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「風」の神様にお参り 風神山

風神山、真弓山( 関東)

パーティ: 1人 (Yamakaeru さん )

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行程・コース

天候

曇り

登山口へのアクセス

マイカー
その他: カーナビには「風神山公園」をセット。帰りの事を考えると大甕駅(おおみか)周辺が便利だが、早朝の風神山を歩きたかったので風神山公園をスタートポイントとした。無料駐車場。20台程度。トイレあり(トイレ改装中で仮設トイレが設置されていた)。

この登山記録の行程

風神山公園駐車場(08:55)・・・見晴台(09:33)・・・爺杉(10:23)・・・真弓神社(10:30)(休憩~11:00)・・・<裏参道>・・・一対の猿(11:18)・・・<表参道>・・・ひざ掛け石(11:44)・・・馬ころがし(12:39)・・・金山穴跡で博打を打った穴(12:41)・・・馬ころがし・・・風神山公園駐車場(13:17)

コース

総距離
約13.9km
累積標高差
上り約1,077m
下り約1,077m

高低図

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登山記録

行動記録・感想・メモ

肉離れの痛みはなんとか治まりつつあり、このまま回復かと思いきや、弱り目に祟り目とはよく言ったもので、そこに別な病気が激痛と共に攻め込んできた。日頃の行いの悪さが原因だろうか。もはや山に行ける状態ではなくなってしまったので、「天気が悪いから」と自分を慰めつつ、計画していた登山を泣く泣く諦めることにした。
それでも日曜日になると、なんとか痛みが和らいだので、せめて森の空気でも吸おうと風神山へやって来た。完治するまでは「おとなしくしてろ!」と言われそうだが、風の神様に「早く治りますように」と、お参り散歩を兼ねている。
車を降りた瞬間、ムッとした空気が身体を包んだ。
顔をしかめたくなるほどの高い湿度。まだまだ梅雨の合間であることを改めて感じた。
風神山は登山道がとてもよく整備されており、アップダウンが少ないこともあって、幅広い年齢層に愛されている。
個人的にもお気に入りの場所の一つで、時々、今日みたいな感じで山に行けない時に散歩に訪れている。
まず、風神様のところへ向かい、石像に頭を下げてお参りをする。
「これ以上、不幸になりませんように」
「早く足が治りますように」
お賽銭も出さずにムシの良いお願いをここぞと呟く。。。
今日の散歩コースとして、まずは真弓神社とその近くにある爺杉を目指して歩き出す。その途中、お気に入りの見晴台に立ち寄ってみた。見晴台と言っても櫓がある訳ではなく視界が開けた単なる高台だが、低山ながら快晴であれば栃木の山も望める見晴らしの良い場所だ。
ここで、1人の登山者に出会った。
なんでも、金の採掘場跡を探していると言う。
銀の採掘場は比較的珍しくはないが、金はそう簡単に採れるものではない。話を聞いてがぜん興味が湧いてきたので、自分も探してみることにした。風神山や真弓山の周辺にはまだまだ知らないポイントが沢山あるようだ。
実は、風神様へお参りする目的の他に、今日は1つのミッションを用意していた。たまたまインターネットで見つけた真弓神社の参道のどこかにあると言う珍しいお猿さんの石像。それがどうしても見たくなったのだ。お猿さんの石像を探すついでに2つ目のミッション「金採掘所跡」も探してみよう。
真弓神社へ行く前に、手前にある分岐を右に折れて爺杉へ会いに行く。
大昔には分岐点のところに婆杉があったと聞いているが、既に朽ち果ててしまったようで婆杉跡と言う看板が残っているだけだった。爺杉はそこから200mほどのところにある。
視界いっぱいに広がる大きな杉はとてもエネルギッシュで、爺と言う言葉は不釣り合いな気がした。幹を覆うように濃い緑の苔が表面を覆いつくしていて、それが森の主の貫禄を醸し出している。絵になる大木だ。
続いて真弓神社へ行くと、ちょうど掃除をされていた宮司さんとお会いした。
普段は無人の神社なので、せっかくの機会といろんな話をお聞きした。
本当は石垣があったが、東日本大震災で崩れ落ちてしまったとか。
神社の前の灯篭は、海の上からの目印になることから、船乗りの人から寄付してもらったとか。ちなみに、1つ目のミッション「お猿の石像」も船乗りからの寄贈とのこと。
