ハイマツの枝の長さから過去の気候変動がわかる!今年の猛暑はハイマツにどう影響するのか
文・写真=昆野安彦
目次
ハイマツは毎年、新しい枝を伸長させて大きくなっている。その年に新しく伸びる枝のことを当年枝または1年枝と呼び、過去に伸長した枝は、たとえば前年にできた枝は2年枝、前々年にできた枝は3年枝と呼ばれる。ハイマツの枝は春から夏に伸長するが、伸長するのは当年枝だけで、2年枝以前の枝はもう伸びることがない。このため、それぞれの枝の長さには、枝が伸長した年の気象条件が記録されている可能性がある。
樹木から過去の気候変動を調べる
たとえば、ある年が高温の夏だったら、枝は長く伸長するかもしれないし、逆に冷夏だと枝の伸長は短く抑えられるかもしれない、といった具合だ。このため、過去にさかのぼってそれぞれの年のハイマツの枝の長さを測定すれば、高山の気候の年次変動をある程度推測することができるかもしれない。
樹木を使って過去の気候変動を調べるには年輪を用いる方法もあるが、年輪の測定は幹を切らないといけない。ハイマツの枝の長さを測定するやり方は、幹を切らずに何年も継続してできるので、環境にもやさしい調査方法と言えるだろう。
ハイマツの長枝と短枝
具体的な枝の長さの測定方法について解説しよう。ハイマツの形態をよく観察すると、長い枝に、5枚の葉が束生する短い枝がらせん状についていることに気づく。この5枚の葉が束生している短い枝を「短枝」と呼び、らせん状に短枝がついている長い枝の方を「長枝」と呼ぶ。
ハイマツの枝の長さを測定する時は、主幹と呼ばれる、その個体(株)の中でもっとも中心の太い長枝を選ぶのが一般的だ。
ハイマツの年枝伸長量とその求め方
ハイマツは当年枝が伸長するとき、主幹の長枝のほかに側枝の長枝も伸長する。このため、主幹の側枝と側枝に挟まれた長さ(正確には芽鱗痕と芽鱗痕に挟まれた長さ)を測定すれば、過去にさかのぼってある年の伸長量(年枝伸長量あるいは年枝成長量と呼ぶ)を記録することができる。
なお、芽鱗痕(がりんこん)とは休眠芽の外側を覆う鱗状の小片で、芽鱗痕は当年枝が伸長する前の芽鱗の痕である。ハイマツの場合、芽鱗痕は側枝の基部付近に残っている。言葉で説明すると少し分かりにくいかもしれないので、写真で説明しよう。
写真は大雪山で2021年7月上旬に撮影したハイマツの長枝(主幹)だ。先端に少しだけ見える球果は2年目のもので、そこから上部の枝は伸長を始めた当年枝、下側の枝は2年枝だ。側枝を目印に徐々に根元方向に目を移すと、この写真では11年間分の年枝伸長量までさかのぼれることが分かるだろう。
年枝伸長量に影響する気象要因
年枝伸長量に影響する気象要因としては、その年の気温の影響が大きそうな気がするが、実際には前年の夏の気温との相関が高いことが明らかにされている。これは当年枝の成長には前年の夏に蓄えられた養分などが重要であるからと言われている。
たとえば、2023年の日本の夏が非常に暑かったことは皆さんもまだ記憶されているだろうが、上述の見解に従うと、2024年の年枝伸長量は例年より大きく、おそらく前年の2023年の年枝伸長量に比べれば、その値は明らかに大きいのではないかと推測される。
今後、ハイマツの自生地を訪れる機会があれば、本当に2024年の年枝伸長量が大きいかどうか、この点を皆さんにも確かめていただければと思う。
世界的には分布が限られるハイマツ
大雪山や日本アルプスなど、日本の山ではお馴染みのハイマツだが、世界に目を向けると、その分布はかなり限られる。日本以外では、シベリア東部、カムチャツカ、樺太、中国東北部、朝鮮半島などに自生するだけで、日本は分布の南限にあたるそうだ。
つまり、写真家の星野道夫さんの活躍で知られるアラスカを含む北米や、マッターホルンやモンブランなどで知られる欧州アルプスには見られないわけで、欧米人からすると、日本の山に登ってハイマツを観察することは、案外、貴重な体験なのかもしれない。
なお、日本国内では北海道から中部地方の高山帯にかけて分布し、その南限は南アルプスの光岳、西限は加賀の白山である。
野生動物の食料としてのハイマツ
高山植物のなかでは地味なハイマツだが、今回の年枝伸長量の話のほかにもいろいろと面白い生態が知られている。たとえば、球果が成熟するのは開花後2年目という点や、球果に含まれている種子がホシガラスやヒグマなど、さまざまな野生動物の重要な食料になっていることだ。
たとえば、秋の大雪山や日本アルプスを歩くと、ハイマツ帯を飛び回るホシガラスの姿をよく見かけるが、彼らの目的はよく熟したハイマツの球果に含まれるナッツ状の種子だ。鋭いくちばしで球果を分解し、その場で食べる場合もあれば、冬に備え、地面に種子を隠す貯食行動も見られる。
ギンザンマシコとハイマツの球果
最後にお見せする写真は、大雪山のハイマツ帯で撮影した、ハイマツの球果を食べるギンザンマシコのオスだ。この野鳥は雌雄で色彩が異なり、オスは写真の個体のように赤いが、メスはオリーブ色をしている。
日本では一般に冬季に見られる冬鳥だが、大雪山では夏でも見られ、少数が高山帯で繁殖することが知られている。親鳥がヒナを育てるための巣はハイマツの茂みに作られるそうだが、私はまだ営巣の様子は見たことがない。
ギンザンマシコは大雪山でも比較的珍しい部類に入り、その姿を見ることはそう簡単ではない。この写真の個体は、運良く、私の目の前でハイマツの硬い球果をバリバリと齧って食べていたものである。
私はファインダー越しにこの個体の採食行動を数分間見ていたが、ハイマツの球果には各種の野生動物を引き付ける、相当の栄養分が含まれているのであろうことは、その迫力ある食べ方から容易に想像できるのだった。
(参考文献)
尾関雅章ら(2011)中央アルプス千畳敷におけるハイマツの年枝伸長量.長野県環境保全研究所研究報告 7:39―42
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| 著者 | 大場秀章 監修 |
|---|---|
| 発行 | 山と溪谷社(2024年刊) |
| 価格 | 1,100円(税込) |
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プロフィール
昆野安彦(こんの・やすひこ)
フリーナチュラリスト。東京大学農学部卒(農業生物学科)、東北大学農学部名誉教授。著書に『大雪山自然観察ガイド』『大雪山・知床・阿寒の山』(ともに山と溪谷社)などがある
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