長期山行のための大型バックパック選び。「グレートヒマラヤトレイル踏査プロジェクト」の写真家・飯坂大さんが考えたこと グレゴリー/バルトロ

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「グレートヒマラヤトレイル(GHT)」とは、ヒマラヤ山脈の南、ネパールの高原地帯を東西に横切るロングトレイル。アッパールートとローワールートからなり、総延長は1700kmにも及ぶ。
写真家の飯坂大さん、リーダーで山岳ガイドの根本秀嗣さん、ライターの根津貴央さんの3人による「チームモンスーン」は、過去4年間、毎年1ヶ月前後の時間をかけてGHTの踏査を行い、その活動を発表してきた。
テント泊や調理の道具、あらゆる自然環境に対応する防寒着や、アイゼン、ピッケル、ロープなどの装備を背負い、約1ヶ月に渡って歩き続ける長期の山旅。3人の中で、写真・映像などの「記録」を担当する飯坂さんは、撮影機材も持たなくてはならない。そんな飯坂さんにGHTの経験から得られた「長期山行のための大型バックパック」について、お話を伺いました。

協力=飯坂大、グレゴリー(サムソナイトジャパン)
 

 

―― まずは飯坂さん自身について。元々、登山志向ではなく、バックパック旅が好きだったそうですね

大学4年間は、真剣に部活に打ち込んでいて、準硬式野球で日本一を目指してました。一方で、写真集とか紀行文で見た、タイやネパールとかの人と暮らしに興味があって、大学3年のとき、部活の休みを使って初めてタイへ旅行し、一人旅、バックパック旅の醍醐味を知りました。

バックパック旅の醍醐味を知った20代の頃の飯坂さん

そして卒業試験を終えてすぐに、長期の旅に出ました。アジアを中心にタイ、インド、ネパール、チベット…、7~8ヶ月、10カ国くらい旅をしました。山とかアウトドアの経験はなく、ネパールに行って、ヒマラヤの山を見て、アンナプルナ内院のトレッキングなんかもやってみました。

日本に帰ってからも、自転車で日本縦断とか、自分なりの旅を実行して。自転車旅の合間に、山にも登り、自然の中にいることの心地よさ、アウトドアの遊びの楽しさを知りました。

写真を撮ることが楽しくなり、最初のタイ旅行はコンデジでしたが、一眼レフを手に入れて独学で撮りながら学びました。

アウトドアメーカーの直営店でアルバイトしながら、アウトドア用具の知識や各地のフィールドの話を先輩に聞きました。飯豊山の避難小屋の小屋番の仕事などもやってみました。東北の山を歩くのが好きな登山者にたくさん出逢い、山にいながら、旅の気分を味わえました。

その後、広告写真のスタジオで、4年間働きました。ここでは休みはほとんどなく、山も旅もなし。写真の技術はもとより、仕事をするうえで大切なことを学んだ気がします。フリーのカメラマンとして独立したのは31歳のときです。

都内でも自然あふれる、飯坂さんお気に入りの公園でお話を伺った

 

―― 普段はどんな撮影をされているのですか?

自然と人、暮らしをテーマに、ライフスタイルを撮ることが多いです。当然、国内外問わず、いろんなところに出向きます。農村部の伝統、暮らしとか、消えつつあるものを撮ることも多いです。

飯豊山の小屋番をしていたとき、山麓に下りては、過疎の農村部のおじいちゃん、おばあちゃんを訪ねて、取材しました。最近は、20、30代の若い世代で農業に就く人も増えていて、そういう人たちも撮影しています。フリーのカメラマンとして、「フィールドと、人と、暮らし」、これをつなげるような撮影をライフワークにと考えています。

 

左は飯豊山の山麓で、右はGHT中の集落で。「フィールドと、人と、暮らし」を撮ることをライフワークにしている

 

―― 次にGHT踏査プロジェクトについて。ヒマラヤで1ヶ月に渡る山旅、どんなものを持っていくのですか?

