コロナ禍の今、富士山に登り登山者に必要なことを考えた

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天候不順が続いたお盆過ぎ、2年ぶりに開山した富士山を訪れた。新型コロナウイルスの感染症拡大が収まらない中、日本一の山はどのように登山客を迎えているのか。経営する山小屋の現状と取材当日の様子から、いま登山者に必要なことを考える。

取材日当日。朝9時30分の富士スバルライン五合目

2020年に新型コロナウイルスの影響で閉山を余儀なくされた富士山が、今年は例年通り開山した。期間中、待ちに待った登山者を全国各地から迎えている。

筆者が富士山に取材で向かったのは8月のお盆過ぎ。山梨県側にある唯一の登山道、吉田ルートの玄関口ともいえる富士スバルライン五合目に到着すると、売店前の広場は平日にも関わらず多くの登山客や観光客で賑わっていた。

本日の宿は八合目にある「元祖室」。吉田ルートは山小屋の数も多く、当日もたくさんの登山者が日本一の山頂を目指して歩を進めていた。疲れに顔を歪める単独の人もいれば、笑顔で話し合うカップル、小学校に入学したばかりだろうか、小さな子どもを連れている家族など、登山者の顔ぶれはさまざまだ。

富士登山では山に登る皆が同じ目的を共有している

ルート上に建つ山小屋のスタッフは接客時にマスクを着用しているが、目を見れば笑みを浮かべているのが分かる。コロナ禍といっても富士山の雰囲気は和気あいあいとしていて、平和な様子が清々しい。

ただ、ゲストとして富士山を訪れる我々とは違い、この山で営みを続ける山小屋にとっては、まだ安心できる状況ではないという。宿泊した山小屋「元祖室」のご主人、川村一樹さんが取材に応じてくれた。

山小屋では徹底した感染症対策を実施

元祖室のご主人、川村一樹さん。18歳から山小屋に入り、今回のような事態は初めての経験と語る

「富士山の登山者数についてニュースや新聞でさまざまな報道がされていますが、元祖室の宿泊予約者数はコロナ禍以前の2割程度にとどまっています。最盛期に比べると8割減ですね。登山ツアーの数が少ないですし、お客を連れてくる登山ガイドも滅多に登ってきません」(川村さん)。

国内登山者の減少に加えて、昨今の情勢で海外からの登山者はほぼゼロに。新規感染者の増加によって発出された緊急事態宣言の影響も大きい。緊急事態宣言発出後、予約キャンセルの連絡が続いたと言う。

とはいえ、登山者を迎えるにあたり、山小屋も新型コロナウイルスの感染症対策に余念はない。

元祖室では密を避けるために宿泊人数を定員の200人から100人に半減。入館時には消毒、検温を行ない、通された寝室には飛沫の拡散を防ぐパーテーションがあり、用意されたスリーピングバッグの顔回りやまくらは不織布でカバーされていた。

受付前の消毒と検温。街の飲食店と変わらない

パーティションは新型コロナウイルス感染症予防のため今年から新たに設置

対策は、入館後すぐに気付いた点だけにとどまらない。「感染症対策のために空気清浄機を5台購入して、空気の循環を促すサーキュレーターも6台導入しました。また、夕食のカレーで使う食器はすべて使い捨てに切り替えて、福神漬けも個包装のものを用意しています」と川村さんが教えてくれた。

寝室でも稼働していた空気清浄機

お皿、スプーン、コップといったすべての食器を使い捨てに変更

山に登る私たちができること

2年ぶりの富士山の開山は明るい話題だが、川村さんに今後の展望を伺うと「新型コロナウイルスの収束が見えず、現状の宿泊者数で経営を続けるのは正直厳しい。予約数が少ないからといって雇うスタッフの人数を減らすことはできず、寝床で使う不織布や使い捨ての食器やカトラリーなど、感染症対策にかかる出費も負担になっています」と肩を落とす。

登山道の整備、トイレの貸出し、売店や宿泊の提供など、富士登山は山小屋なしでは成り立たない。そんな山小屋が厳しい営業を強いられる中、私たち登山者にできることはあるだろうか?

発熱といった体調不良の場合の登山中止、マスクに代表される感染対策グッズの準備と使用は、もはや当たり前といえる。川村さん曰く、このような基本的な感染症対策は宿泊者全員が徹底できているという。

それとは別に今回の取材で気になったのは、不安を感じる登山者の姿だ。夕暮れを過ぎても、まだ予約した山小屋に到着できず、疲れ切った様子で腰を下ろしている人がいれば、中には地図を持たず、目的もなしに「行けるところまで行ってみようと思った」という、耳を疑うような家族連れもいた。

川村さんは「減少している登山者の中でも、密を避けてか、弾丸登山をする人も一定数いた印象があります」とも話す。

準備不足、安易な考え、無謀な計画で、これ以上の心配を山小屋にかけることは、厳に慎むべきではないだろうか。

2日目に眺めることができた山頂からの絶景。多くの人の支えがあってこそ、私たち登山者は素晴らしい体験を経験できる

翌日、富士山の山頂に達すると、地平線まで続く胸のすくような雲海が目の前に広がった。コロナ禍のいまでも、富士山の雄大さは何一つ変わっていない。

今年の富士山の登山シーズンは9月10日で終わりとなる。富士山だけでなく、日本全国にあるすべての山小屋が新型コロナウイルスの感染症対策に尽力している。私たち登山者も感染症予防を徹底し、最後までトラブルを起こさずに無積雪期の登山シーズンのラストを迎えたい。

プロフィール

吉澤 英晃

1986年生まれ。群馬県出身。大学の探検サークルで登山と出会い、卒業後、山道具を扱う企業の営業マンを約7年勤めた後、ライターとして独立。道具にまつわる記事を中心に登山系メディアで活動する。

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