六甲山地の東エリアにある静かな樫ヶ峰。海と平野部を一望する絶景と初夏の花々に出会う
「春山淡冶にして笑ふが如く」と、『山水訓』に書かれているとおり、新緑が萌える山肌はつやめいて笑っているかのようだ。夏のような日差しが照りつける日もあるが、まだ吹く風は爽やかで、山歩きには絶好の季節となった。そんな時期におすすめの山として、六甲山地にある樫ヶ峰をご紹介。
写真・文=根岸真理
目の前に甲山、右奥に大阪湾
樫ヶ峰は東西に長くのびる六甲山地の東エリアにあり、全山縦走路から少し離れているため、歩く人もさほど多くない。また駅から登山口までもかなり距離があり、バス利用になることもあるので、いつ訪れても静かな雰囲気が楽しめる。
阪急電鉄今津線逆瀬川駅からバスで15分程度。宝塚西高校前で下車すると、逆瀬川の右岸側にゆずり葉緑地がある。このエリアはかつて土砂災害が頻発し、早くから砂防の取り組みが行われてきた場所で、兵庫県における砂防事業の発祥の地とされている。緑地には巨大なモニュメントが建てられており、内部には、兵庫県の防災の歴史や土砂災害や砂防などの解説パネルが設置されている。
本コース上でトイレがあるのはここのみなので、忘れずに済ませておこう。緑地の中を上流方面へ。最上部から車道に出て、右カーブ手前のガードレールの切れているところを直進して山道へ入る。
始めはかなりの急登が続くが、やがて樹林帯へ入るとやや斜度が落ちる。標高400mあたりから明るく開けた尾根道になり、南東に甲山、南側には海が一望できる(冒頭写真)。
山頂は、暗い樹林の中で眺望はない。樫ヶ峰はいくつものピークが東西に並んでいて、小さいながらも連峰を形成している。
最初のピークを過ぎたあたりから、初夏になると登山道の脇にコアジサイがたくさん咲く。六甲山に自生するアジサイの仲間で、飾り花を持たない小さな花だが、淡いブルーが清楚で美しい。ほかのアジサイには香りがないのだが、本種だけは、ほんのりとしたよい香りがある。アジサイの仲間では一番早く咲き始め、追いかけるようにコガクウツギも咲き始める。
コアジサイ
同じ頃、足元にはちょっと個性的な花のシライトソウが咲く。六甲山地ではやや稀で、林縁の日当たりのよいところで見られる。
シライトソウ
小さな花と言えば、オオイワカガミも所々で見られる。つやのある丸い葉を鏡に見立てたもので、花は淡いピンクから紅色までいろいろ。繊細な花びらがとても可憐だ。
ツツジの仲間、シロバナウンゼンツツジも自生している。ヤマツツジと比べると非常に小さい花で、とても可愛らしい。「ウンゼン」と名前がついているのに、なぜか九州の雲仙にはこの木はないらしい。
いろいろな花を眺めながら、西へと尾根道を進んでいく。途中で数箇所、南麓の西宮市社家郷山キャンプ場へ下る分岐がある。小笠峰を越えて北側へ下っていくと、車道に出る。右へ進み、250mほど進んだ所に、ガードレールの切れ目から右側へ下る分岐があるので、これを進む。
樹林帯をしばらく下っていくと、明るく開けた場所に出る。左手が風化花崗岩の崖になっており、細い踏み跡をたどって行く。
逆瀬川の中流域に沿って下っていくと、やがて「エデンの園」という施設の前へ出る。車道を少し進んだロータリーにバス停があり、逆瀬川行きのバスが運行されている。
歩き足りないなら、小笠峠下の車道をそのまま大谷乗越まで歩いて東六甲縦走路へ入るか、エデンの園前から譲葉山か岩倉山へ登り返し、六甲全山縦走路へ続けても。または、樫ヶ峰北東にある行者山と組み合わせてもいい。
プロフィール
根岸真理(ねぎし・まり)
六甲山西端の神戸市須磨区生まれ。現在は六甲山東端の宝塚市在住。アウトドア系を得意とするフリーライター。親に連れられ、歩き始めると同時に須磨の山に登っていたため六甲登山歴60年。アルパイン歴は約30年。 神戸新聞「青空主義」欄で月に1回六甲山の情報(六甲山大学)を発信中。主な著書に『六甲山を歩こう!』『六甲山シーズンガイド春夏』『六甲山シーズンガイド秋冬』など。兵庫県立六甲山ガイドハウスで「山の案内人」ボランティア活動中。
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