行程・コース
天候
晴れ
登山口へのアクセス
マイカー
その他:
鳥海ブルーラインの頂上、鉾立登山口(象潟口)駐車場。
鳥海ブルーラインは、冬季の規制期間を除き24時間(暴風時等は夜間閉鎖もある模様)通行可能で無料。カーナビには「鉾立山荘」を入力するとよい。その横には「高原の駅 鳥海山鉾立」も隣接している。登山者用の駐車場はその奥にあるので注意。トイレは山荘の手前に夜間用専用がある。
この登山記録の行程
駐車場(05:02)・・・鉾立登山口・・・展望台(05:12)・・・賽ノ河原(05:53)・・・御浜小屋(06:12)・・・御田ヶ原分岐(06:30)・・・七五三掛上分岐(06:43)・・・ 御室小屋(07:43)・・・新山・鳥海山山頂(07:59)(休憩~08:30)・・・荒神ヶ岳(09:00)・・・御室小屋(09:14)・・・七高山(09:37)・・・大清水(09:48)・・・行者岳(10:00)・・・伏拝岳(10:09)・・・文殊岳(10:30)・・・七五三掛分岐・・・御田ヶ原分岐(11:09)・・・<鳥海湖周回コース>・・・鳥海湖(11:30)・・・御浜小屋(11:55)・・・賽ノ河原(12:11)・・・展望台・・・鉾立登山口・・・駐車場(12:45)
高低図
登山記録
行動記録・感想・メモ
<一部、危険を伴う破線ルートを歩いています。GPSデータを参考にされる場合は注意ください>
9月の上旬。用事があって週末、仙台で過ごした。
あわよくば近くの山にでも登ろうかとも企んでいたが、数日前に発生した台風の影響もあってか、仙台周辺は土日共に雨マークだった。
でも、よく見ると日本列島全体に曇りと雨マークが広がっている中で、山形の日本海側だけ晴れマークがついていた。「山が呼んでいる!」
その場所には、長い間、遠すぎて行くに及ばなかった憧れの山がある。仙台からでも充分遠いが、と言っても200kmちょい。行って行けない距離ではない。(帰りのことは差し置いて。。。)
「そうだ、鳥海山へ行こう!」。
鳥海山は、標高2,236m。燧ヶ岳に続き東北第2の高さを持つ独立峰。海に面した立派な山容から名前がついたのか、とにかく「鳥海山」とはカッコいい名前を付けたものだ。
以前より行きたい山のダントツトップにあったが、立地的にどうしても行けなかった。とにかく遠い。
行くと覚悟を決めたからには勢いで行ってしまわないと、次の機会はそうはない。
しかし、ここで問題となるのが問題となるのが装備。
週末の天気が悪かったので、登山の用意をしてこなかった。幸い、30Lのザックと登山ウエア一式は車に積んであったが、登山靴がない。丁度、靴の一つが寿命を迎えていたので、石井スポーツを覗いてみたが、いきなり買い替えるにはやはり出費がデカい。
そんな時、友人の発した一言が頭をよぎった。
「ワークマンに激安の登山靴があるんだよ」。
早速、ワークマンに行って噂の商品を手に取ってみた。持った瞬間、「これはあかん」と思ったが、とりあえず見た目はそれっぽい。靴の性能が足りない部分は、歩き方で補えばよい。なにより税込み価格で1,900円とは、存在自体あり得ない。
きっと、ワークマン応援のYoutuberだったら、この登山記録も「ワークマン登山靴で、鳥海山へ行ってみた!」という安っぽいタイトルになっていたに違いない。笑。
決行は、月曜日。仙台のために予め有休休暇を取得していた。
日曜日の午後に移動を開始。下道を使い、のんびりと山間の道を抜けていく。信号が少ないので、200kmと言ってもそれほど苦労はしなかった。
夕陽が日本海に沈む頃、ようやく目前に大きな山が見えてきた。その夕陽に染まる鳥海山。写真では何度も見ているが、やはり実物は何倍も精悍で美しい。大きく広がったすそ野が海の高さから山頂へと緩やかなカーブを描きながら聳えている。あの斜面を登っていくのだと思ったら、それだけで心が震えた。
すっかり暗くなったころ、登山口のある鉾立へ到着した。長距離運転の連続だったので、少しでも体力を回復させるため早めの就寝とする。
4時半に起床。ぐっすり眠れたので疲れは残っていない。
天気を確認すると「晴れ、時々、曇り」だった。車の外へ出てみると、綺麗に晴れているが、山頂方面にだけぶ厚い雲がかかっているのが見えた。でも、おそらく午前中の早いタイミングであれば、きっと晴れ間もあると期待する。
5時丁度に出発。
日の出は5:12。既に周辺は明るく、ヘッドライトは不要だった。
鉾立山荘の脇を通って登山口へ向かう。入口で登山届けを提出していよいよ登山開始。
と言っても、スタートはコンクリートの階段から始まる。おそらく観光者向けに整備されていると思われるが、「鉾立展望台」までコンクリートの道が続いていた。