宮司さんにその石像の場所を教えて頂き、早速行ってみることにした。
真弓神社へは、表参道と裏参道の2つの参道があり、石像はその裏参道の登り口に参拝者を見守るかのように鎮座していた。草の生い茂る階段を挟むように2つの台座があったが、1つは台座を残すのみで石像は壊れて無くなっていた。宮司さん曰く、木材を運搬している時にぶつけて破損してしまったとのこと。今は、つがいを失くした一体だけが残っていた。それゆえ「一対の猿」と呼ばれている。
優しい顔をしたお猿さん。庚申と関係があるのか、なぜ船乗りがお猿さんの像を寄付したのか不思議だらけだった。
1つ目のミッションを果たし、続いて2つ目のミッション「金の採掘所跡」を探しにいく。
裏参道をそのまま降りて、林道を経由して今度は表参道で再び真弓神社方面へと登って行く。
始めてこの林道を歩く人はきっと違和感を覚えるに違いない。真弓山周辺の林道は、人工的に白い石を敷き詰めたのかと思う程にところどころ異様に白い。この白い石の正体は、寒水石と呼ばれる大理石の一種で、別名「水戸寒水石」とも呼ばれ水戸藩の時代から地域の財源を支える貴重な産物だったという。真弓山には大理石の大規模な採掘場があり、山全体に医師が分布しているのかも知れない。
この寒水石と真弓神社には次のような伝説があるという。表参道の入口にあった解説を備忘録として転記しておく。
『もともと、「真弓山」の名は、平安時代後期に蝦夷(現在の東北地方)の反朝廷勢力を制圧した源義家(八幡太郎)の伝説に由来するらしい。義家が父・頼義とともに軍勢を率いて久慈郡にさしかかったときはまだ14歳だった。当時は、元旦ごとに1歳を加える数え方をし、15歳を祝うべき良い年まわり(元服)としていた。6月(旧暦水無月:みなづき)1日だったが、この日を元旦とし、神前に松竹を飾って義家の15歳を祝った。さらに、武運長久を祈っていると、炎天が一転して激しい雪なり、瞬く間に降り積もった。父子は、神慮に叶って我が軍の勝利疑いなし、と兵たちを励まし、馬たちもそれに呼応するかのように力強く前進した。馬が踏み固めた雪は、眩いばかりの白い「寒水石」に変わった。「真弓山」という山の名前は、山頂にある神社に義家が戦勝を祈願し(あるいは、帰路に戦勝に感謝し)朱塗りの弓を奉納したので、真弓山(真弓は、弓の美称)、と呼ぶようになった、と伝えられている。』
花を求めての山歩きも楽しいが、このような歴史探訪の山歩きも実に興味深い。思いがけず知った歴史を胸に刻み、記念の道端の寒水石を一つ持ち帰ることにした。ただ、これも解説によると、寒水石を持ち帰る人は真弓山に住む天狗様に祟られると書かれていたが、既に祟られているので気にしないことにした。
続いて、二つ目のミッション「金の採掘所」を探す。
便利な時代になったもので、先程、休憩した際にスマホで調べたのでだいたいの位置は把握していた。
調べてみるとあの佐竹藩が金の採掘していた風穴らしい。佐竹藩と言えば佐渡金山が有名だが、日本各地のかなりの広範囲で金探しが行われていたようだ。
だが、実際に行ってみると、採掘所と言うより狸の巣のような穴だった。こんなところで果たして金が採れたのか?という点より、そもそもなぜここをピンポイントに選んだのか?という疑問の方が大きかった。しかも、解説の看板によると江戸時代、役人の目を避け、その金山穴跡で博打を打ったという。どうしてもこの場所で博打を打っていたイメージがわかなかったが、それもかえって面白いと思った。
湿度の高さに、車に戻る頃には全身ずぶ濡れになってしまったが、いつもと違う趣向でとても楽しい登山だった。


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装備・携行品

みんなのコメント

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  • 猿は何と言ってましたか?

  • 猿だけに、なにも言わざるでした。

    ^_^

    なんか可愛い猿でしょ。

登った山

風神山

風神山

241m

よく似たコース

風神山 茨城県

風神伝説もある太平洋展望の山

最適日数
日帰り
コースタイプ
往復
歩行時間
2時間
難易度
コース定数
8
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