ライチョウの野生復帰を目指して 信州大学名誉教授・中村浩志先生インタビュー 前編

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『山と溪谷』で短期連載中の「山と温暖化」記事中でもとりあげたライチョウの野生復帰プロジェクト。サルなど捕食者の増加と温暖化による負の影響、さらにはオーバーユースなどにより、ライチョウの個体数が近年大きく減っている一方で、50年前に野生絶滅した中央アルプスで1羽の雌のライチョウが発見されたことをきっかけに、国の保護増殖事業が本格的にスタートした2020年から、わずか3年で個体数が約100羽まで復帰するなど目覚ましい成果を上げている。

このプロジェクトの中心人物である国際鳥類研究所代表理事で信州大学名誉教授の中村浩志先生に、ライチョウ復帰までの過程と現在の課題についてお聞きした。

取材・構成=岡山泰史

中村浩志

鳥類学者、信州大学名誉教授。一般財団法人中村浩志国際鳥類研究所代表理事。専門はカッコウやライチョウの生態研究。理学博士。主な著書に『甦れ、ブッポウソウ』『雷鳥が語りかけるもの』(山と溪谷社)、『二万年の奇跡を生きた鳥ライチョウ』(農文協)ほか。

ライチョウのオスとメス

2018年に中央アルプスに飛来したライチョウの雌は、2020年乗鞍岳から空輸した雛の雄と翌年ペアになり、無事繁殖に成功した。2021年5月28日撮影(写真提供=中村浩志)

 

―――この事業の特徴として、環境省を中心に各自治体、研究機関、民間のボランティアまでが協力しながら大きな成果を上げたことが挙げられます。また、短期間で大きな成功を収めた背景には、100%近い孵化の成功、ゲージ保護活動、腸内フロラの研究まで、ライチョウの保護プロジェクトによる多数の成果があるわけですが、ここまでの成功の要因はなんでしょうか?

ライチョウに関しては、私の恩師の信州大学教授だった羽田健三先生の30年間に及ぶ研究があり、私自身もその後25年間研究していますので、その間の蓄積があります。日本のライチョウの生態に関してはかなりわかってきているという学問的なベースがあったからです。

それに対してトキやコウノトリは保護に手をつける段階で数が減ってしまって、トキやコウノトリの生態がわからない段階で野生絶滅してしまいました。生態がわからないまま外国からトキやコウノトリを持ってきて飼育をこころみているから、膨大な時間がかかりました。
 

―――ハイマツなど良好な環境が日本の高山に残されていたことも大きいでしょうか?

それは一つ言えます。外国のライチョウと違い、国内のライチョウの営巣場所はほとんどが背の低いハイマツの下なんです。でも外国のライチョウの生息地には常緑の植物はなく、草の中や岩の下に巣を作りますので、捕食者に発見されやすい。

日本の高山にハイマツがなかったら、日本のライチョウはとっくに絶滅していたでしょう。

 

―――それが、ライチョウが日本で2万年も生き延びてきた大きな要因でしょうか?

そうですね。日本のライチョウは世界の分布の最南端で、氷期から今日まで生き延びてきた理由の一つは、日本の高山帯にはハイマツがあったことです。そのハイマツが、隠れ場や営巣場所をライチョウに提供してきました。

もう一つの理由は、日本民族が山岳信仰を持ち、ライチョウを狩猟の対象とすることがなかったことが挙げられます。この2つが日本のライチョウが絶滅しなかった大きな理由だと思いますね。

ライチョウのはく製

地元の小学校で見つかった中央アルプス産のライチョウの剥製。中央アルプスの個体群の遺伝的な背景を知る貴重な資料となったが、同時に、教材用として製作された多数の剥製が、急激にライチョウが数を減らした原因の一つの可能性もある
 

ライチョウ保護事業の成功と課題

2020年8月1日乗鞍岳で一ヵ月間ケージ保護した3家族をヘリで中央アルプス駒ケ岳に空輸。その後定着し、個体群の回復計画は短期間で大きな成功を収めた(写真提供=中村浩志)
 

―――中央アルプスに新たに作られた個体群ですが、遺伝的な多様性を維持する試みも進められているそうですね。

乗鞍岳から3家族19羽、そして2018年に発見された飛来メス1羽、計20羽が最初の集団「創始個体群」となって、この復活事業が始まりました。はたして20羽が中央アルプスの個体群を安定的に維持するのに遺伝的な多様性が十分かどうかは、これから見ていかなければなりません。

元の乗鞍の集団と同じ遺伝的な多様性を維持しているのか、あるいは乗鞍や北アルプスの集団に比べて低いのか、これから調査が必要です。今は復活することが目標なので、次の段階で調査をしたいと思っています。

 

―――今回の野生復帰事業の目標数は200羽とのことでした。

最終的には、中央アルプスの環境を考えたら200羽ぐらいがマックスだと思っています。200羽というのは乗鞍岳と同じ集団サイズですから、それと同程度まで目指したいと考えています。

 

―――この秋に中央アルプスに登ったのですが、ツアー会社が率いる集団で、登山道は大渋滞でした。このような状況下で、今後どういったことが課題としてあげられますか?

去年に比べて捕食者の問題が大きな課題となってきました。今後もライチョウが順調に増えてくれるかどうか、捕食者対策がしっかりできるかが重要だと感じています。

中央アルプスでは、駒ヶ岳周辺からのサルの追い払いを行なっていますが、サルの個体数も多く、ライチョウを追いかけている姿も登山者に観察されていますので、今後も適切な対策が必要です。

ライチョウのヒナがキツネに食べられる例も今年はいくつか見つかっています。やはり、数が増えると集中的に捕食者から狙われますから。

また、小型の猛禽類であるチョウゲンボウもライチョウを捕食しています。チョウゲンボウはかつては数が少ない希少な鳥でしたが、最近は都市のビルに営巣したり、河川の橋に営巣したりして急激に数を増やし、ちょうどライチョウのヒナが孵化した時期に山に上がってきて、立山や乗鞍など各地でヒナを襲うところが観察されています。

そのため、中央アルプスや北岳ではヒナの孵化直後からゲージで保護する活動を行ない、成果を上げてきましたので、今後も同様の対策が必要と考えています。

 

後編:ライチョウにおよぶ温暖化の直接的な影響とは?

 

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