行程・コース
天候
晴れ
登山口へのアクセス
マイカー
この登山記録の行程
林道(8:35)鳩打峠(8:40)小八郎岳(9:25)烏帽子岳(13:45)池ノ平山幕営(15:35/6:50)念丈岳(9:00)与田切越(9:40)奥念丈岳(11:10~40)袴越山(12:55)浦川岳(15:05)小茂吉沢頭幕営(16:00/7:00)安平路山(7:55)シラビソ山(11:00)摺古木山(13:00)薊岳(15:25)与川(16:35)林道(17:30)与川峠(19:25)広瀬(20:55)
高低図
登山記録
行動記録・感想・メモ
自宅を4時40分に出て、岡谷を過ぎて南下する頃、夜が明ける。中央アルプス北部の将棊頭山辺りの山肌は樹林の中に白い斑模様が見られ、思ったより積雪が在りそうな気配である。松川インターで降りて細い林道を走り、舗装が途切れる所で車を停める。ここから先は雪が積もった(2㎝)砂利道で、車の外は流石に寒い。
食事を取り、今冬初めてのプラスチック靴を履いて身支度を整える。3連休なのに他に誰も入山者が居ないのは以外であり、少し寂しく感じる。
重くて固い体で10分も歩くと鳩打峠で、林道はここで終り、どん詰まりから右手の尾根へ確りした山道が付いている。檜の植林の間の道は陽当たりが好くて殆ど雪が残っていない。天気が良くて暖かく、早春の山歩きかと勘違いする程だ。地元の中学生に拠る道標が目に付く程々に踏まれた道を小八郎岳へと登る。頂上には片桐小八郎の、少し風化してはいるが思い掛けず大きな石碑が建っており、眼下の飯田盆地と南アルプス連山の眺望を我が物としている。ここからは烏帽子岳も間近に見上げられる。
頂上から少し下り、徐々に雪が増える道を登ると左から尾根を合わせ、西面がガレタ細い尾根になる。東面の笹付きの歩き難い道を登る。コブを越えて左へ上がり、烏帽子岳へ一直線に突き上げる尾根に就くと、針葉樹の林相に変わる。北向き斜面になった事もあって俄然雪が深くなり、吹き溜りは1m近くにもなってラッセルに追われる。傾斜が急になり、凍結した雪や木の根等でスリップし易くなる。
陽が当らず、寒々として冬山そのものだ。幾分か期待しないでもなかった他の入山者も居らず、一休みした折に冷たい風が吹き渡ると孤独な気持ちに陥る。栂やシラビソ等の高山の樹相になるにつれて雪も次第に増えて疲労も募り、前夜の睡眠不足(4時間半)も堪えて歩くペースが落ちてくる。
岩稜になって間もなく烏帽子岳に着き、眺めの良い広い頂上で大休止とする。前方には越百山や南駒ヶ岳が雪を着けて白く輝いている。その左には、念丈岳への尾根が緩やかに伸びている。予定より大分遅れており、とても今日の目的地の奥念丈岳までは行けそうにない。先が長いし、雪も深くなってラッセルに時間を取られるので、明日、明後日の予定もはっきり立てられない状態だ。「兎に角、出来るだけ頑張って稼ごう」と、ワカンを着けて出発する。
シラビソや樅の林の笹の下生えの尾根の背を忠実に歩く。膝位の深さ(50~60cm)のラッセルである。雪面から頭を出している笹の様子からは、夏道らしいのが存在するように思われる。赤布も程々にあり、道に迷う心配も無く緩い登りの稜線を辿る。
烏帽子岳から池ノ平山の間の尾根には途切れる事無く笹が生えている。鹿の足跡が目に付くが、不思議と尾根通しに歩いており、人の足跡があるかの様な錯覚にも似た一種不思議な気持ちになり親近感を感じる。「次に見えるあのピークまでは行こう」と自らを鼓舞して歩き、樹林から抜け出て眼前が明るく開けると池ノ平山の頂上に着く。夏のコースタイム50分に対し、90分も掛かっている。
