【Last/Part4】小川谷左岸上段道 ワンデイハイク
(02月18日と24日あわせて)東日原、小川谷林道、七跳窪、七跳尾根径路、小川谷左岸上段道、旧酉谷避難小屋、旧酉谷登山道、三又、小川谷林道、東日原( 関東)
パーティ: 1人 (加藤キーチ(モンターニャ) さん )
(02月18日と24日あわせて)東日原、小川谷林道、七跳窪、七跳尾根径路、小川谷左岸上段道、旧酉谷避難小屋、旧酉谷登山道、三又、小川谷林道、東日原( 関東)
パーティ: 1人 (加藤キーチ(モンターニャ) さん )
晴れのち曇り、風なし、暖か。
バス
08:25~東日原バス停をスタート
10:03~犬麦林道上の七跳尾根登山口~10:23
11:28~縦走路に上がる
11:51~割谷(悪谷)への下降地点
12:22~(co1350mで道跡探索)~12:30
/以降が前回02月18日の続き/
12:39~割谷右又・左又の中尾根、co1270
12:59~割谷の左又に下りる
13:20~シャクナゲ尾根、co1280
14:48~日向谷に下りる
15:03~旧酉谷避難小屋
15:45~三又
16:11~小川谷林道終点広場~16:17
17:25~東日原バス停フィニッシュ
右岸の上段道ではなく「左岸」なのでお間違いなく。
小川谷の左岸は、
下段道=カロー橋に近いハンギョウ尾根下部を起点に、大栗尾根で中段道に合流
中段道=日原集落の上~カロー谷~ハンギョウ尾根~犬麦林道~小川谷三又
が知られ、とくに中段道がそこそこ歩かれている。
しかし上段道の存在は、これまで明らかになっていないようだ。
ある資料の略図(個人の山行記録の類ではなく、公文書)に左岸の上段道らしいルートが入っているのを見つけ、02月04日・11日・18日・24日と4回にわたって探索してきた。径路のあらましは1枚目の写真を参照。
.
【盗まれた登山道】
ミステリー小説のタイトル風にいってみる。
01月28日の記録の最後に、次はヤケト尾根を歩くと書いた。なのにバックして小川谷をやりなおすことになったのは理由がある。
ある男に、ルートのアイディアを盗まれた。仮にMとしておこう。ある日、奥多摩駅からバスに揺られながらの道中、いまや径路がはっきりしない小川谷上流部のとある道について、「最終到達点とその降りかたのヒント」を教えた。その根拠となる、自分が撮った踏み跡の写真も見せた。すると23年末から24年始にかけ、Mとその弟子(仮にBとする)が、そのルートを歩こうとしているではないか。
ひと言もなくアイディアを持ってゆくとは、いったいどういうつもりだ。メールしたところ、はじめ「Bがすでに知っていた」といい、次に「誰でも考えることだ」「アイディアでもなんでもない」と返事が来た。
この話が今回の左岸上段道と、どう関係するのか。
バスの車中では、そのあと左岸上段道のアイディアも話してしまっている。
先に歩かれて、また「誰でも思いつくことだ」などと言われては夢見が悪くなる。枕を高くして眠れるよう、小川谷をやりなおした次第だ。
なお、このゴシップは今後も続きがある。下界の掃き溜め風の話題が嫌いなかたは、すっとばして下の本文からお読みください。
.
〇 小川谷左岸上段道
公の資料には最新版の略図にも径路が実線で入っている。前例踏襲だとしても、この道がじっさいに歩かれ・手入れされたのはいつくらいまでなのだろう。
横切るゴンパ尾根もシャクナゲ尾根も、歩いた人ならわかるとおり、表層のザレが激しい。七跳尾根径路を離れてから延々と続く左下がりの斜面は大きな崩落こそないもののまんべんなくザレており、道跡を探すのはたいへん難しかった。「かつての道だろう」と思えたのは2割くらいだろうか。
.
