「雉打ち・お花摘み」「一本立てる」の意味とは? 山の俗語をデザインした注染手ぬぐいの美しさに心打たれる

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このほど、山と溪谷オリジナルデザインの手ぬぐいが完成した。神保町の小倉染色図案工房とのコラボで制作した今回の注染手ぬぐい。その制作過程について紹介しよう。

写真=矢島慎一・山と溪谷オンライン


大胆なデザイン。引き込まれる色使い。注染独特のにじみ。「山と溪谷」が今回制作したのは注染手ぬぐい。神保町に拠点を置く小倉染色図案工房の小倉充子さんとコラボし、ともにつくり上げた。テーマは山岳文化の継承。山の俗語をデザインに落とし込んだ。

山の文化手ぬぐい「雉打ち・お花摘み」
山の文化手ぬぐい「一本立てる」

山と溪谷社と同じ神保町がホームの型染作家・小倉充子さんとコラボ!

コラボをお願いしたのは、同じ神保町で活動する小倉染色図案工房。1884年創業の履物屋「大和屋履物店」に生まれた小倉充子さんが運営する工房だ。小倉さんは、東京藝術大学でグラフィックデザインを専攻。その在学中に型染めに出合い、染色の道へと進んでいった。

神保町で店舗を構える大和屋履物店
神保町で店舗を構える大和屋履物店。下駄や草履、小倉さんの手ぬぐいなどを販売している。時には作家さんの個展を開くこともある

小倉さん「専攻はデザインなので、工芸科のように陶芸や染めなどをメインに学ぶところではありませんでした。たまたま大学の先輩が型染めの作業をしているところを見て、グッときたのが染めへの第一歩。当時は染めのことはなんにも知りませんから、作業で使うグレーの糊がボコッとでていて、なんてかっこいいんだと感じたんです」

小倉染色図案工房の小倉充子さん
小倉染色図案工房の小倉充子さん。ほかの手仕事の話でも盛り上がった

江戸の文様や風俗などを中心にデザインに落とし込み、表現していくことが好きだった小倉さんは、この型染めの技法が自分に合っていると感じた。学生時代は独学で型染めを学び、卒業制作などで作品を作っていった。卒業後は江戸型染めの職人をしていた工芸科の友人の父親の工場を見学。その後、師匠となるその職人とのお話や工場の雰囲気などを見て、弟子入りを希望した。

小倉さん「当時、師匠は工場を閉めて、染色作家として一人で好きな制作を始めるタイミングだったので、なかなか弟子入りは受け入れてくれませんでした。最初は師匠が開く染色教室に月謝を払って、他の生徒さんと一緒に参加していましたね。徐々に私のしつこさに負けてか、個別に教えていただけるようになっていきました」

師匠の元で学んだ期間は3年。職人をめざすには短いようにも感じるが、それは小倉さんの特性を理解した師匠の提案だった。

小倉さん「自分のやりたいことの土台は“デザイン”なんです。江戸の文化をデザインして表現していくその手段として、染めがある。師匠はそれを理解してくださっていたので、染めの工程を一通り教わったあとは、自分でやっていったほうがいいということで3年で離れました。本当は更紗(さらさ)も教えてほしかったんですけどね(笑)」

山と溪谷コラボ手ぬぐいの前で話す小倉さん
今回のコラボ手ぬぐいの前で話す小倉さん。山の俗語をデザインに落とし込んだ小倉さんらしい手ぬぐいが完成した

現在は手ぬぐいやきもの、暖簾や鼻緒などの制作を行なっている。一番の強みである“デザイン”をしっかりと続けられるように、自分でできないところは職人に頼る。一方で、複雑で、染めづらい型を作るときは、自分で染めまで担当するという。

登山専門誌『山と溪谷』と染色図案のプロ小倉さんが試行錯誤してつくり上げた、山の俗語シリーズの美しき手ぬぐい

今回は「山と溪谷」のロゴを使用した注染手ぬぐい。当初は、ロゴを全面に敷いた案などが話し合われていた。

山と溪谷コラボ手ぬぐい デザインの下書き
デザインの下書き。雉は飛んでいる様子のものもあったのだとか

小倉さん「最初お話をもらった時は、『山と溪谷』のロゴを大きく使った案などを聞いていました。正直、それだと私でなくてもいいのかなと思ったり――。しかし、その後の打ち合わせでメンバーの方と一緒にブレストして、一回アイディアの風呂敷を目一杯広げてみましたよね。そこでテーマが明確に決まり、これなら私のデザインも活かしつつ、おもしろいものができそうだと思いました」

ロゴを入れつつ、全体のテーマを山の俗語に決定。この打ち合わせでは、用足しを意味する「雉打ち」「お花摘み」に注目した。この俗語がどのようなデザインに落とし込まれるのか。最初のラフが送られてきた。

