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無道二千m峰35と36/126/768

坊主山と黒部別山( 北アルプス・御嶽山)

パーティ: 2人 (1357 さん 、ほか1名)

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行程・コース

天候

快晴/晴れ/晴れ

登山口へのアクセス

バス
その他: 新宿~扇沢間は「爽やか信州号」を利用する

この登山記録の行程

黒四ダム(7:05)内蔵助谷出合(8:20)内蔵助谷(10:40)ハシゴ段乗越(12:00)剱沢(13:20)二俣(14:30)池ノ平幕営2,045m(17:05/5:55)仙人山(6:30)最低鞍部(2,045m/8:30)坊主山(10:30~11:00)仙人山(14:50)仙人池(15:10~40)池ノ平(16:10/5:40)二俣(7:05)吊橋(8:10)ハシゴ段乗越(9:35~10:00)黒部別山(11:50)乗越(13:25)内蔵助平(14:45)黒部川(15:50)黒四ダム(17:15)

コース

総距離
約31.2km
累積標高差
上り約3,390m
下り約3,403m

高低図

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登山記録

行動記録・感想・メモ

 有休を取って4連休にする計画は石狩川背割堤防の見積作業のためにふいになったが、「坊主山まで登るのは無理かも知れない」と多少の危惧を抱きつつ、「それでも、紅葉の裏剣を見る事が出来れば良しとしよう」と、3日間の予定でKurと仙人池へ出掛ける。

松本電軌鉄道の今シーズン最後となる扇沢・白馬行き夜行バス『爽やか信州号』の切符をギリギリで手に入れるが、Kurは入手出来ず、最終の『梓号』で行って大町駅で夜明かしをすると言う。
 やっと薄明るくなり始めた(夏とは大違いだ)扇沢に着き、バスを下りて切符売場の方へ歩いて行くと「小川さん!」と元気の良い声が掛かり、列に並んでいるKurを発見する。切符の方を彼女に任せて2階に上がり、改札の列にザックを並べて一安心し、超満員の始発トロリーバスに座って15分程で黒四ダムに着く。
トンネルの外に出ると立山東面の岩場が朝日に輝いている。まだ陽の当たらないこちら側ではひんやりとした空気の中で数十人が出発の準備をしており、その多さに吃驚する。谷底へ向かって下り、黒部左岸丸山東壁の岩場の裾に付いた道を連なって歩く。一目で50人を数えられる程の多さだが、黒部下ノ廊下へ行く人が圧倒的で、内蔵助平へ向かう人はチラホラと言った感じだ。
 内蔵助谷の左岸沿いに谷の勾配に従って高度を上げるが、ガレた道を急登すると岩場に行く手を阻まれ、引き返して100m以上も高度を損する(迷い込んだのは丸山東壁登攀後の下降ルートか?)。 
 トラバース道に戻り、10人程と相前後して内蔵助平へ向かう。10月中旬になろうとしているのに気温は高くTシャツ1枚でも暑いくらいで、清流に架かった橋の際では多数の登山者が涼を求めて一本立てている。ここを素通りして涸れ沢の白い石床の道を急ぎ、途中で一本立て、真昼のハシゴタン乗越へ登る。
 順調な足取りだが、今日は池ノ平でテントを張る予定だから、夜行の寝不足の体には9時間余の行動は堪える筈で、気が抜けない。右手の展望台に上がって八ツ峰を眺めて元気を出し、真砂沢へ向かう。
 太い笹のトラバース道を過ぎると痩せ尾根の下りとなり、中段で大岩のガレを横断して水の流れるガラガラの小沢を下降する。右岸まで下るとそこに対岸へ渡る道が在ると思っていたら、真砂沢ロッジの在る小丘の下まで登らされる。途中での渡渉は無理で、吊橋を渡って左岸へ登り、川原を歩いたり淵をへつったりして二股まで下降する。疲れも加わって以外と長く感じる道だ。
 食事を摂って一息入れる。川原の中央に鎮座する大きな近藤岩の上には樹が青々と繁っている。小屋泊りの人が大部分とは言え、黒四ダムから仙人池まで1日で登行する人の多いのに吃驚しつつ、「我々も頑張ろう。残りは2ピッチだ」と気力を振り絞り、標高差570mの登りに挑む。
 疲れが酷く他人のペースに合わせる余力と我慢する気持ちが乏しくなり、Kurの後に付いて歩くのを止め、マイペースで何とか登りを全うする。如何にか2ピッチで仙人池乗越まで登り、一息入れる。ここから仙人山の方へ登って短いが長く感じる道を池ノ平へトラバースし、夕暮れ前にはテントを張って野外で食事を済ます。
 暗くなると昼間の暑さが嘘の様に気温が下がり、星空を見上げていると体が寒気にブルッと反応する。