鉾立展望台に立ち寄ってみると、切り立った崖が弧を描くように延びているのが見えた。
その崖に沿うように進んで行く。展望台から先は、コンクリートに代わり、綺麗に敷き詰められた石畳が続く。
花のシーズンとしてはタイミングが悪かったようで、残念ながら目に入る種類はかなり少なかった。それでも、鳥海山が花の山であるということは一見して分かる程、斜面のあちこちで花が咲いていた。きっとシーズンであれば多種多様な花で山全体が溢れるに違いないと思った。
緩やかで長~い直線の登りを終え、「賽の河原」へ到着。
この付近から濃い霧が立ち込めてくるようになってきた。想像していたよりも早く雲の中へ突入したようだった。
ゴロゴロと大きな岩があちこちに転がっている。まさに賽の河原にぴったりな風景で霧の中から鬼が出てきそうな雰囲気だった。
ナナカマドの実が赤く染まっていた。ところどころ紅葉が始まっている樹々もあった。あと半月もすれば色鮮やかな紅葉が絨毯のように山肌を包み込んでいくに違いない。
更に石畳を進む。
斜度を増しながら高度を上げていくと、霧の中にぼんやりと鳥居が見えた。
七合目の御浜小屋へ到着。
無人なのか、ドアのところに「飲み物の無人販売300円」との張り紙がしてあった。
御浜小屋から稜線へと入っていく。本来であれば、楽しみの一つ「鳥海湖」が左下に見えるはずであるが、完全に白で覆われている。
御浜小屋からほどなくして「御田ヶ原」へ到着。どこまでも真っすぐに延びる登山道がアルプスの山々を歩いているようでとても開放的だった。
こんもりとした丸みを帯びた丘のような山。緩やかに鞍部まで降ってまた登り返す。
八合目を越えて、七五三掛へ。
石畳の快適(かどうかは知らないが)な道はここまで。いよいよ斜面も険しくなりやっと登山らしくなる。
急な斜面を登って千蛇谷入口へ到着。小さなベンチが設置されていた。ここが千蛇谷コースと外輪山コースの分岐点になる。特に決めてなかったので、登りに千蛇谷コースを使い、帰りに外輪山コースを使って下山することにした。
分岐を左に折れると、いきなり急こう配で降っていくため、「あっているのか?」とびっくりするが、千蛇谷コースは名前の通り谷間に沿って登っていくルートとなる。谷間と言っても山に囲まれた狭いイメージはなく、山全体のスケールが大きいので、前方に山頂方面を見ながら、右手には壁のような外輪山の険しいシルエットを眺めながら歩くことができる圧巻のコースだ。進んで行くと、ところどころに雪渓が残っているのが見えた。つい楽しくて雪渓の上を歩いてみたくなる。夏を過ぎても残っているだけあって、氷のようにカチカチになっていた。
山頂から女性が一人降ってきた。山小屋泊だったのだろうか。「山頂どうでした?」と声をかけると「ガスガスでなにも見えませんでしたよ」と笑いながら返事があった。残念そうに思っていないのが、かえって気持ちがよい。
予想ではそろそろ雲が取れてくると思っていたが、ダメだったか。
グッと斜度が増し大きな岩がゴロゴロした岩稜地帯が近づくと「御室」も近い。
登り切ると、霧の中に薄っすらと建物の輪郭が見えた。
山頂は左手側にある岩の塊。巨大な岩が積み重なって壁が出来上がっている。その壁に白いペンキでコースを示す「⇒」が描かれていた。「今にも崩れそうなのに。あんな所を登るのか?」と緊張とは逆に笑いが出る。
早速、手前の岩によじ登り、マーカーを頼りに登っていく。
アスレチック的で大好物の岩場だ。自分のように好き好んで登る人は良いが、普通の登山者にはなかなかどうしてハードルの高い場所だと思った。
振り返るとそれなりに高いところまで登ってきたことが分かる。山頂へ着いたのかと思いきや、マーカーはさらに奥へと続いている。目で追っていくと、その先には巨大な岩の割れ目があった。一瞬目を疑ったが、どうやらコースは、その割れ目の底へと続いているようだった。まるでクレパスのような隙間をぬって進んで行く。
岩が湿っていて滑りやすいので、慎重にホールドしながらようやく岩の隙間を抜けると、目の前には360度の岩の大きな空間が出現した。
その空間の中央に鋭く尖った岩の塊があった。どうやらマーカーはそこを示している。
岩の塊を回り込むように尖った先端へ向かってよじ登っていく。
最後の岩に手をかけて身体を持ち上げると、白いペンキで書かれた「新山」という大きな文字が目に飛び込んできた。ついに登頂。ここが鳥海山の頂だ。
新山は、鳥海山を構成する山塊の中でも、1801 年の噴火によってできた新しい山で、標高は2,236m。ちなみに語呂合わせで「夫婦でみろ!」と覚えるらしい。
念願の鳥海山にやって来たと、感動もひとしお。頂に立ち改めて新山と言う文字を感慨深く眺めていると奇跡が起こった。
周囲を取り巻いていた霧が大きく動き、太陽と青空が一瞬にして現れた。