2月は山行と降雪が重なった。04日に小川谷林道終点広場から取りつきを探し、11日は雪深く林道終点広場まで2時間もかかり林道を往復しただけに終わり、18日に取りつきからシャクナゲ尾根にやっと回りこんだ。24日の今回、割谷左又を渡る前後の不明区間をもういっぺん歩きなおしてシャクナゲ尾根から旧酉谷避難小屋に達することができた。
概略は以下の本文を、詳細は写真のキャプションを参照。
/前回02月18日の記録/
https://www.yamakei-online.com/cl_record/detail.php?id=292403
.
◯ 取りつきから左岸上段道へ(02月18日)
小川谷終点広場から三又への道をたどり、ほどなく土管とカモシカ標識の平場に至る(写真0のA地点)。右手の七跳窪の左岸にピンテが下がっており、導かれ上がってゆく。道はやや複雑で窪を渡ったり尾根を回りこんだりしながら、やがて土留の丸太と杭のある立派な道になる。道なりにいけば七跳尾根のP1342の上の、林班標識と「酉谷山へ」のプレート地点に出るが、九十九折のco1200mで西に向かう踏み跡に入る(写真0のB地点)。
.
◯ ゴンパ尾根を越え割谷の右又まで(02月18日)
表層がザレた斜面を、高度を維持しながらかすかな踏み跡を拾いつつ歩く。踏み跡はゴンパ尾根のco1350付近から西に伸びる支尾根を越えたところでやや明瞭になり(C地点)、そのまま右又に下る。降り立った右又には目印地点に多いカツラの大木があり、対岸にはZ字形の薄い踏み跡を見る(D地点)。
.
〇 割谷の右又から左又へ(02月18日と24日)
この区間は難しい。18日には下降可能な緩斜面を早めに左又に下りてしまい、ルートに自信が持てなかった。したがって24日に右又と左又の中尾根を下降してやりなおしたのだが(E地点)、やはりハッキリ下降して左又に下りる。18日に沢を少し遡り右岸(中尾根)の斜面を観察したときも、上流寄りに下降可能な地形は見つけられなかった。
左又の対岸には獣道との判別が難しいごく薄い踏み跡が何条か走る。
.
〇 左又からシャクナゲ尾根(02月18日と24日)
左又を発ち下部でZ字を描いたあとはまっすぐシャクナゲ尾根に上がったが、左又の上流から上がってくる道跡と出会う(F地点、写真17)。したがって道はシャクナゲ尾根の東面で九十九になっているかもしれない。
.
〇 シャクナゲ尾根から日向谷を渡り旧酉谷避難小屋(02月24日)
あいまいな斜面に道跡を見つけられず、またルートの想定を間違ったことからとても苦労する。
シャクナゲ尾根を発って250mのあいだに行程中いちばん大きな崩落と、続いてガリー(雨裂)(G地点、写真21-23)。最後は標高を上げなおして日向谷に向かったが、その必要があったかどうか。日向谷の対岸に道跡をみつけられずに谷を少し下る。(写真0)の点線部分の標高で道があったのかもしれない。最後は日向谷右岸尾根の道跡をたどり、旧避難小屋の下50mの、倒れた道標の上に出る。
.
(20240303 了)
【その他】 ラ・スポルティーバのウルトララプターⅡレザー。(以下ほとんどモンベル)。起毛タイツ・長ズボン・チェーンスパイク。メリノウール薄手に厚手・カンガルーヤッケ・ペツルのヘルメット・テムレス。サレワのアックス。ザックはモンベルのアルパインライト30Lにヘッドランプ・スマホ(地図+GPS+カメラ+ボイスレコーダー)・バッテリー充電器と予備電池・ココヘリ発信機・雨具上・中厚手フリース・綿入りアウター・傘・ロールペーパー。ハイドレーションに水1.5L・コッペパン2・カルパス・黒糖。着替えとサンダルは奥多摩駅のコインロッカー。 |
みんなのコメント