山と溪谷コラボ手ぬぐい 草案のラフ
草案のラフ。最終版とのテイストの差がはっきりとわかる。打ち合わせは毎度2時間を超えた

小倉さん「『一本立てる』も出ていましたが、『雉打ち』と『お花摘み』でそれぞれ1枚ずつ作成する流れだったと思います。私の中ではまだどこまで自分の好みを出したらいいのかわからない手探りの段階だったので、どこか遠慮したようなデザインになってしまったかなと。メンバーの方たちも同じ感触だったのか、すぐにもう一度打ち合わせしましたよね。そこで小倉さんの色を前面に出してもらっていいですよって言ってくれて、再度デザインを起こすことになりました。貸していただいた資料もとても参考になり、そこで画がほぼ見えていましたね」

山と溪谷社『目で見る日本登山史』(2005年刊)
山と溪谷社が過去に制作した書籍や雑誌のバックナンバーを資料として提供した。写真は『目で見る日本登山史』(2005年刊)

同じ意味をもつ「雉打ち」と「お花摘み」を一枚で表現し、もう一枚で「一本立てる」とロゴを活かした商品を作ることに落ち着いた。そして、再び上がってきたラフ案にスタッフは感動。めちゃくちゃかっこいい――

山と溪谷コラボ手ぬぐい ラフ案
山と溪谷コラボ手ぬぐい ラフ案
修正ラフ案を見て、一同感動! 配色を決めて、型の制作、染めの工程へ

手ぬぐい製造の一部、「紗張り」を見学! 型の線の細かさ、シビアな制作過程に感激

時間の都合上、染めの工程は見られなかったが、型紙を固定する「紗(しゃ)張り」の工程を見学させてもらえた。

山と溪谷コラボ手ぬぐい 型紙
紗張り前の型紙のみの状態。雉や花の細かな表現力の高さがわかる

小倉さん「型と紗(型を固定するための薄布)がしっかり接着することで、染めの際も型がずれずにきれいに染めることができます。この工程は染めを行なうために非常に大切な工程。ここで線が切れていたり、型のパーツがなくなっていたりすると、染めの時に違った色が入ってしまったりします」

山と溪谷コラボ手ぬぐい 「紗張り」の工程
山と溪谷コラボ手ぬぐい 「紗張り」の工程
合成うるしを型に塗り、薄布を合わせる。乾燥が完了する前に、型がずれないように張っていた紙をはがす。この瞬間が緊張するという

接着には合成うるしを使用する。肝は紗と型を接着させる乾燥の時間。特に裏紙をはがすのは、気温にもよるが8~10分程度で、長くても短くてもNG。紗張りをした型に糊置きをしていくため、ここが丁寧でないと職人に型の制作からやり直しを命じられるのだとか。シビアすぎる。

山と溪谷コラボ手ぬぐい
「雉打ちお花摘み」は生地も染めた2度染め。「一本立てる」の染めは一度のみ。きれいな染め上がりで、小倉さんも安心した様子だった

プリントとはわけが違う! 注染ならではの「にじみ」と「肌触り」の心地よさ

型染めの技法のひとつ「注染」は明治時代に生まれた、近代的な技法。一度の染め作業で20枚程度を染められる。同じ長さに何度も折りたたんだ1~2反の生地に、型を乗せ染料を通さない防染糊(ぼうせんのり)を置く。そこからはみ出ないように染料を注いで、下からポンプで吸い上げる。この作業を表裏行なうため、プリント加工とは違った表裏のない染めが、一度で多くできる。また染めた後も柔らかく、ごわごわしていないため、肌触りがよいのもポイントだ。

注染の特徴は染める回数にもよるが、染め上がりがグラデーションになること。この注染の色のにじみ、その風合いに惹かれ、今回のコラボは注染手ぬぐいに決定した。日々の生活に使うのはもちろんのこと、汗をぬぐったり、冷水に浸して涼を取る手段に使ったり、ほっかむりにした日よけにしたり、山においても多くの場面で活躍するアイテムだ。

注染でも染める工程を増やせば隣り合った色をはっきりと分けて染めることも可能
注染でも染める工程を増やせば、写真のように隣り合った色をはっきりと分けて染めることも可能。そのぶん、時間と費用は増す
小倉充子さん
今回のコラボ人 小倉充子さん
おぐら・みつこ/1967年、神田神保町の履物屋「大和屋履物店」に生まれる。1994年東京藝術大学大学院美術研究科デザイン専攻修了。その後、染色家・西耕三郎氏の下で江戸型染を学ぶ。1997年「小倉染色図案工房」として独立。きもの、手ぬぐい、下駄の花緒、暖簾など、多様な型染作品を制作する

製品情報

山の文化手ぬぐい「雉打ち・お花摘み」

山の文化手ぬぐい
「雉打ち・お花摘み」

価格 2,530円(税込)
山の文化手ぬぐい「一本立てる」

山の文化手ぬぐい
「一本立てる」

価格 2,530円(税込)

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