まず、GHT踏査について紹介しますと、標高の高いところをつなぐ「アッパールート」を踏査対象として、毎年、区間を決めて歩いています。平均して標高3000~4000mのトレイルを、だいたい一日10kmから多いときで20km弱歩きます。峠などでは標高5000mを超える時もあります。

  

グレートヒマラヤトレイルを歩く飯坂さん。毎年、約1ヶ月を踏査プロジェクトに充てている

 

一日あたりの距離は短くても、日によって、2000m登って、3000m下るというような、南アルプスの山を日帰りして、翌日もまた歩く、というようなアップダウンの激しいトレイル歩きが続きます。日本の登山道と違い、基本的には悪路です。また日本の山岳地とちがって、地図はあいまいで、地図が参考にならない区間も多いです。

GHTの過酷さを物語る登山靴。新品で出発しても、ひと月でソールやつま先がこの状態に

タフなバックパックでも、メッシュ部分が擦れてしまっている

装備は基本的に「テント泊縦走」の装備と変わりません。寒いので、ロフトのある防寒着は必要ですが、なるべく軽量コンパクトな装備を探します。宿泊は、野営と「民泊」が半々。村がないセクションも多いので、3人それぞれ超軽量のシェルターを持っています。

アイゼン、ピッケルのほか、昨年のコースでは、ロープとハーネスを使って確保する箇所があり、登攀装備が加わることがあります。

 

―― ほかの2人と比べて、精密で嵩も重量もある撮影機材が入っています。何kgくらいを背負うのですか?

チームの3人での共同装備、または、ガイドも含めて5、6人で分担するのが前提で、一人約20~22kgを背負います。「数日間は村がない」となると、食料や水が増えて、最大で25kgになることもありました。

自分は「記録係」なので、一眼レフカメラを持っていき、動画も撮っています。カメラは本体1台、レンズ2本。本当はもっと持っていきたいけど、これ以上は重いので難しいのです。これに三脚や充電システムなどがあるので、撮影機材で5kg程度でしょうか。

いずれにしても、ソロですべてを持つのと違って、3人(またはガイド含めて5、6人)のチームで、共同装備で持つものがあるので、その分は多少は楽になります。

 

―― どうやってパッキングしてますか? 濡れ対策など、撮影機材のパッキングで工夫しているところはありますか?

一眼レフ1台は、常に首に下げて歩きます。バックパックに入れるときは、カメラにちょうどよいサイズのパッド入りのケースに入れ、さらにロフトのある柔らかいダウンジャケットやシュラフなどにくるんで、バックパックの上部になるべくそっとパッキングします。

飯坂さんの撮影機材。2017年には中判カメラも持っていった

GHTに限っていうと、乾季を選んでいくので、雨に降られたのは過去に数日しかなく、濡れ、湿気については、それほどシビアではないのですが、乾燥してホコリがひどいので、ホコリを払うブロワーは欠かせません。

 

―― GHTでは「電気のない村」を歩いていると思いますが、カメラの電源はどうしていますか?

電源をどうするかはGHT踏査の最大のポイントです。

どうしているかというと、丈夫で薄いソーラーパネルからUSBケーブルで12000mAhの大容量モバイルバッテリーにつなぎます。日中はモバイルバッテリーに充電することにして、夜になったら、モバイルバッテリーから、スマートフォン、ヘッドライト、そして一眼レフカメラのバッテリーへ充電を行います。試行錯誤しながら、今はこれが一番の方法だと思っています。

電気のない村を旅するGHTならではの工夫。試行錯誤の末の充電システム

特にカメラを使う私は、ほかの2人より、常に充電のことが頭にあって、歩いている間はバックパックの上、休憩するときは下ろして、自分たちは日陰にいても、ソーラーパネルは太陽に向けています。村に着いて、宿が決まっても、日が出ているうちは、少しずつ角度を調整しながら、ソーラーパネルを当てて、常に充電を気にしています。

明かりとしては、「モバイルパフ」という充電式LED照明を持っていきます。電気のない村の民家に泊まらせてもらうときなど、このモバイルパフは驚かれますし、喜ばれます。

歩く時も、休憩するときも、充電を意識しながら。カメラマンの生命線だ

 

―― ほかに自分はこういうモノを持っていくとか、工夫していることとかはありますか?

2016年のGHT踏査のとき、不注意から捻挫をしてしまい、それが原因で、旅の後半が苦しくなり、ほかのメンバーの足を引っ張ってしまいました。その傷が今も時々痛むので、知り合いから薦められた、何度も使えて、アイシング機能のある固定バンドを使っています。

テーピングも持って行くのですが、消耗品を1ヶ月分持つわけにはいかないので、このバンドは重宝しています。

ファーストエイドキットの中で欠かせないのが、ワセリン、テーピング、固定バンド

ほかには、ワセリンは応用が利いて、リップにも、日焼けの皮膚の保護にも、靴ずれ防止にも使えるので、欠かせません。

ぜいたく品はほとんど持っていっていませんが、文庫本は、星野道夫さんの本など必ず1冊は持っていきます。あと、2017年には、初めて中判カメラとフィルム数本を持っていきました。カメラマンとしての「信条」です。