南に開けた笹原が雪に覆われ、夕日を反射して白銀に輝いて眩しい。西へ向かっている尾根がこのピークで南に向きを変え、頂上から10m下りて小さな瘤に登り返して再び西へ向かう。早朝の出発に際して、悪天候の場合でも迷わない様に瘤の頭に幕営したい処だが、笹原の快濶さに負けて、この広くて明るい雪原を幕営場所と決める。
くたくたに疲れた足の筋肉にもう一働きさせて雪を踏み固めて天幕場を整備し、テントを張る。ほんのしばらくの間であるがテントが夕日を浴びて明るく輝いて心を和ませ、山での幸福な一時に浸る。
2日目、風が冷たくやや強いが、今日も良い天気だ。昨日と同じ様な尾根通しに念丈岳を目指す。
ちょっとした岩場や叢林、深い笹原と多彩な様相を現わすが、迷う心配は無い。雪は相変わらずで、ワカンを着けて膝上位の深さで、ラッセルに労力を要する。尾根の北斜面には風で雪が吹き飛ばされて僅かの積雪しか無い所があり、数倍も捗るので長く続いて欲しいと思う。念丈岳が近くなると樹高は背丈を越える位になり、木の枝を掻き分けたり引っ張ったりしながら強引に登って雪の頂上に到着する。
大休止して息を整え、足の疲れを回復させる傍ら、奥念丈岳から安平路山への稜線を地図と見比べて確認する。ここまでに要した時間とコースタイムを比べてみると、今日は幾分良いペースのようで、今日中に今回の山行の最高峰である安平路山まで行けそうだと目算を立てる。しかし、奥念丈岳へ進むに付いては、誰も居ない所を今までの尾根よりさらに山奥へと入ることになり、万が一の際のエスケープルートが長くなり、ラッセルも1人で頑張り通さなければならなくなるので、1歩を踏み出すのが躊躇われ決断を要する。
与田切乗越を目指して笹の中の明瞭な踏跡をどんどん下り、最後に急な斜面を笹に掴まりながらトラバース気味に下る。乗越からの登りは一面の腰高の笹原で、下部は獣道か踏跡らしいものがあるが、上の方では霧消してしまう。尾根の南西面の雪は融けて少なく凍結気味で歩き易いが、少し北側へ寄ると途端に深いラッセルに苦労する。片足で踏みつけた笹の葉や茎にもう一方のワカンが引っ掛かって足が上がらないと言った塩梅で、ほんの80mの登りに悪戦苦闘する。
尾根が緩やかになると歩き易くなって一息吐くが、頂上への最後の斜面で再びラッセルとなり、陽射しを正面に受けて暑く二重に苦しめられる。直線に伸びる雪面を登り切ると待望の頂上に着く。ある程度予想していたとは言え深いラッセルに苦しめられてこの先が心配であるが、取り敢えず「やれやれ」と大体止する。
やっと全行程の3分の一程を消化したが、他方、今回の山行目的の出発点は奥念丈岳でもある。栂の木の枝の雪が融けて氷化したのを採ってテルモスのコーヒーに加え、適温にして飲む。大汗を掻いた後なので、体がいくらでも水分を要求する様だ。
いよいよ安平路山へ向けて南下する。夏道ははっきりせず、尾根通しに忠実に歩くと、間遠ながら赤テープがあって頼りになる。南西に向かう尾根の肩から南へ下降する分岐点には大木に一際太く赤ペンキでマークが付けてあり、安心して進む事が出来る。鞍部へ下り、袴越岳までは痩尾根状の主に東面寄りの笹の中を歩く。
樹木が少なく陽当たりが良いので積雪が少なく、皆無の所も現れ、ワカンを傷めない様に場所に依っては慎重に歩く必要がある。袴腰山は灌木の生えた平坦で方向感覚を無くする様な頂上で、慎重に方向を見定めて松川乗越への200mの下りを踏み出す。
