徳沢の名花・ニリンソウの花の変異と、上高地でのニリンソウの見頃の期間がとても長い理由を考えてみました

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文・写真=昆野安彦

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春から初夏に咲くニリンソウはキンポウゲ科の多年草。一本の茎にたいてい二輪ずつ花をつけることが「ニリンソウ(二輪草)」という名前の由来だ。この花のもう一つの特徴は花弁のないことで、白い花弁に見えるのはじつは萼片だ。

ハルニレの巨木の周りを白い絨毯のように取り囲むニリンソウの大群落
ハルニレの巨木の周りを白い絨毯のように取り囲むニリンソウの大群落。上高地を代表する花景色だ(5月下旬、徳沢)

花の中央にあるのは10個ほどの黄色い雌しべと30~40個ほどの白色~クリーム色の雄しべだが、雌しべの鮮やかな黄色と白い萼片との対比がとても美しい野草だ。

北海道、本州、四国、九州のおもに湿潤な山地の林床に自生するが、上高地はこのニリンソウの多いところで、5月中旬~6月下旬に河童橋から徳沢までの遊歩道を歩くと、至る所でこの花の群落を見ることができる。とくに徳沢キャンプ場で見られる大群落は有名だ。

林床に咲くニリンソウ
林床に咲くニリンソウ。萼片が5枚の基本形のほかに、6枚型も普通に混在していることが分かる(6月上旬、徳沢)

徳沢で見つけたニリンソウの萼片の数の変異

私の上高地歩きの楽しみの一つはこのニリンソウの花をゆっくり見て歩くことだ。というのも、この花の萼片の数や色彩には変異が多く、そうした変異を見つけることが、私のひそかな楽しみになっているからだ。

萼片が7枚のニリンソウ
萼片が7枚のニリンソウ(6月上旬、徳沢)

よく見つかるのは萼片の数の変異。この花の萼片は普通5枚だが、上高地では6枚はそれほど珍しくないし、よく探せば7枚のものや8枚のものも見つかる。ここに掲げた写真は6月上旬の徳沢で、小一時間ほどの間に見つけたものである。

萼片が8枚のニリンソウ
萼片が8枚のニリンソウ(6月上旬、徳沢)

萼片の数の変異で最後にお見せする変異は萼片の数が1枚少ないタイプだ。萼片の数が基本形の5枚より多いタイプは8枚までなら良く見つかるが、この少ないタイプはなかなか見つからない。

ここに示した写真は3年がかかりでようやく見つけたもので、場所は徳沢だ。この写真の個体の近くには、他にも4枚の萼片の個体が幾つかあったので、ある所にはあるものだなと思ったものである。

萼片が4枚のタイプのニリンソウ
萼片が4枚のタイプ。基本形より萼片が一つ少ないタイプで、ありそうでなかなか見つからない。この写真の花は3年がかりでようやく見つけたものだ

上高地の緑精(グリーンスピリッツ)

ニリンソウの色彩の変異として有名なのは白い萼片が緑色を帯びたもので、このような花は「ミドリニリンソウ」とも呼ばれる。萼片の数の変異に比べると、ミドリニリンソウはなかなか見つからない。それでも時折見つかるが、たいていは萼片の一部が緑化したものだ。

この一部緑化型のミドリニリンソウは緑色と白色の対比がとてもお洒落な感じがする。私が見つけたのは萼片の内側が緑色に彩られているものだが、白い萼片の中に浮かぶ緑色が非常に印象的で、見つけたとき、なんて綺麗な緑色だろうと思った。普通の緑色とは違う。少し黄色や青色が混ざった、とても神々しい色合いだ。もしかすると、上高地で見かけるさまざまな緑色のなかで、もっとも美しい緑色かもしれない。

そんなことから、私はこの一部緑化型のミドリニリンソウに『上高地の緑精(グリーンスピリッツ)』という特別の愛称を与えている。

一部緑化型のミドリニリンソウ)
私が『上高地の緑精(グリーンスピリッツ)』と呼ぶ一部緑化型のミドリニリンソウ。緑色と白色の対比がとても美しい(6月上旬、徳沢)

ミドリニリンソウを見つけるのが難しいわけ

一方、白い萼片が完全に緑化したミドリニリンソウは、なかなか見つからない。その理由としては、完全緑化型の出現頻度がごく少ないことがまず考えられるが、もう一つの理由は、完全緑化型が周囲の葉の緑色に溶け込み、草むらの中から緑色の花だけを見つけるのがとても難しいからだ。

ここに掲載した完全に緑化した花の写真は徳沢で偶然見つけたものだ。一見すると萼片が4枚に見えるが、5枚であることを現地で確認している。なお、ミドリニリンソウが出現する原因については遺伝的要因やファイトプラズマ(植物病原細菌)の感染等の関与が考えられているが、それを科学的に証明した研究例はニリンソウではまだないようだ。

萼片が完全に緑化したミドリニリンソウ
萼片が完全に緑化したミドリニリンソウ。草むらの緑色に紛れているので、咲いていても見つけるのが難しい(6月上旬、徳沢)

