大雪山の高山植物を堪能する――。本当のところ、あまり教えたくない穴場にて

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自然・植物写真家の髙橋修氏は、この夏、北海道・大雪山を訪れた。大雪山と言っても広く、向かった1つが旭岳の南西にある緑岳や大雪高原沼めぐりコース。「本当のところ、あまり教えたくない穴場の山」という場所を紹介。

沼めぐりコース、緑沼とアカエゾマツ

 

この夏一週間ちょっと、北海道の大雪山を歩いた。なかでも印象的だったのは、表大雪の東側に位置する、大雪高原温泉を起点とする、緑岳の登山と大雪高原沼めぐりコースだった。

緑岳は、大雪山の中でも特徴的なピークではなく、気軽に登れる日帰り登山の対象の山だ。旭岳や黒岳のようにロープウェイもかかっていないため、観光客はおらず、登山者も少ない地味な山である。

しかし、高山植物観察の観点からすれば、緑岳はすばらしい山である。まず、山麓には世界にここだけに生える、ダイセツヒナオトギリという固有種がある。温泉が湧き、地熱が高い場所にしか生えていないダイセツヒナオトギリの花を撮影していると、足元から蒸気が噴出し、熱さを感じることもあるほどだ。小さな目立たない黄色の花なので、よく探さないと気が付かない。

ダイセツヒナオトギリは大雪高原温泉付近でしか見られない


さらに少し登ると、第一花畑、第二花畑と呼ばれるお花畑が広がる。ここには大地がピンク色に染まるほどのエゾコザクラの花畑があり、どこまでも続く白いチングルマの花畑、エゾノツガザクラの赤い絨毯、アオノツガザクラのクリーム色の花の絨毯が広がっている。その規模は驚くほど広大だ。

緑岳のお花畑に咲くエゾコザクラの群落


さらに、緑岳の奥にそびえる小泉岳までの間の稜線は、大雪山の固有種の宝庫であり、大雪山有数の花の名所である。

このエリアは、冬の間、強烈な季節風が吹き荒れる。そのため雪が深く積もることができずに、そのほとんど吹き飛ばされ、地表は積雪に守られない。冬には寒い外気に強烈にさらされ、地表は凍ってしまい、地中には永久凍土ができる。夏になると、表土はとけて、地表はその度に動く。この環境に耐えられる植物だけが生き残ることができる、厳しい大地である。なお、この場所では積雪が少ないために雪解けが早く、花が多いのは6月~7月上旬である。

緑岳の高山帯。黄色の花はチシマキンレイカ
 

エゾツツジ、緑岳にて


緑岳の山頂から、少し小泉岳に向かって尾根を歩いた。黄色のチシマキンレイカ、日本では大雪山でしか見られないキバナシオガマ、薄青色のイワブクロ、深い青色が美しいリシリリンドウ、ミヤマリンドウ、ピンクのコマクサなど、さまざまな高山植物の開花が見られた。もっと早い季節ならホソバウルップソウの青い花もたくさん見られただろう。

野生動物も見られる可能性が高いコースでもある。珍しいナキウサギはこのコース付近に多く生息する。ピーッと叫ぶカン高い鳴き声は、緑岳に登る途中のあちこちで聞かれた。ナキウサギはウサギとしては短めとはいえ、他の動物と違ってはっきりとウサギらしい長の耳を持っている。また、林の中ではエゾシマリスを見るチャンスがある。

*     *     *

大雪高原沼めぐりコースは、ユニークなコースである。日本の高山では珍しくピークを踏むことがない、沼を巡る一周コースである。それでいて歩きごたえは十分あり、時によっては足場も悪く、本格的な山歩きルートである。

エゾ沼にて。大雪高原沼めぐり
 

谷間には自然に温泉が湧出している


ここは日本有数のヒグマの生息地でもある。登山口はヒグマ情報センター内にあり、入山前にここでヒグマ対策と現地情報のレクチャーを15分程度受けなければ入山できない。ルートは一方通行で、午後3時までに下山するというルールもあり、下山時間を監視するスタッフが歩いている。