上空には次第に薄雲が広がる。腰上の笹の中を乗越へ下ると、見捨てられた避難小屋が左手前方150mの所に見えるが、小屋へ通じるかつての道は深い笹に埋もれて痕跡も無い。浦川岳へ登り返して安平路山へ急ぐと思った程には足が捗らない。出発する時には「安平路山を越えて下った所に在る避難小屋で気持ち好い夜を過ごそう」と考えたのだが、無理の様だ。「せめて、安平路山頂に幕営したい」と思ってラッセルするものの、午後になると雪雲が垂れ籠め、冷たい風に吹かれて体も気力も冷えてしまう。
小茂吉沢ノ頭の登りで思い掛けず深くて柔らかい雪に残った体力を消耗して、「今日中の頂上到達は無理だ」と諦め、安平路山とのコルの木陰に西風を避けてテントを張る。
夜半、時々雪が降っている。今日はクリスマスイヴで、ラジオでは母親の暖かい思い出や、懐かしい人や恋しい人へのメッセージ等を伝えている。人里遠い山の雪の中で、自分が唯1人である事をしみじみと感じて人恋しくなる。また、明日の残された長い行程の事を考えると、某か心細く思われてくる。
視界200m程の風と雪の中を、やや明瞭な尾根状の地形を外さない様に注意しながらゆっくりと登る。積雪は1m前後で、深い所は股下までのラッセルとなる。暫くすると広い笹の斜面を登る様になり、雪が締まっていないので非常に消耗する。針葉樹林は、登るにつれて岳樺や樅が多くなる。
安平路山の頂は平坦で、雪を被った樅の木に囲まれて寂しい感じがする。積雪1m強、視界は100~200mで、雲が薄くなってスリガラスで日食を見る様な太陽が時々姿を現わす。食事をして一休みし、「視界が悪い時の下りは迷い易く要注意だ」と、2.5万の地図を眺めてじっくりと検討する。
主尾根を南西に下り途中から右にトラバース気味に進んで派生尾根に移らないと、主尾根は沢の中に落ち込んで消滅してしまう。分岐点はこれと言って特徴が無いので、高度と方向で位置を決めるしか無く、相当微妙だ。
頂上の直ぐ近くの木に付いている赤布を起点に歩き出すと、10~15m間隔で次々に赤布が現われ、登山道も雪の下にかなりはっきりしている。当初は傾斜が急で、足を捕られたりワカンがずれたりするが、心配した方向転換点もほぼ地図通りで、次第に傾斜が落ちて沢状の凹地を緩く下って右の尾根に移ると、暫くして小さい鞍部に着く。ここから左の沢に10m下ると水場がある。
やや開けた緩い笹原を進むと明瞭な鞍部となり、少し登った所に避難小屋がこぢんまりと建っている。一登りして、小屋の中で大休止する。地図と磁石で方位を確認する為に頻繁に立ち止まるので予想外に時間が掛かっている。
小屋は丸太の外壁で、入口が土間、その奥が板の間になっており、改築後数年経った2階造りで椅麓に片付けられていて非常に気持ちが好い。「昨夜、ここに泊りたかったなあ」と一層悔やまれる。
備え付けの日記を捲ると11月下旬までは入山者が居るが12月に入ってからは皆無で、「安平路山まで来れば、ひょっとするとトレースが付いているかも知れない」との甘い期待が裏切られたのも当然だ。雲底は小屋の高さ位で、東面の沢が陽の下に明るく眩しく霞んでいるが、休んでいる間にも高くなって明るさが増す。
シラビソ山へは緩やかな雑木林の中の長いのんびりした登りで、人間臭さを感じさせるのは赤布だけだ。天気はどんどん良くなってきてヤッケ着用では暑い位だが、気温が低く風があるので休むと途端に寒くなる。平坦な山頂で、雲間から射す陽光の下に体を休める。
頂上から少し下ると、樹の間から目指す摺古木山の3つのピークが指呼の間に望まれ、霧氷が白い。「以外と早く着けるかも知れない」と思い、中央アルプスの最南端峰とも言うべき摺古木山へ、笹に覆われてはいるが明瞭な道を、急かされながら歩く。