「おおーっ!」。
雲の切れ間から、にかも市の方だろうか。眼下に街並みと日本海が見えた。
誰もいない山頂で、持ってきたリンゴをシャリシャリと頬張りながら、ゆっくり流れる雲を無心で眺める。このひと時がたまらない。
暫くすると、後続の方が登ってきたので、山頂のスペースを譲り、次の目的地へと移動を開始する。
実は山頂からどうしても行ってみたい場所があった。
「荒神ヶ岳」。なんと痺れる名前だろう。
荒神ヶ岳は、新山から直線距離にして僅か200mほど降ったところにあるが、問題は登山ルートがない。よって、山頂に登ってきた時のようなマーカーは存在しないため、地図と勘だけを頼りに降っていくが、なにせ周辺一帯が積み上げただけの岩稜地帯。「積み上げた」の文字通り、軽く乗っかっているだけの岩もあり、迂闊に歩くと岩と一緒に滑落しかねない。浮石ではないことを確認しながら、進めそうなルートを探りつつ慎重に降っていく。よほど馴れていないと、踏み込んではいけない場所だと思った。少なくともグリップ力のない「なんちゃって登山靴」で来るべきところではないなと苦笑した。
時間をかけながら岩稜地帯を降り切り、荒神ヶ岳の山頂へと立つ。
再びせり出してきた雲によって、残念ながら眺望は全く得られなかった。白で覆われた頂には三角点の代わりにある石碑が置かれていた。
その表面には大きく「忍耐」という文字が刻まれていた。そう、この石碑が見たかった。
今でこそ初心者でも登れるように登山道が整備されているが、昔は相当大変な道のりだったに違いない。「忍耐」という重い言葉に、昔の人に尊敬の念を込めてそっと石碑を撫でてから、新山の斜面をトラバースするように御室の方へと戻る。
新山の頂にも再び雲がかかっていた。タイミング良く登れたのは神様のプレゼントだったに違いない。
お礼として「大物忌神社」へ立ち寄り、お参りをしてから次は「七高山」を目指す。
大物忌神社からは、周囲を取り囲む屏風のように広がっている外輪山が見えた。
七高山はその外輪山の端っこに位置するため、まず、壁のように急斜面をよじ登り、外輪山の稜線へ出る。赤茶けた土に延びる登山道。ギザギザした稜線の先に七高山はあった。山と言うよりはギザギザの歯の一つに山の標識が建っているというイメージに近い。
外輪山の稜線はとても見晴らしがよかった。同じく外輪山を持つ浅間山にやはり似ていた。
下山は、その外輪山の稜線に沿って、ギザギザのアップダウンを繰り返しながら降っていく。
外輪山から眺めると、鳥海山がとても巨大な山であることが分かる。とにかくすそ野が広い。一面、濃い緑に覆われていて、ところどころに雪渓がアクセントのように残っている。太古の恐竜がそのまま歩いていてもおかしくないような風景だ。
雲の合間に、庄内平野と日本海が見えた。外輪山側へ登ってくるルートとしては、「湯ノ台口コース」等があるが、いずれも日本海を眺めながら登ることができる。いつかまたゆっくり来たいものだ。
「行者岳」、「伏拝岳」、「文殊岳」と外輪の山を順番に巡り、七五三掛まで降りて来た。
登りの時には霧で鳥海湖を見逃してしまったので、しっかり見たいと御田ヶ原分岐で折れて、鳥海湖に隣接するコースへと進路を取る。こちらのコースは、木道が整備されていたので、石畳より断然歩きやすかった。
鳥海湖は別名「鳥ノ海」とも呼ばれている。緑の包まれた風景も素晴らしかったが、やはり、初夏の雪渓とコラボした風景は最高だ。いつかまたその時期に必ず訪れたいものだと思った。
御浜小屋まで来ると、あとは比較的緩やかな石畳の道。のんびりと降り、鳥海山の山旅を締めくくる。
余談その1。
山に登る時にはいつもカメラを2台持ち歩いているが、登り始めて直ぐに1台のカメラにバッテリー障害が生じて動かなくなってしまった。仕方がないので、もう1台のカメラで撮影をしていたが、帰宅後、パソコンに写真を取り込もうとしたら、今度はメモリカードが異常になり、読み取りができなくなってしまった。記念の山だっただけにショックが大きかったが、一応、IT分野の仕事をしているので、2日がかりでなんとかデータのサルベイジを行い、幸い撮影した写真全部を復旧することができた。なんだかカメラに呪われた登山だった。
余談その2。
ワークマンの超安価登山靴の感想について触れておきたい。
結論は、普通の靴に毛が生えた程度。これはある意味当たり前の結論。ある程度のグリップはあるので土質の低山には全く問題がないが、ソールが薄いため岩場やザレ場では全く機能しない。ただ、ケチをつけている訳ではなく、そもそも2,000円を切る価格を考慮すると、そもそも散策程度に考えておくべき。利用者としても適正な理解の下、購入すべきだと思う。むしろ、この価格で登山靴に挑戦しているワークマンに称賛を送りたい。