ライチョウの野生復帰を目指して 信州大学名誉教授・中村浩志先生インタビュー 後編

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『山と溪谷』で短期連載中の「山と温暖化」記事中でもとりあげたライチョウの野生復帰プロジェクト。サルなど捕食者の増加と温暖化による負の影響、さらにはオーバーユースなどにより、ライチョウの個体数が近年大きく減っている一方で、50年前に野生絶滅した中央アルプスで1羽の雌のライチョウが発見されたことをきっかけに、国の保護増殖事業が本格的にスタートした2020年から、わずか3年で個体数が約100羽まで復帰するなど目覚ましい成果を上げている。

このプロジェクトの中心人物である国際鳥類研究所代表理事で信州大学名誉教授の中村浩志先生に、ライチョウ復帰までの過程と現在の課題についてお聞きした。

取材・構成=岡山泰史

前編はこちら

中村浩志

鳥類学者、信州大学名誉教授。一般財団法人中村浩志国際鳥類研究所代表理事。専門はカッコウやライチョウの生態研究。理学博士。主な著書に『甦れ、ブッポウソウ』『雷鳥が語りかけるもの』(山と溪谷社)、『二万年の奇跡を生きた鳥ライチョウ』(農文協)ほか。

 

ライチョウにおよぶ温暖化の直接的な影響

ライチョウの保護活動

2020年に火打山で実施したイネ科植物の除去作業。環境省では5年間かけてイネ科植物の試験的除去を試み、イネ科植物の除去がライチョウの採食環境の改善につながることを確認している(写真提供=中村浩志)

 

―――火打山ではライチョウの餌場にイネ科の植物侵入してきたこともあり、選択的に除去が行なわれています。これらは、温暖化の影響ということでしょうか?

そうですね。このイネ科植物はもともとあった植物です。以前は目立たなかったのですが、最近急激に増えた植物です。そのため、エサとなるガンコウランやコケモモは丈が低いのでイネ科の日陰になるようになってしまいました。火打山のハイマツ帯は比較的標高が低いこともあり、イネ科の植物やヤマハンノキが繁茂し、明らかに植生が変わってきています。そのため、その影響を軽減しようということで、ボランティアの皆さんにご協力いただいて、イネ科植物を抜いてライチョウの餌場を回復し、ライチョウ平にライチョウが戻ってこれるようにしているのです。

 

―――ライチョウのもう一つの生息地である立山周辺では温暖化の影響はあるのでしょうか?

立山の室堂平などでは良好な環境が維持されているようで、まだイネ科植物が目立って入ってきていないようです。むしろ、もっと標高が低いところで温暖化の影響が出始めている可能性があります。

一方、火打山では、羽田先生が調べたころは巣の6割がハイマツに営巣していましたが、最近では火打ではハイマツに営巣した例が全く見られなくなっています。ハイマツの背丈が高くなってしまって、ライチョウが営巣できなくなってしまったのです。わずか40年間で、それだけの大きな変化が起きているのです。この変化は、最近の温暖化によるものです。

 

―――環境省によるモニタリングサイトの調査で、ハイマツの当年枝(その年に新しく延びた枝)の長さが年々長くなり、温暖化の影響であるという報告がありますが、いわばそのためにライチョウにとっては営巣ができなくなっているわけですね。

火打山は日本で一番低い標高にライチョウの集団が棲む山なので、温暖化の影響が顕著に出ているのです。元々山頂付近にしかハイマツのある高山帯がなかった山です。採食地にイネ科植物が入り、火打山には本来ライチョウが好む開けた環境に背の高いイネ科植物などが入ってきています。ですから、ライチョウの棲む環境は、温暖化によってどんどん狭められているのです。

現在、火打山には繁殖するライチョウは、山頂部になわばりを持つ5つがいしか棲んでいません。

 

―――そんなに少ないんですね!

多い時は20つがいほどが繁殖していましたから、現在、火打山の集団はいつ消えてもおかしくない状況といえます。国内のライチョウ集団で最も絶滅の可能性が高い集団ともいえます。

 

―――それは北限の生息地だからではなく、山の標高が低いからということですか?

そうですね。それに加え、分布周辺の集団であるからです。

 

新たなライチョウの脅威

ライチョウのヒナをくわえるサル

北アルプス東大天井岳で撮影されたライチョウのヒナをくわえるサル(写真提供=中村浩志)

 

―――人を恐れない日本のライチョウですが、サルに対しては擬傷行動をする例が観察されているそうですね。

遺伝的にそのような習性が残されていても、擬傷行動、つまり傷ついたふりをして捕食者を引き寄せ、ヒナから遠ざける行動をとる必要が日本では少なかったのです。外国ではライチョウの家族に近づけません。近づきすぎたらメスが擬傷行動をして、警戒の声を出したらヒナが散らばってしまうのです。ところが近年、日本の高山帯でサルがライチョウの新たな脅威となっています。ヒナを襲うようになり、ヒナをライチョウから守るために、サルに対し擬傷行動をするようになれば良いのですが。

 

―――温暖化の影響予想とともに、どれぐらい個体数が減るかを予想された研究がありますが、平均気温が現在よりもプラス2度までは個体数が半減し、プラス3度だとほとんど絶滅するという報告は衝撃的でした。

プラス3度まで温暖化が進むと、日本のライチョウは生息地がなくなり、ほとんど絶滅状態になるでしょうね。この予測によると、すでに火打山ではライチョウが棲めない環境になってきているといえます。温暖化は人間の影響ですから、火打山の集団が絶滅しないよう、イネ科植物等を除去することで、人間の手で環境を取り戻してやる必要があるのです。