以上、私が上高地で観察したニリンソウの変異について、基本型を含めて7例の変異、すなわち「七変化」を写真とともに紹介した。ここまで読んだ方のなかには、「あれ? ニリンソウの変異はこんなもんじゃないよ!」と思われる方がきっといるだろう。たしかにニリンソウの変異は七つだけでは済まないと思う。

そこで今年は私にとって八つ目の変異の発見にこだわって上高地を歩いてみようと思う。私の予想としては萼片の数9枚以上の変異の可能性が高そうだが、果たしてどうだろう。案外、通常より2枚少ない萼片が3枚のものが見つかるかもしれない。

上高地のニリンソウの花の見頃の期間が長い4つの理由

ところで、上高地ではニリンソウの花の見頃の時期がとても長く感じられる。私の経験では例年5月中旬から見頃となり、どうかする7月中旬になってもまだ美しく咲いている現場を見ることがある。

つまり、およそ2カ月にもわたって、上高地ではニリンソウの花を見ることができるわけだが、その理由を考えてみると、次の4点が思い浮かぶ。

  1. 上高地ではニリンソウが咲く場所に、日陰や日なた、風の通り道とそうでない場所、自生する土壌の性状など、さまざまな環境の違いがあり、その自生環境の差異が、長い花期を生み出している。たとえば、徳沢キャンプ場にはハルニレの巨木が林立するが、ニリンソウが咲く時期のハルニレは芽吹いたばかりで地表面の日当たりがよく、上高地では開花の時期が比較的、早い場所と思われる。
  2. 花の名前の由来になった一本の茎の二輪の花の開花のタイミングが、じつは少しずれている性質による。
  3. 夜間や雨の日は萼片を閉じるので、風雨による消耗が抑えられ、花期が長くなる。
  4. ニリンソウの花に見える部位が萼片なので花期が長い。
ハルニレの樹下のニリンソウの自生環境
ハルニレの樹下のニリンソウの自生環境(5月下旬、徳沢)。ハルニレはまだ芽吹いたばかりで日光を妨げるものは少なく、地表面の日当たりは良好だ。背景の山は明神岳(左)と前穂高岳(右)だ

この4点のうち、①は場所単位(自生環境)、②~④は個体単位(株ごと)の理由だ。場所単位の理由は①の一つだけだが、上高地では遊歩道沿いにさまざまな自生環境があるので、花が見られる期間が長いことの有力な理由の一つと思っている。

個体単位の3つの理由のなかでは、私はとくに④を有力な理由に押したい。花弁と萼片の両方が備わった一般的な花では、花弁が萎れて落ちても萼片はそのまま残っているのを見かけることが多い。

花弁が萎れたチングルマの花
花弁が萎れたチングルマの花(8月中旬、大雪山)。花弁は2枚しか残っていないが、先が尖った萼片はそのまま綺麗に残されている

たとえば、バラ科の小低木である高山植物のチングルマの場合、花弁が萎れて落ちても、萼片はあまり変わらずにそのまま残っているのを見かける。

一方、ニリンソウの場合は花弁ではなく、萼片が花なので、花期が長いのでは、という推測だ。実際、上高地では雌しべの基部の子房の部分が果実になりかけのニリンソウをよく見かけるが、白い萼片はまだまだじゅうぶん綺麗なことが多い。

果たして、私のこの推測は正しいのだろうか。今年は萼片の数の変異にくわえ、この点にも注意しながら、ニリンソウの花咲く春~初夏の上高地を歩いてみようと思っている。

受精して雌しべの基部の子房が大きく膨らんだニリンソウの花
受精して雌しべの基部の子房が大きく膨らんだニリンソウの花。この時期になっても、萼片はまだまだ美しい(6月上旬、小梨平)

私のおすすめ図書

槍・穂高・上高地 地学ノート

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上高地と、上高地を取り巻く山々の地学ガイドブックです。槍ヶ岳と穂高連峰の成り立ちや岩石の話を中心に、燕岳、常念岳、蝶ヶ岳などの話も満載です。個人的には、私自身がよく登る蝶ヶ岳と常念岳の岩石が、じつは異なる種類であることがとても興味深かったです。そのほか、上高地の遊歩道で見られる岩石や地質のことも紹介してあり、地学の面から北アルプスの成り立ちと自然を知りたい方には、最適な一冊になると思います。

著者 竹下光士、原山智
発行 山と溪谷社(2023年刊)
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プロフィール

昆野安彦(こんの・やすひこ)

フリーナチュラリスト。日本の山と里山の自然観察と写真撮影を行なっている。著書に『大雪山自然観察ガイド』『大雪山・知床・阿寒の山』(ともに山と溪谷社)などがある

ホームページ
https://connoyasuhiko.blogspot.com/

山のいきものたち

フリーナチュラリストの昆野安彦さんが山で見つけた「旬な生きものたち」を発信するコラム。

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