 

―― GHTで使っている大型バックパックについて教えてください

グレゴリーの「バルトロ(BALTORO)」を使っています。バルトロは以前から憧れのバックパックで、2017年のGHT踏査から75リットルのモデルを使っています。

なんと言っても、未開の地でハードに使うことが前提なので、丈夫でなければなりません。オーソドックスなバックパックでよいので、ハードな使用に耐える、タフで信頼できることが条件になります。長期の山旅の場合、山で壊れることは少なくて、むしろ、飛行機とか長距離バスとかで雑に扱われることが多いのです。壊れてほしくない山道具なので、タフであることの安心感というのは絶対で、その点で信頼できるギアです。

バルトロについて紹介してくれた飯坂さん。内蔵のサブザックはちょっとした散歩にも重宝するという

背負い心地については、背面のシステム、ショルダーハーネス、ウェストハーネスがしっかりしていて、重い荷物を運ぶにあたって、安定感があります。

アルパイン用のバックパックはポケットが少なく、細身のものが多いですが、GHTの場合はそこまで削ぎ落とすことはありません。バルトロは、ポケットがたくさんあって、細かいものを管理しやすいです。どこに何を入れるか、自分なりのルールを作って、さらにポケットを有効活用して小物を仕分けます。
さらに毎日移動しているので、パッキングを何度もするうちにルールが決まってきて、同じものを同じ場所に入れるようになり、取り出しやすくなります。

そしてカメラですが、パッド付きのケースに入れ、さらにシュラフやダウンジャケットなどのロフトのあるものに包んで、バックパックの上部に置くようにパッキングしています。

 

―― バックパックについて自分なりの使い方の工夫というのはありますか?

カスタマイズしているところがいくつかあります。まず、ソーラーパネルを取り付け、取り外しがしやすいようにカラビナ型のフックを付けています。これによって、休憩のたびにパネルだけ外して日なたに置くことが簡単にできます。

ショルダーハーネスは、自分の身体には少し長くて、荷物がほんのわずか下がってしまうと感じました。付け根の調整パーツに、わずかな「遊び」があるのです。ガイドとリーダーがアイディアを出してくれて、ショルダーハーネスの付け根に細い竹を通して「遊び」を詰めてみたところ、これだけで背負心地がグンと良くなりました。

わずかな「遊び」も気になる長期山行。細い竹を通して改善した

数日程度の縦走だったら気にならないかもしれませんが、1ヶ月、毎日背負って、ハードにアップダウンをするとなると、この微妙な調整が大切になってきます。

バックパックとして完成しているバルトロのようなアイテムでも、背負う人によって感じ方は違うので、経験と知恵でカスタマイズして背負いやすくなるのであれば、それこそ愛着の持てるバックパックになるのではないでしょうか。

 

―― 一般の登山者が、長期山行に向けた大型のバックパックを選ぶ時、どんな基準で選んだらよいでしょう。

「軽量コンパクト」が主流ですので、ウルトラライト(UL)は極端だとしても、「軽さの正義」みたいのはあると思います。GHTに限っては、移動もトレッキングも過酷なので、丈夫、タフ、安心感、信頼感が優先されます。「軽さの正義」と「丈夫さの正義」のどっちもあって、どちらがどうとは言えません。
今はULスタイルから入る人が多いのですが、ULスタイルは、ベーシックなものを知って、そこから経験と知恵で引き算をしていきながら完成するように思います。

いくつものパックパックを使えば、良し悪しや自分に合う、合わないがわかってきますが、普通は、そういくつも買えるものではありませんので、ベーシックなもので、長く付き合っていけるもの、頼れるものを選んでみてはどうでしょうか。

大型バックパックは、ベーシックで長く付き合っていけるもの、頼れるものを選んで、と飯坂さん

体力がまだ十分でない、背負う力が足りない、という初心者・初級者の方なら、道具の性能に頼るのが正解でしょう。その点、大型バックパックの選択肢として、過保護なくらいショルダーハーネス、ウェストベルトのパッドが厚くて、エントリー層でも背負いやすいのがバルトロのようなバックパックです。「大事なものをきちんと入れられ、大きな失敗をしないバックパック」という言い方もできるでしょう。

自分は歩くことにも慣れてきて、そこまで過保護でなくても、シンプルなバックパックでも行けそうですが、旅を考えると遊びの要素も必要で、実用的ではない中判カメラをわざわざ持っていくわけなんですが、バルトロなら、そういう余裕もできてくると思います。

 

―― そのバルトロですが、今シーズン、リニューアルされたので持ってきました。触ってみて、気になるポイントとか、ここが楽しみというのはありますか?