急な10mを登ると椎の木の茂った摺古木山頂に着き、積雪が眩しい。標識やベンチが目に付く一変して人間臭い山頂は何となく締まりが無い。時間に余裕が無いので、直ぐに出発する。道標に従って左の林道を下ると大平宿へは近く、誘惑に駆られるが、標高は低いが三角点のある南峰を踏まないと画龍点晴を欠くような気がする。挫けそうな気持と体を励まして、道標も赤布も無いのを不思議に思いながら南峰への尾根に踏み込む。
ここまで賑やかだった赤布が途端に無くなって少々戸惑うが、夏道を確認しながら地図を頼りにラッセルする。再び雪が多くなり、頻繁に立ち止って息を継ぐ。南峰の鞍部に青く目立つ標識らしいのが見え、雪原手前まで来るとこれが動いて見えるではないか。ここに人が居るとは全く思いもしなかったので呆気に取られる。近付くと男性2人と若い女性2人と判明する。
「今日は」と挨拶すると、突然の他人の出現に1人離れて食事中だった女性は一瞬沈黙し、返事も忘れてあたふたと3人の方へ移動する。ザックを下ろし、大息を吐いて食事をする。「ワインは如何ですか」と勧めてくれるが、「今飲むと引っ繰り返ってしまうので」と、我慢して遠慮する。中ア北部、北アを背景に写真を撮って貰う。「大平宿まで車で来ているから乗せて遣る」と言うが、「もう少し尾根を南へ縦走したいので」とお礼を言って薊岳へ向かう。
尾根通しの道は無さそうなので適当に林の中へ分け入り、目指す尾根へ一直線に進む。南峰一帯はなだらかな地形で、植生も薄く陽当りが良いので、積雪は50cmもない。
雨量観測所の建物まで登ってから、南下の出発点とする。ここから間遠ではあるが再びテープが現われ、時間の節約が出来て助かる。次第にはっきりしてくる尾根を春山気分で下る。陽当りの良い所は殆ど積雪が無く、笹や倒木や木の枝を踏んで歩くので、ワカンが傷まないか心配になる。しかし、一旦北斜面に入ると軟雪が積もってラッセルも必要になる。
丸いP1,995への下り付近からは広い笹の斜面となり、僅かな踏跡も赤布も全く無くなってしまう。殆どが樹木の少ない笹原で、見通しが良いのを幸に山頂を巻いたりトラバースして出来るだけ時間を省き体力の消耗を抑える。
1,930m付近の窪地では、突然の人間の出現に驚いたカモシカが慌てて樹林の中に逃げ込む。1,970mの小山は南東面を巻いて鞍部へ出ようとするが、ブッシュに阻まれてゴミと汗みどろになる。
薊岳の登りは数十㎝の積雪で、笹と灌木の中を行くが、山頂付近では密生した栂やシャクナゲに悪戦苦闘する。樹高が2m程なので枝の下を掻い潜る訳にもゆかず、音を上げる。頂上間近まで登ると、微かな踏跡の切開きを見付ける。
平坦な頂上の一角には木が生えておらず、腐った木製のベンチと風化して字が読み取れない山名板があり、「以前は登山者が多かっんだろうなあ」と、中央アルプス最南端二千m峰の賑やかだった頃を想像する。
平坦な頂上からの下りは方向が定め難く、戸惑う。当初散見されたテープが見当たらなくなり、踏跡も無い。幸いに天気が好いので、見通しの良い所に出た時に遠くの目標を定めて進む様にする。
次第に疎林となり樹高も高くなって歩き易い。木曽峠へ続く尾根を下り切った1,815mの鞍部から黒川の横沢へ下降したい処だが、日没まで余裕が無くなってきたので、「適当な所で下降しよう」と考えながら急ぐ。
1,980m位から背丈前後の笹原を下る。時々、踏跡か獣道が現われるが定かではない。小ピークを越えた1,950m付近で雪が殆ど無くなってワカンを脱ぐが、バンドが凍ったままで外すのに苦労する。1,850m付近で笹原の中に迷い、焦って歩いて足を捕られて数回転倒する。
