雪を踏み固めてスコップで雪道に綺麗なトレースを付けてくれるので、自らラッセルするケースは少ないはずだ。

北横岳は滑落するような急峻な斜面はあまりないので、底が硬く深い靴であれば、無雪期のトレッキングシューズでも(相当に足は冷たいかもしれないが)登山可能だ。坪庭から稜線までの斜面、ヒュッテから山頂までの踏み固められた傾斜のある登高では、軽アイゼンがあれば山頂に立つことができるだろう。

坪庭周辺の様子。多くの人が入っているので、登山道は踏み固められていることが多い(写真/太っちょパパ さん


無雪期の山と違い、絶対に欲しい装備としては膝まであるスパッツ(ゲーター)と厳しい寒さと強い西風から手を守るインナー手袋+中厚の手袋と、耳を覆うシッカリとした帽子が必要だ。アウターは防水透湿素材のレインウェアであれば十分に風雪から身を守ることができる。ただ、この北横岳が雪山最終目標である場合以外は、できれば、しっかりとした冬山装備を用意したい。

この北横岳登山でも雪山用登山靴を履き、10本爪以上のアイゼンを用意し、ピッケルを手に登山することをお勧めしたい。ロープウェイ山頂駅の建物の二階には、自由に使える広い休憩室が用意されている。ここで雪山登山靴の靴紐の締め方、用意した靴下との相性などを確認し、スパッツを付け、シッカリと完全装備で雪の上に歩き出すようにしてみてはどうだろう?

「エビのシッポ」が道標にビッシリの付いた北横岳南峰(写真/さる さん


暖かいけれど深く硬い雪山登山靴を一歩一歩雪に食い込ませ、ピッケルで身体のバランスを取り、ヒュッテまで登り、最後の斜面ではアイゼンを付けて歩いてみよう。柔らかく軽快に歩ける無雪期のトレッキングシューズと違い、雪山登山靴は安定的に歩くのには一定の時間がかかる。それでも慣れてくれば硬さと重さが安心感へと変わっていくはずだ。

北横岳は、ロープウェイ山頂駅からトレースを辿って往復するだけなら、3時間もかからずに登山を終えることができるだろう。すると、つい隣接する三つ岳や大岳も含めた登山を試みたくなるが、この周辺は大岩が積み重なった溶岩台地のため、雪の大穴へと転落するリスクや、ルートファインディングが難しい場合もある。無雪期に歩いたことがあり、単独行でない場合以外は、安易に立ち入るのは避けたい。

北横岳周辺には北横岳ヒュッテと縞枯山荘(冬季は素泊まりのみ)があり、これらの山小屋を利用して、縞枯山や雨池なども含めて登山すれば、雪山初体験としては大きな経験になるはずだ。

三角屋根が特徴の縞枯山荘(写真/echalote さん


ロープウェイを利用した取り付きやすい雪山である北横岳で、厳冬期の森林限界を越えた山ならではの風の冷たさ、低山では体験できない手で握っても「玉」にならずサラサラとこぼれる乾いた冷たい雪を知り、樹氷、霧氷の美しさを見る経験をしたい。登り易いが雪山の魅力がギッシリ詰まった北横岳で雪山の第一歩を刻んでみよう。

 

プロフィール

山田 哲哉

1954年東京都生まれ。小学5年より、奥多摩、大菩薩、奥秩父を中心に、登山を続け、専業の山岳ガイドとして活動。現在は山岳ガイド「風の谷」主宰。海外登山の経験も豊富。 著書に『奥多摩、山、谷、峠そして人』『縦走登山』(山と溪谷社)、『山は真剣勝負』(東京新聞出版局)など多数。
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