なんと言ってもフロントのメッシュポケット。「パラゴン」などの他のバックパックにもフロントメッシュポケットはありますが、「バルトロ仕様」なのか、メッシュの密度が濃く、強そうです。サイドのメッシュポケットも強いメッシュに変更されていますね。自分と同じようにメッシュが破けたユーザーもいたのでしょう。フィードバックをすぐに反映するメーカーの姿勢が垣間見えます。なのに、まだフロントにポケットが2つもある(笑)。

「バルトロ仕様」の丈夫なメッシュポケットに、メーカーの真摯な姿勢を感じる、と飯坂さん

それから、GHTのトレッキング中に、一度、サングラスをなくしたことがあります。サングラスを外して、頭のうえに引っ掛けていて、何かの拍子に飛んでいってしまいました。ヒマラヤでサングラスなしは致命的で、そのときはガイドが予備を持っていて助かりました。なので「サングラスストウ」は使うと思います。

逆U字に開くフロントアクセスは…、ボストンバッグ的にガッと開くわけですね。これは宿についてからの荷物の取り出しに重宝しそうです。

新しく盛り込まれたフロントアクセス機能を見て、使い方を想像する

そして、新しい背面システムですが、全体の形状は継続しながらも、大きく肉抜きされて、通気も良さそうですね。ショルダーハーネスとウェストベルトの内側の素材が、汗抜けがよく、フィット感が良さそうです。GHTでも、標高1000mくらいのセクションではとても暑くなります。そのあたりでどのくらい汗抜けや通気が良いのかがわかると思います。

それと、ヒマラヤでは意識しませんが、日本ではウェストベルトの防水素材のポケットは重宝するでしょう。

あらゆるパーツが、毎年のフィードバックが積み重なって、どんどん改良されている、という真摯な姿勢が見られます。

私はGHTで約1ヶ月歩くという前提なので、75リットルのモデルを使いますが、日本の山を旅するにあたっては、65リットルのモデルが使いやすいと思います。

旅の用途、行く場所によって、いろいろな使い方ができそうですね。

 (取材日:2018年5月1日/撮影:水谷和政)

 

 

写真家であり、GHT踏査という長期のハードな山旅を経験する飯坂さんならではの、大型バックパックに対する考え方、いかがでしたか?
2018年も、秋にはGHT踏査プロジェクトが予定されていて、合間には各地で報告会が行われています。チームモンスーンのGHT踏査プロジェクトにもぜひ注目してください。

 

今回紹介したアイテム

バルトロ65

価格: 39,000円(税別)
容量: 65リットル
サイズ: S、M、L
重量: 2.20kg(レインカバー、サイドキックパック含む)
最大積載重量: 23kg

⇒詳しくはこちら!

※男性用の「BALTORO(バルトロ)」には、ほかに、容量は75リットル、85リットルのモデルがある。
※同じコンセプトの女性用モデルには「DEVA(ディバ)」があり、容量は60リットル、70リットル、80リットルがある。

★「ヤマケイオンライン」では、バルトロおよびディバのモニターを募集中。
締切は5月31日(木)正午。詳しくはこちらをチェック
https://www.yamakei-online.com/yk/monitor/m_gregory/

プロフィール

飯坂 大(いいざか だい)

写真家。1981年 東京に生まれ、埼玉で育つ。 大学を卒業後、アジアへ長期の旅に出かけ、そこに生きる人々や自然に寄り添う暮らしを撮影したいと思い、写真をはじめる。 山に魅せられ、飯豊山の小屋番をしながら限界集落を記録。国内のみならず、ニュージーランドやアルゼンチンなど世界各地のトレイルを歩く。アウトドアメーカーのスタッフ、広告の写真スタジオを経て独立。旅・暮らし・アウトドアの媒体を中心に様々なメディアで活動している。 ネパールを横断するグレートヒマラヤトレイルを踏査する日本初の試み『 GHT Project 』を仲間と立ち上げ、毎年約一ヶ月のヒマラヤ旅の模様を全国各地で発表する。

 ⇒ウェブサイトはこちら
 ⇒GHT踏査プロジェクトウェブサイト

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