 Kurは「今日は1人でゆっくりしたい。のんびりと池ノ平山へでも登るわ」と言う。昨日の歩き始めから、「何時もの歩き方と違うなあ。体調が悪いのだろうか? 広河内岳から転付峠へ縦走した折に骨折した足の調子がまだ悪いのだろうか?」と疑問に思っていたのだが、大笹沢山スキー行の捻挫(97/3)が尾を引いていると言う。「特注の膝用サポーターを着けている」と言うが、効果は如何なのだろう。一人で坊主山を目指す事にする。
 入山前の計画では、仙人湯付近まで下ってから沢を詰めて登頂し、尾根か沢を適当に下降して乗越まで登り返す予定だったのだが、池ノ平のテント場から眺めた坊主尾根にはあまり大きな上下が無く、「藪漕ぎがあまり酷くなければ、尾根通しの方が楽かも知れない」と言う気もする。
 「取り敢えず仙人山に登って尾根を偵察して見よう」と、日の出前の八ツ峰の傑作写真を物にしようとシャッターチャンスを待っているカメラマンを尻目に、山頂へ向かう。
 仙人山からの眺めが第一級のものである事は言を要しないが、池ノ平山や白ハゲ、赤ハゲ等の山々を目の前にして、剣岳北方稜線縦走時の事を懐かしく思い出す。黒部川の向こうには後立山連峰がくっきりと連なっており、北端に位置する白馬岳のちょっと傾いだ姿も印象的だ。
 肝心の坊主尾根は紅葉の真っ最中で、ほぼ同じ高さの仙人山との間を明るく繋いでいる。東面の仙人湯から山頂へは急峻な沢が何本か食い込んでいて登路は在りそうだが、下降となると厄介だ。基本的に尾根筋を辿って下る事になるが、途中で沢の中へ消えている尾根に入り込むと末端の岩場の上に出て進退に窮する事になる。かと言って、沢筋を下降した場合、20m以上の滝に出合うとアプザイレン不可能(持参のザイル長は40m)だし、捨て縄も数本しか持ち合わせていない。
 目の前の尾根には潅木しか生えていないし、見た処、藪漕ぎも大した事にはならないだろうと思われる。アレコレ考え合わせて、尾根をピストンする方がベターと判断する。唯一気掛かりなのは、仙人湯へ下る途中で補給する積りだったのでポリタンの中には半分の水(750cc)しか無く、1日の行動分としては明らかに不足する事だ。
 尾根に踏み込んで歩き始めると邪魔な大枝などを伐採した跡が見られ、「これなら行ける」と可能性が膨らむ。途中でフリースの防寒着など不要な物をザックから出して、デポする。
池ノ平から突き上げている尾根の頭を過ぎて先へ進むと、暫くの間は伐採されてガラス繊維の細いポールが一定間隔で立っているが、尾根が下りに転じるとポールと共に伐採も無くなり、部分的に針葉樹の手強いブッシュに梃子摺る。
 中間点付近の最低鞍部に達する頃には暑さも加わって荒い息となり、思った以上に時間も掛かっているが、いまさら引き返す訳にも行かない。ここは頑張り屋の地を出して、初志貫徹の一手しか無い。腰を下ろして一本立て、貴重な水を大切に味わって飲む。残りは半分と言う処か。今まで山で水に窮した記憶は殆ど無いので、「どうにかなるだろう」と楽観的に考える事にする。
 登りに転じると足が重くなる。遠くから白く見えて登れるか危惧していた岩峰部には覚束ない踏跡が在り安堵する。栂の根元のイグチは帰り道の楽しみとする。岩峰の上に立って坊主山を間近に眺めると、登頂は手中にしたも同然と言う気になる。 
 冬の坊主尾根の記録には頂上からの下降にザイルを使ったとあったので心配の種だったのだが、樹が生えていて何程の事も無く頂上に立つ。紅葉の盛りの山頂で展望を楽しみながら休む。仙人池ヒュッテが目線の高さに平和に見えているが、温泉小屋は相当下の方で、尾根筋を選んだのは正解だった様だ。
 仙人山からは隠れて見えなかった大窓が懐かしく見えている。豁然として、相変わらず「俺には何事も関係無いよ」と言う感じだ。5月の縦走の折、くたくたになって辿り着いた平杭乗越と毛勝三山も近い。途中で出会った大阪の山スキーパーティーが滑ったと言っていた小黒部谷は以外と広い沢底を持っていて、彼らの研究の程が窺われる。
 坊主山からの眺めを堪能して往路を引き返す。鞍部で一本立てると水の残りは僅かとなり、仙人山に帰り着く前に飲み干してしまう。水を補給し、仙人池を前景にした八ツ峰の姿を眺め、ヒュッテの東に在る「南仙人山に登ろう」と、仙人池ヒュッテへ下って行く。
 仙人池ヒュッテの水はポンプアップしている由で、500ccを50円で分けてもらう。目分量で750ccぐらいの大サービスである。池の前に腰を下ろして一気に500ccを飲んで落ち着くが、充足感は無く幾らでも欲しくなってポリタンは直ぐに空になる。
 改めて八ツ峰を眺めて一息吐き、踏跡を探して後の小山に登るが、直ぐに笹薮に行く手を阻まれる。別の踏跡も同様で、南仙人山への道は無い様だ。こんな山奥まで来て、さらにその奥の山へ登る人など居ないのだろうと想像する。「それにしても、小屋の人くらいは登っても好さそうなものだが」と残念がる。池の南端から岳樺の中に入って行くと二俣の近藤岩が見下ろせ、ヒュッテの人が(今夜泊るだろう)登山者の数を数えたり、最終到着者の時間を予想している。

