楽しく、安全に。百名山を踏破するための5つのヒント

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全国に散らばる100の山頂。そのすべてに立つには、相応の計画と努力が必要となる。登山の楽しさや喜びを胸に、さらには効率や安全性も考えながら目標を達成するために——。

構成・文=フレンズP企画、イラスト=村上テツヤ

目次

Q1. 全山踏破に大切なものは何ですか。

A. 気力、体力、時間、資金、そして計画性でしょうか。

ひと言に日本百名山踏破といっても、ただピークに立ちさえすればいいのか、あるいはルートや登山形態にこだわりをもって登るのかによって、難易度や計画の立て方、重視すべきことは変わってくる。

ただ、どんな登り方をするにせよ、共通して大切なのは最後まで諦めないこと——すなわち気力だ。さまざまな事情からくじけそうになる局面はあるだろうし、終盤に厳しい山や遠隔地の山が残って絶望的になるかもしれない。それらを乗り越えた先に、全踏破の喜びは待っている。だが、ここで注意したいのは気力と無理無謀の履き違え。実力を軽視した計画、悪天候や疲労を押しての強行は気力とは呼べない。常に冷静な判断は必要だし、その結果一度は撤退しても、次に向けてのモチベーションを維持する気力が大切なのだ。

もちろん体力も必要だ。百名山のなかには1日で標高差1500m以上を往復、あるいはコースタイム10時間クラスという山がいくつかある。日頃のトレーニングに加え、継続的な登山で山慣れした体をつくるようにしたい。また、中高年は体力があるうちに厳しい山を登っておく、といったことも考えるべきだろう。

技術的には、メジャーなコースの多くは整備状況がよいといえる。それでも剱岳(つるぎだけ)、槍(やり)・穂高(ほたか)などの岩場、幌尻岳(ぽろしりだけ)の徒渉区間などは難易度が高く、相応の経験が必要となってくる。

どれだけかかる?時間とお金

現実問題として直面するのがこのふたつ。一般的に時間はお金で買え、お金は時間で節約できる。また、仕事に追われる現役世代は時間の捻出に苦労し、リタイア世代は時間に余裕ができる半面、年を追って体力低下が気にかかる。両方無尽蔵に使える人以外は、バランスと妥協点を探りながら計画を練ることになる。

やや古い数字になるが、2015年の雑誌『山と溪谷』の特集で全踏破にかかる日数と費用を試算したことがある。詳しい条件は省略するが、「首都圏在住のサラリーマン」が「土日・祝日と年20日の有給休暇をフル活用」し「公共交通、マイカー、レンタカーをうまく使い分け」ながら「2年間で完登」をめざすという前提だ。

結果はのべ129日、約242万円となった。内訳は交通費が約166万円(公共交通約114万円、マイカー・レンタカー関連約52万円)、食事つき山小屋泊を含む宿泊費が約66万円、食費が約10万円など。

ちなみに北海道の9座だけを見ると、4回の山行で計約43万円。これをマイカー&オールキャンプで一度に回ると、約17万円まで節約できる。

条件次第で大きく変わるだろうが、ひとつの目安にはなるだろう。

最新の情報を収集し、着実な計画を立てよう

最後は計画性。ここまでの各要素を総合的に検討し、目標達成までの道筋を中長期的に考えることが大切だ。年齢や体力面を考えて、難易度の高い山をいつ登るか。遠隔地の山や、まとまってある山をどう攻略するか。時間や予算はどのタイミングでどのくらい使えそうか——。

季節についても注意が必要だ。日本アルプスの高山帯や北海道の登山道から雪が消えるのは、おおむね6月下旬〜7月上旬。しかし9月下旬〜10月上旬には早くも初雪が降る。すなわち百名山の約3分の1は、実質3カ月ほどしか登山適期がない。

一方、昨今の猛暑を考えると、夏に標高の低い山や関西以西の山に登るのも考えもの。さらには台風や梅雨の影響も無視できない。

こうして季節単位、年単位で計画を考えていく。100座もあるのだから、ひとつを動かせば連動して他も動く。パズルのようだが、それもまた踏破の一部として楽しみたい。

もっとも、あまりに緻密な計画はそれに縛られて疲れたり破綻したりしがちだ。山の状態や交通事情が突然変わることだってある。常に新しい情報に触れ、状況に応じて修正できる余裕を持つようにしよう。

Q2. 遠くの山をまとめて登るコツはありますか。

A. 縦走で稼ぐ。あるいは日帰り往復の連チャンで。

縦走で登頂数を増やしやすいのは、主に日本アルプスと奥秩父(おくちちぶ)。一度稜線に登ってしまえばその後の高低差は少なく、随所に食事つき山小屋があるために装備面の負担も少ない。また、個々の山を往復登山するよりも、山のスケールや奥深さを感じながら歩くことができる。ただし、後立山(うしろたてやま)や槍〜穂高のように、途中に難所がある場合は充分に注意を。

また、単発で登られることが多い山でも、あえて結んで歩くことで魅力が深まる場合もある。たとえば大雪山(たいせつざん)〜トムラウシ山〜十勝岳(とかちだけ)、八幡平(はちまんたい)〜岩手山、八ヶ岳〜蓼科山(たてしなやま)〜霧ヶ峰〜美ヶ原など。トレイルと呼ぶにふさわしい展開は、百名山目的でなくとも歩いてみたいコースだ。

