行程・コース
天候
曇り、雨、霰、強風
登山口へのアクセス
マイカー
その他:
小田越登山口利用のため、その手前にある河原の坊駐車場を利用。50台程度の大型無料駐車場。トイレも完備されている。マップコード(634 147 536)。ただし、夏期の土日祝マイカー規制時は立入不可につき注意が必要。小田越まで車で行けないことは無いが、意外に車の往来も多く、駐車スペースもほぼないため河原の坊を利用した方がよい。
この登山記録の行程
河原の坊駐車場(07:17)・・・小田越登山口(07:55)・・・一合目(08:15)・・・五合目(08:44)・・・剣ヶ峰分岐(09:06)・・・早池峰山(09:14)・・・早池峰山頂避難小屋(休憩)・・・剣ヶ峰分岐・・・五合目・・・一合目・・・小田越登山口(10:52)・・・薬師岳登山口・・・薬師岳(11:53)・・・薬師岳登山口(12:50)・・・河原の坊駐車場(13:24)
高低図
登山記録
行動記録・感想・メモ
金曜日。残業をいつもより早めに片付けて帰宅。山の準備を整えて、2時間だけ仮眠をとった後、山仙人と合流して深夜の高速をひた走る。
天気がいまひとつなのは知っていたが、この週末にどうしても行きたい場所が2つあった。
一つ目は、標高1,917m、北上山地の主峰「早池峰山」。山のシンボルにもなっている「ハヤチネウスユキソウ」を代表に、花の豊富な山としても知られている。昨年、宮沢賢治記念館に立ち寄った際、展望台から眺めた北上山地の山並みを見て、近いうちに登りたいと心に決めていた。
花巻市内のコンビニで朝食を取り、7時に河原の坊駐車場に到着。
市内は雲の間に青空も見えていたが、目指す早池峰山方面にはぶ厚い雲が覆いかぶさっていた。大きな低気圧が通過しているので、おそらく眺望は期待できないだろう。高速をひた走ってきたというのに残念だがこれもまた登山。
駐車場から小田越登山口までを、ダケカンバが立ち並ぶ林道に沿いながら歩いて行く。早朝のヒンヤリとした空気が眠気を飛ばしてくれる。季節が1ヶ月程遅いのか、樹々の葉がまだ真新しく、優しく瑞々しかった。
峠の手前で、花巻から遠野の境界を越える。個人的に想い出深い土地だ。
遠野と言えば、「遠野物語」の中では早池峰山を「恰かも、かたかなのへの字に似たり」と表現している。宮沢賢治記念館から見たイメージもそれに近く。高山というよりなだらかな山という印象が強い。
小田越は、早池峰山と隣接する薬師岳の間に位置する峠を指す。林道を挟んで左側に早池峰山、右側に薬師岳とそれぞれの登山口がある。
ただ、名前入りの立派な石碑が設置されている早池峰山に対して、薬師岳の方は地味な木製の看板があるだけ。百名山の特権か。なんとなく薬師岳を応援したくなった。
登山口の近くには自然保護のための小屋があり、乗用車が2台停まっているのが見えた。下山後、スタッフの方と少し話をする機会があったが、常駐勤務をされているとか。登山者もきっと安心して、自然に触れることができるだろう。有難いことだ。
小田越登山口へと入っていく。入口から森の中へと木道が延びている。
木道を終えると徐々に勾配が増して登山道らしくなっていく。前日にかなりの雨が降ったようで、登山道が川と化していた。
会津磐梯山や雨飾山等でもそうだったが、早池峰山ではトイレが心配な場合は、入山する際に各自で簡易トイレを準備することになっている。河原の坊や小田越登山口等の要所で、1個500円で簡易トイレが販売されている。その簡易トイレを使用するための仮設トイレも一か所設置されていた。徹底した自然保護への配慮だ。