 Kurが「阿曽原へ下って、下ノ廊下を歩いて見たい」と言うので、「今頃の下ノ廊下は好いと思うよ! ぜひ行ったら」と勧める。1日では無理だが、十字峡辺りで泊ると翌日ゆっくりと黒四ダムへ帰れるので、「テントを背負って行きなよ」と、こちらは荷が軽くなるので渡りに船である。
 八ツ峰の朝焼けを堪能した後、左へ行くKurと別れて二俣へ下り、往路を引き返して右岸へ渡り梯子谷乗越へ登り返す。ここからの八ツ峰の眺めも、また、素晴らしい。
 真昼の乗越にザックを置いて黒部別山へ登る。展望台から先には薄い踏跡が付いており、小藪を漕いで少し下ると本格的な登りになる。登るに連れて踏跡は薄くなり、途切れ勝ちな道に目を凝らして探し、勘を働かせて進む。
 「ガサッ、ガサッ」と音がして、突然人が下って来る。予想だにしない事で吃驚するが、向こうも「エッ!」と言う感じで、「こんな所を登る変な奴」と言わんばかりである。「沢から大タテガビンに登って1泊し、縦走して来た」と言う。
 1時間強で頂上稜線に達してあわよくば北峰まで足を延ばそうと考えていたのだが、倍の時間を要してやっと稜線に登り着く。黒部別山は標高2,300m前後の南北2kmに及ぶ長い頂稜を持ち、北端、中央、南端に3つの三角点を擁しており、針葉樹と落葉樹の混交林に覆われ、窪地等も在って複雑な地形をしている。頂稜に出た所の木の枝を折って下降点の目印とし、左の山頂へ向かう。
 黄葉した岳樺の小木の間を進み、草原の窪地を横断して五月蝿い藪を行く。踏跡がはっきりしている所と全く無い所があって難儀する。西側の窪地を進んでP2,310mの北側に出ると、目指す黒部別山が姿を現わす。びっしりと樹木に覆われており、怯む気持ちを奮い立たせて前進し、残雪の後の草地を上手く繋げて出来るだけ藪漕ぎを避け、笹に覆われた山頂に立つ。
 黒部峡谷の向こうには後立山連峰が聳えている。黒部川までは標高差1,200mもあって、白い流れを覗く事は出来ない。
 休憩もそこそこに引き返す。往路を忠実に辿って注意深く進むが、1,230mの瘤まで行って行き過ぎに気付く。草原の窪地を確認して目印と踏跡を探すが、どうしても見付からない。已む無く半信半疑で恐る恐る下降すると、やっと踏跡(踏跡だと思って見てやっとそれと認識出来る程に薄い)に出会う。
 往復3.5時間を要してハシゴ谷乗越に引き返し、下山時間帯が過ぎて静かになった午後の道を内蔵助平へ向かい、黒部川へと下降する。黒部川出合から上流へ向かうと女性が下って来て、「女の人を見ませんでしたか」と聞く。「いいえ」「黒四ダムはどっちですか」「上流の方ですよ」「私より先に行ったんですけど、居ないんです」「出合の川原に人が居た様な気もするけど」と言うと、「じゃ、探して見ます」と言って下流へ行くので、直ぐに引き返して来るだろうと10分程待つがなかなか姿を見せず、最終バスに乗るタイムリミットに急かされて歩き出す。「彼女は最終バスの時間を知っているのだろうか?」と気になる。
 暫く行くと男性が下って来て、「黒四ダムはこっちですよね」と聞かれる。「いや、反対ですよ」「前に来た事があるけど、確かにこっちだ」と、地図を広げて説明しても埒が明かない。
 右岸に渡って最後の登りに掛かると、今度は若い女が下って来て、「黒四ダムはどちらですか」と聞く。急ぎ足のまま「上の方です」と答えて登り続け、出口の方からトンネルに入って発車5分前にバス停に到着する。3人の事を思いバスの窓からじっと観察するが、車が動き出しても誰も遣って来ない。

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