遅々として進まず高度が下がらないので、「最早、時間切れだ」と左の沢へ向けて下る。「標高差100mも無いから、簡単に沢底に着くだろう」と考えるが、人跡未踏の笹の密林は歩き難いことこの上なく、今夏の南ア白倉山からの西俣沢への下降時と全く同じ状況に陥る。雪が現れ、沢筋にはベルグラが張って滑り、沢底へ降りるのに青息吐息となる。
沢筋には心配した笹は無く開けて水が流れているが、水際は氷結してベルグラが張っている。冷たい流水を飲んで一息入れ、お菓子を食べる。冬の短い太陽は既に没して次第に暗くなってくるが、「大平宿への林道までは1㎞だから1時間も掛からず、何とかなりそうだ」と一安心しながら、慌ただしく下降を続ける。
足元が暗いものの、先の予定に確信が持てないので節電してライトを我慢する。沢は左へカーブして林道に出合う筈なのに、前方に張り出した尾根の様子から判断すると反対方向へ曲がっている様子で、左右から流入する枝沢の様子も地形図と一致しない。「いったい、どの沢へ降りたんだろう」とライトを点けて必死で地図を読む。
有ろう事か、「尾根の反対側の沢へ下降した」と考えると、地形と地図が一致するではないか! そう思った瞬間、「ビリビリッ」と頭に電気が走る。標高1,900m付近では尾根の背を歩いていたのだが、左へ緩く回り込む時に、尾根左手の樹林と背丈の笹から無言の圧力を受けて右方へ派生する尾根へ(少し早く)入り込んでしまったらしい。もう少し先へ進めば目指す尾根が下方へ続いているのに気付いたのだろうが。
ともあれ、ライトで歩くこの時間では登り返しても正しい方向へ進むのは非常に難しい。「川原にテントを張って、もう1晩過ごす羽目になったか?」と思うと、妻の心配する顔や明日の人と会う約束を思い出して困惑する。又、「今日は下山して温泉に入ってさっぱり出来る」と楽しみにしていたのに、「湿ったシュラフでもう1晩寝るのは堪え難い事だ」等とあれこれ悲観的に考えて意気消沈する。
さらに重要な事は、「一体、如何したらこの沢から人里へ出られるのだろうか」と言う事だ。いろんな事を考えながら地図を調べると、「現在地から1㎞下るとT字形に本流と合流し、本流沿いには林道が走っている」と判り、‘闇夜に光明を見る’の心境となる。「どうにかなりそうだ」と少し安心し、ザックから残り少なくなった食料を取出して食べ、気持ちを落ち着かせる。
薄暗くて足元がよく見えない中、広くて流れが浅く歩き易い川原を、ベルグラを踏んで転倒しない様に注意しながら下る。途中で懐中電灯を点け、予想通りT字形に本流と合流しているのを見て、心底から現在地を確信する。
T字峡から急な崖を30m攀じ登って林道に出る。雑草に覆われて山道に等しくなった道を見て「あわよくば高原帰りの車でヒッチハイク出来るかも知れない」と言う虫のいい期待は諦めるものの、人里との生命線が通じて不安が払拭され、小躍りしたい気持ちになる。
改めて地図を眺めると、林道は床浪高原から沢沿いに西下して与川峠へ通じ、南下して国道256号線へ続いている。夜道を只管歩いて地形図通りに与川峠へ出て人里への生還を確信し、広瀬集落に出て民家へ転がり込み、タクシーを呼んでもらう。
車が来るのを待つ間、宴会のお零れの夕食を御馳走になって人の暖かさにホロッと感じ入り、23時過ぎに登山口の車に戻って帰途に就く。
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