登山口から見上げた時には、山頂に向かって樹林帯が広がっているように見えたが、実際には30分もしないうちに森林限界を迎える。
代わりに出現するのが荒涼たる岩の世界。大きな岩がゴロゴロしていて印象がガラリと変わった。本来であれば見通しがよくなり絶景が楽しめるはずだが、森林限界と同時に雲に突入したようで、反対側にあるはずの薬師岳さえも確認できなかった。
仕方がないので、ここは登りに専念する。
地質的に蛇紋岩が多いようで、水滴がついた表面が一段と滑りやすくなっていた。
岩の道を黙々と直登していくと、巨大な一枚岩に張り付くように設置された梯子が出現した。この梯子と登ると稜線に出て山頂も近い。「えっ、もうここまで来たのか?」という感じだ。
稜線に入ると水平移動となる。雪渓が残る中、木道を歩きながら山頂を目指す。
左手前方に赤い屋根が見えてくる。池峰山頂避難小屋。
山頂はその奥にある。小屋を通り過ぎて、まずは山頂にご挨拶。
山頂には大きな岩を背に小さな祠が設置されていて。その岩には幾つもの剣が天を刺すよう建てられていた。The山岳信仰。ただならぬオーラを感じた。
祠の隣に真っ白な霧に浮かび上がるように朱色の建物があった。早池峰神社の奥院。本当の山頂はその横にある。
身体を温めるために、一旦、避難小屋へと戻り休憩を取る。
小屋の中はとても綺麗で快適だった。おにぎりを食べながら次の行動について話し合う。
登山開始時には「中岳と剣ヶ峰にも足を運びたいね」と言っていたが、この天候では距離を延ばしても意味はないので下山することで意見が一致した。
結果、この判断がなければ、ひょっとしたら「下山不能」に陥っていたかも知れない。そう思うと、ロング大好きの二人があっさりと下山を決定したのは虫の知らせだったのだろうか。
一枚岩の梯子まで戻ってきた時だった。
岩影から出た瞬間、「ゴォォーーーッ!」とものすごい突風が全身に襲い掛かってきた。無風状態からの突然の変化に耐えられず、数歩ほど、身体ごともっていかれる。同時に、「バチバチ」と激しい音が鳴り響く。地面に落ちた白い塊を見て霰だと気が付く。
やばいと反射的に重心を落として、体制を整えながら岩陰へと避難する。この間、僅か数秒で身体ずぶ濡れになってしまった。もともと残雪があるくらいなので冷蔵庫の中を歩いている感じだったが、今ので完全に体温を奪い取られてしまった。
「スマホとカメラを防水しなければ」と真っ先に思考が動いたが、指先がかじかんで上手く動かせない。仕方がないので、できる限り濡れないよう荷物の奥の方へと押し込む。
次に自分の心配。
手を離した瞬間、全ての物が吹き飛ばされそうなので、必要最低限の動きで防水の効いたウエアだけを着ることにする。「バタバタ」とウエアが風の中で暴れて袖が通せない。やっと羽織っても指が棒のようでファスナーのつまみが持てない。1秒1秒が実にもどかしかった。
準備を整え、意を決して岩陰から出る。濡れて滑りやすくなった階段に身体ごと飛ばされそうな暴風。「やばいな」と感じながら、凍える指先に力を入れて足元に注意しながら慎重に降る。
徐々に風と霰の勢いが増していく。まるでビンタの如く顔に霰が容赦なく叩き込まれて、痛くて目が開けていられない。また、ウエアのフードで頭全体を覆っているが、霰が当たる音で鼓膜が割けそうだった。
いつも、「自然は対数的に変化する」と説明する際によく表現するが、今日の天候はまさにそれ。地上での風は1 m/sから2 m/sへと緩やかに変化するが、山の場合は1 m/sの次は10 m/s、20 m/sと大きく変化していく。しかも認識しておくべきは、20m/sの風が吹くということは、次の瞬間30m/s以上の風が来ないという保証はどこにもないということ。20m/sで歩行困難。30m/sを越えると身体が浮き上がる感覚を覚える。富士山山頂の測候所で、50m/sの風を受けてあの頑丈な建物が軋み震えていたのを覚えている。外はまさに死の世界。自然現象の中でも風は最も恐ろしいものの一つと言える。