縦走ができない山では、単発登山と移動を繰り返す連チャン登山となる。登山口近くに前泊し、早朝から登って、下山したら次の山の近くまで移動、といった具合だ。効率を優先するならマイカーやレンタカーを利用することになるだろう。

ただ、モノには適量というものがある。極端な連続登山は体への負担が大きくトラブルのリスクになる。悪天に当たる確率も高い。ほどほどの登頂数に抑え、余裕ある計画を立ててほしい。時間が余ったら周辺観光や温泉を楽しんでもいいのだから。

縦走で稼げる山

  • 薬師岳~黒部五郎岳~鷲羽岳~水晶岳
  • 木曽駒ヶ岳~空木岳
  • 東岳~赤石岳~聖岳

連チャンで登りやすい山

  • 羅臼岳+斜里岳+阿寒岳
  • 岩木山+八甲田山
  • 安達太良山+吾妻山+磐梯山
  • 九重山+阿蘇山+祖母山

Q3. ラクして登るのはアリですか?

A. 目的や条件次第で大いにありでしょう。

山頂近くまで延びた車道やリフト。その恩恵にあやかりつつ「はたして登頂といえるのか」と、自責の念(?)に駆られる人もいるだろう。

端的に言えば、自分が納得できれば構わないと思う。百名山踏破といってもルールや定義があるわけではなく、誰かが認定するものでもない。また、深田の時代とは登山環境も交通事情も大きく違い、多くの山がより短時間で快適に登れるようになっている。そこでの難易・長短はいうなれば程度の差にすぎない。体力や日程などそれぞれの事情に合った登り方、楽しみ方をすればいいのだ。

目的によってはむしろ積極的にラクをする選択があってもいいだろう。たとえば、小さな孫や高齢の親と登りたい。節目の登頂を登山経験の少ない仲間たちと祝いたい、などといった場合だ。あるいは、出張や冠婚葬祭でたまたま近くに行ったからサクッと寄ってみた、ということがあってもいい。登山としては多少物足りなくても、それはそれでいい思い出となるはずだ。

Q4. ピークがいくつも! どこに登ったら「登頂」ですか。

A. 基本は最高点ですが、独自の解釈でも構いません。

『日本百名山』には、複数のピークを総称する呼称で紹介している山がいくつもある。たとえば八甲田山、赤城山、穂高岳、霧島山など。大雪山や八ヶ岳、丹沢山などは、もはや山域といえるほどに広大だ。

これらの山について、百名山踏破をめざす人のほとんどは最高峰や最高点を登って「登頂」としている。実際、ピークハントとしてはそれがいちばんわかりやすいだろう。

やや特殊なのは異なる二座といえる雌阿寒岳(めあかんだけ)と雄阿寒岳(おあかんだけ)。多くの人は標高の高い前者を登るが、こだわる人は深田が登った後者も登るようだ。

ところで、深田はこうした選び方をした山の大半について、単に1ピークではなく山全体としての魅力を語っている。そういう意味では、また違った登り方があるかもしれない。

たとえば八幡平。最高点だけなら頂上バス停から1時間で往復できる。が、「真価は、やはり高原逍遥にあるだろう」という記述に共感するならば、必ずしも最高点を踏まないコース取りでもいいだろうし、それがその人にとっての八幡平踏破になると思う。八甲田山、大雪山、霧ヶ峰なども同様のことが言えるだろう。

Q5. 深田久弥の追体験をしてみたいのですが・・・。

A. 『日本百名山』を読み込んでルート研究を。

究極の百名山踏破は、深田が歩いたルートをたどることだろう。

地図を傍らに広げて、『日本百名山』をじっくりと読み込んでみよう。地図は現行の地形図で構わないが、図書館などで当時の版を見ることができればより参考になる。

すると、半世紀以上の歳月がたっているにもかかわらず、今も大筋で同じルートをたどれることが多いのに気づく。山麓の様子やアクセス、それに伴うスタート地点、さらに風情などは大きく変わっているだろうが、深田の要した時間や距離感に近いものは体験できそうだ。

一方、たどるのが困難なルートもある。当時は登山道がなく沢登りで登頂したり、その後、ほかにコースができるなどして廃道化した所だ。こうしたルートにあえて挑戦する篤志家もいるようだが、一般的には机上登山を楽しむにとどまるだろう。

また、どのルートをたどったかの記載がない山もある。これらの一部は深田の他の著作物から推察できる。

最後に——テレビや雑誌の影響もあり、いつしか日本百名山は「100座のリスト」だけが独り歩きをしている感が強い。ともすると全踏破もピークハント最優先となりがちだ。

しかし改めて言うまでもなく、もとは深田久弥が独自の基準で選んだ“名山”である。深田が説いた山の品格や個性、魅力を存分に感じながら登山を楽しんでほしい。

『山と溪谷』2023年1月号より転載)

目次

百名山に登る

深田久弥が選んだ日本百名山をはじめ、「百名山」の名のつく山のセレクションはいくつもある。コンプリートにこだわるだけが百名山の楽しみ方ではない。選出された山そのものの魅力を再発見する手がかりとして百名山をとらえてみよう。

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