 

―――立山ではハイマツ以外の営巣場所も観察されているそうですね。

乗鞍や南アルプスでは9割以上がハイマツに営巣しています。ただ、立山ではハイマツに営巣する割合が低いですね。それは、火打山と同様に温暖化の影響が出始めているのではないかと心配しています。室堂平を中心とする富山雷鳥研究会の調査報告では、ハイマツに営巣するのは6割にとどまり、ササやホンドミヤマネズなど12種もの植生や岩陰などへの営巣が4割もみられます。以前はハイマツへの営巣の割合はもっと高かったのですが、これも温暖化の影響でハイマツが成長しすぎたことが原因ではないかと考えています。室堂平より標高の低い場所では、温暖化の影響を受けている可能性があるとみています。

 

なぜライチョウの数が減ったのか?

ヒナの生存率を上げるためにケージ保護をしているが、同時に捕食者の除去も一部で実施している。テンはもともと高山帯には生息していなかった捕食者だ(写真提供=中村浩志)
 

―――南アルプスで個体群が減っている原因はどういったことが考えられるでしょうか?

もともと高山には棲息していなかったキツネ、テン、カラス等が高山帯に侵入し、ライチョウを捕食するようになったことが、減少の1番の原因と考えています。また、南アルプスの高山帯一帯にシカとサルの群れが入って、高山のお花畑を食害しています。これらの草食動物の侵入によって、ライチョウの餌となる高山植物の減少、さらにライチョウの生息環境そのものの破壊が今後一層南アルプス全域で進行することが心配されます。

 

―――捕食者が高山でもみられるようになった原因としては、どういったことが考えられるでしょうか?

以前には、キツネやテンは狩猟の対象となっていました。それが猟友会員の減少や高齢化により狩猟圧が減少し、低山で数を増やしたこれらの捕食者が高山に侵入するようになったことが考えられます。また、50、60年前からの登山ブームで人が高山に上がるようになり、登山者の捨てる残飯を目当てに高山に進出したといわれています。私が学生の頃は、高山でカラスが見られるとニュースになるほどでした。ところが今、夏にはほとんどの高山帯でカラスが観察されるようになっています。

 

―――登山道、林道の整備は影響あるでしょうか?

キツネ、テン、シカなどは林道を利用しているようです。奥山での林道整備が、これらの動物を高山に入りやすくしていると考えられます。温暖化も影響しているかもしれませんね。

 

―――オオカミがいなくなったことも背景にあるでしょうか?

絶滅する以前は、オオカミがシカやイノシシの数が増えるのを抑えていましたが、絶滅した後は、人による狩猟圧が代わりとなり増加を抑えていました。その狩猟圧が最近どんどん弱くなってきています。

 

―――暖冬の影響はあるでしょうか?

積雪量が減少し、そのことが冬の時期、サル、シカ、イノシシの死亡数を少なくしていると言われていますが、それは正しいのではないかと思います。温暖化は全てに影響しますから、見えるのは一部しか見えませんが、実際には生態系全体を変えてしまっています。

 

―――先生の研究で、温暖化により平均気温が1度上がるごとにライチョウが減るという研究報告がありましたが、これについて解説していただけますか?

35年ほど前、南アルプスに存在した288個のライチョウのなわばりの緯度と標高を調べたデータをもとに、温暖化による影響を予測しました。100m標高が高くなると、気温は0.65度下がります。ですので、平均気温が1度高くなると、森林限界が154 メートル上昇し、ライチョウが棲める高山環境は狭まり、森林限界より標高が低いなわばりは消滅すると仮定したのです。

分析の結果、温度が1度上がるとなわばり数が225に減り、2度上がると89に、さらに3度上がると14にまで減る結果となりました(下図)。

平均気温が高くなると、なわばりの数が減ることが予想されるグラフ。ライチョウはハイマツのある高山に棲むが、気温上昇により高山の 環境がより高い場所に移り、棲める環境が狭められてしまう(データ提供=中村浩志)
 

事実、生息域南限の光岳では、以前なわばりが1つはあったのが、調査当時より気温がおよそ1度上がった現在では、その1つのなわばりも途絶えがちとなり、年によっては見られなくなりました。

同じことは北限の火打岳でも起きています。この山は、日本で最も低い場所にライチョウが生息する山ですが、最近なわばり数が減少し、現在では山頂部にわずかにあるのみで、いついなくなってもおかしくない状態が続いています。

 

―――それだけ、ライチョウは温暖化の影響を受けやすい存在で、その影響はすでに出ているということなのですね。貴重なお話をありがとうございました。

 

インタビューを終えて

これまで環境省主導の野生復帰の試みがさまざまに行なわれてきた。トキ、コウノトリ、ヤンバルクイナなど、鳥類だけでも大勢の人びとによる努力と少なからぬ予算が費やされてきた。そのなかで、ライチョウについては既知の研究の積み重ねが大きかったこともあり、短期間で大きな成果を得たことは、高く評価できる。今後は中央アルプス個体群の遺伝的な多様性の解明や、捕食者対策、繁殖適地の維持など、個体群存続のための試みが続けられれば、ライチョウが地球温暖化が加速するいまの時代を生き抜くことも可能だろう。

ただし、地球規模の温暖化の影響は想像以上に大きく、この傾向を止めない限り、そのほかの試みは全て対処療法となってしまう。2050年までに脱炭素社会を実現するという国の大きな目標の中には、ライチョウの存続も含まれていることを私たち登山者は忘れてはならないだろう。(山と溪谷社・岡山泰史)

 

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