大雪高原沼めぐりコースですばらしいのは、日本離れした数多くの沼たちの美しい景観である。秋の紅葉が人気だが、夏の緑もすばらしい。広々として、太古のままの大自然の雰囲気を残している。私が今まで歩いてきた山の中では、似たような自然は日本にはない。カナディアンロッキーのウオータートンレイクス国立公園やロシアのカムチャッカ半島の山歩きに近い雰囲気だ。日本離れしたワールドクラスの景観と感じた。これらの自然に共通なのは、高山植物の花が多いこと、寒いこと、美しい山上湖がたくさんあることと、クマが多いことである。

ウォータートンレイクス国立公園カナディアンロッキー

カムチャッツカ半島のハイキング


前述の大雪高原沼めぐりコースの厳しいルールも、このコースにヒグマが多いために行われている。大雪高原沼めぐりコースはヒグマが多く、夏には毎日のようにヒグマが現れるヒグマの国である。しかしながら、ヒグマ対策がしっかりしているために、ここではまだ登山者とヒグマの事故はなく、ヒグマと登山者とが共存している。朝7時から入山可能だが、午後3時までに下山するルールも、朝夕はヒグマの時間として、人は入山しないように棲み分けているからだ。ちなみに私はこの夏2回通ったが、一度もヒグマを見ることはなかった。

野生動物もすばらしいが、もちろん植物もすばらしい。ホソバキソチドリなど湿原の植物も多いし、ウコンウツギの淡黄色の花もすばらしい。黄色のオオバミゾホオズキも多い。また、日本ではここでしか見ることができない植物もある。

ウコンウツギは大学沼周辺に多い


このすばらしいふたつのコースの出発点にあるのが大雪高原温泉である。公共交通機関はなく、車で入ることはできるが、10キロにもわたる未舗装路を走って来る必要があり、なかなか大変だ(宿泊者は送迎あり)。ここは携帯電話もつながらず、部屋にはテレビもない。自然しかない。

しかし、大雪高原温泉には自然湧出のすばらしい源泉がある。日帰り入浴も可能だが、ぜひ宿泊したい秘湯の温泉宿である。食事も北海道らしい食材と調理で美味しい。支配人の小林さんの接客もすばらしい。小林さんは宿泊客に気軽に話しかけ、山や宿の情報をさりげなく伝え、温泉の滞在を心地よいものにしてくれる。ほかのスタッフの気配りもよい。大雪高原温泉が夏から秋にかけてなかなか予約が取れない人気の宿、というのもわかる気がする。

お見送りをしてくれた小林支配人


大雪山で人気なのは最高峰の旭岳やロープウェイがある黒岳、日本百名山のトムラウシだ。しかし、大雪山のすばらしさはそこだけではない。大雪高原温泉を起点とした山歩きこそは、本物の大雪山らしさを味わえるコースだ。この山のよさを多くの人に知って欲しいが、たくさんの登山者には来て欲しくはない、などと勝手なことを考えてしまう。本当のところ、あまり教えたくない穴場の山なのである。

 

プロフィール

髙橋 修

自然・植物写真家。子どものころに『アーサーランサム全集(ツバメ号とアマゾン号など)』(岩波書店)を読んで自然観察に興味を持つ。中学入学のお祝いにニコンの双眼鏡を買ってもらい、野鳥観察にのめりこむ。大学卒業後は山岳専門旅行会社、海専門旅行会社を経て、フリーカメラマンとして活動。山岳写真から、植物写真に目覚め、植物写真家の木原浩氏に師事。植物だけでなく、世界史・文化・お土産・おいしいものまで幅広い知識を持つ。

⇒髙橋修さんのブログ『サラノキの森』

髙橋 修の「山に生きる花・植物たち」

山には美しい花が咲き、珍しい植物がたくさん生息しています。植物写真家の髙橋修さんが、気になった山の植物たちを、楽しいエピソードと共に紹介していきます。

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