足の置き場を慎重に選びながら降っていく。
「今なら避難小屋に戻れる」との考えもよぎったが、登ってきた時の地形を思い起こして、戻るよりも少しでも早く高度を下げた方が早いと判断した。それに、万が一、煽られたとしてもこの地形であれば滑落する危険性はない。それよりも慌てずに滑って転倒しないよう丁寧に歩くことが大事だ。
暴風と寒さに耐え、いつ終わりが来るのかと緊張の時間が暫く続いた。
ホッとしたのは、霧が突然途切れ眼下に樹林帯が見えた時だった。プログラミングで制御されているかのように、あれほど激しかった風がスイッチを切り替えたかのように優しくなった。「山の天候、恐るべし」だ。
小田越登山口まで戻る。
やっとの思いで降ってきたが、まだ歩き足りない。
顔を見合わせると山仙人も同じような表情をしていた。「薬師岳を『散歩』しよう」と山仙人が一言。さすが分かってらっしゃる。
岩稜地帯の早池峰山とは異なり、薬師岳は山頂の方まで樹林帯が延びている。防風林代わりに、風の様子を伺いながら行けるところまで「散歩」をしようという提案だ。
登山口には、早池峰山と同じく木道が延びていた。初見の感想としては、早池峰山よりも森が深いと感じた。苔むしていて、どことなく八ヶ岳を彷彿とさせる。
一斗缶で作られた名物?のクマよけ太鼓が設置されていた。木に吊られた一斗缶を太い枝で「ガンガン」と叩く。本当に効果があるのか疑わしいが、この近辺は熊が多く生息しているので、安心のための知恵と言える。
高度を上げていくと、植生がハイマツへと変わり見通しがよくなった。
雲の切れ間から、登山口にあった小屋が見えた。相変わらずの強風で、「ゴォーー」っと唸り声をあげていたが、それでも樹木のお陰で早池峰山のような恐怖はない。
登り切るとなだらかな稜線が出現した。樹木の間を縫うように水平移動で山頂へと向かう。
山頂に到着。
山頂の標識が建っている横に大きな岩があったので登ってみる。真っ白な世界で何も見えないと思っていたが、一瞬、雲が風に流されて視界が開けた。新緑の絨毯がどこまでも広がっている。美しい。
直ぐに真っ白な世界に戻ってしまったが、諦めていた眺望を見ることができたのでラッキーだった。やはり登ってきてよかった。
下山後、車で「うすゆき山荘」まで移動して宿泊する。
本来、避難小屋として緊急時用のものだが、次の山に備えて使わせて頂く。一応、山仙人にて、管理箇所へ予め電話でお願いを入れて頂いていた。感謝です。
小屋は早池峰山頂避難小屋よりも広く綺麗だった。勿論、灯りはなかったが、有難いことにストーブが設置されていたので、少しだけ暖を取らせて頂く。
暮れていく薄暗い小屋。ストーブの温かい炎が、優しく揺らめく。
濡れて冷え切った身体にようやく血の気が戻ってきた気がした。
バーナーで調理をしながらビールで乾杯。焼肉にカレー。今日の反省会に昔話。とかく楽しくて話がやまなかったが、登山後のアルコールは酔いが早く、最後の話題は記憶の果てに飛んで行ってしまった。なんとか最後の力を振り絞って、寝袋に潜り込み就寝。
いつか来たいと思っていた早池峰山。
あいにくの天候だったが、ハヤチネウスユキソウを見にもう一度登りに来ようと誓う。一宿一飯の恩義。灯油を倍返しにこの小屋にも届けに来なければ。。。
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