2023年の植村直己冒険賞は2組4人に。イラク巨大湿原探検の山田高司さんと高野秀行さん、アンナプルナ大渓谷下降の田中彰さんと大西良治さんが受賞

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創造的な冒険・探検に贈られる植村直己冒険賞(兵庫県豊岡市主催)。2023年は異例の2組4人の受賞となった。受賞者は、イラクのティグリス川、ユーフラテス川が作り出した巨大な湿原地帯「アフワール」を探検した山田高司さん(65)、高野秀行さん(57)の2人と、深さ400m以上というアンナプルナ山群の大渓谷「セティ・ゴルジュ」を探検した田中彰さん(51)と大西良治さん(46)の2人。

2月16日に東京都内で行なわれた記者発表で、選考委員の関野吉晴さんは「セティ・ゴルジュ、アフワールのどちらかを落としてしまうと悔いが残る。選考の議論はいつもの倍かけ、2組4人が受賞ということに決まった」と経緯を振り返りながら、優劣つけがたい2つの探検の価値を強調した。

左から大西良治さんと田中彰さん、山田高司さんと高野秀行さん

探検家で環境活動家の山田さん、ノンフィクション作家の高野さんは2018年から6年間、4度にわたって四国に匹敵するという広大なイラクの湿地帯を踏査。伝統的な舟「タラーデ」やカヌーを使って、水牛を飼いながら葦で作った家に暮らし、古代シュメールとほとんど変わらない生活をしている人たちに出会った。そうした中で、世界的にコレクターが珍重する「マーシュアラブ布」(現地では「アザール」)という布のルーツを探りあて、この湿地帯を中心とした文化構造に迫っていく。この探検は『イラク水滸伝』(文藝春秋)にまとめられており、歴史学、地政学、民族問題、環境問題など多角的な視点でアフワールにアプローチしている。

会見で山田さんは受賞の驚きを語りつつ、「『探検とは知的情熱の肉体的表現』という言葉があるが、田中さん、大西さんの受賞はすばらしい」と今回受賞したもう1組をたたえた。高野さんは「この湿地帯の人たちの特徴は、長らく文明の中心地のそばにいたということ。かたやものすごい勢いで文明が発達し、栄えて滅びることを繰り返しているが、そのそばで水牛を飼って変わらない生活をしてきた。プライバシーの概念も発達していて、現代の我々の生活の参考になるようなところがある」とアフワールを表現した。

渓谷探検家でキャニオニングガイドの田中さん、クライマーで高難度の遡行で知られる大西さんの2人は台湾の恰堪渓(チャーカンシー)やニュージーランドのグルーミーゴルジュなど海外の大渓谷を遡行・下降してきた。2022年の11月から23年3月にかけて2度挑戦した「セティ・ゴルジュ」は、現地で「悪魔の谷」と呼ばれる大渓谷で、過去にNASAやフランスの調査隊を退けてきた。2人は22年11月の一次遠征、23年2〜3月の二次遠征で計約3.5kmを下降。このヒマラヤ随一のゴルジュの核心部をトレースした。

深さ400m以上のゴルジュを流れる水は水温3℃ほどで、ドライスーツを着ていても寒さにさいなまれた。ゴルジュ内にはビバークできる環境がないため、ゴルジュ底に下ってゴルジュを下降し、フィックスしておいたロープで登り返すという方法をとり、慎重に偵察を繰り返して下降に挑んだという。

この踏査の記録はヒマラヤ造山史を研究する上で貴重な資料になるもので、学術的にも評価されている。

学生時代に植村直己の著書『青春を山に賭けて』を読んで感銘を受けたという田中さんは「今回この賞をいただけたのはものすごくうれしい。渓谷でのキャニオニングは見えないところで動いているので、評価されることは少ないが、目立たないジャンルに世間の目が注がれる機会になってよかったなと思う。植村さんの歳を超えてしまったが、若い人のモチベーションを上げる人になりたい」と喜びを語った。大西さんは「今までずっと美しい渓谷の景観を見るのが好きでやってきたが、ヒマラヤは世界最大級の山域だけあって、今まで見たことがないような深い渓谷があり、新たな世界を見られた」とセティ・ゴルジュを振り返った。

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