リアル・ゴジラ! サルとホトトギスを食べてしまう謎の生きものの正体とトゲトゲの役割

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私がリアルタイムで見た最初のゴジラ映画は、1964年に劇場公開された『モスラ対ゴジラ』だった。その迫力ある背びれの発光と、大きく開けた口から放射熱線を照射するゴジラの姿は、それまでそんな映像を見たことがなかった幼い私には相当なインパクトになった。

文・写真=昆野安彦

目次

モスラ対ゴジラ

当時、すでに昆虫少年だった私はずっとモスラの方に肩入れして映画を見ていたが、希望通りに最後はゴジラを倒してくれたので、子供心にも、ああよかったと板橋区の常盤台にあった映画館を出たことを覚えている。

さて、今回のコラムの主役は私が肩入れしたモスラではなく、ゴジラの方だ。それもゴジラにそっくりな昆虫だ。その昆虫とはルリタテハという蝶の幼虫だが、この幼虫の背面には白い棘状の突起物が整然と並び、そのトゲトゲの姿は一見すると映画の中で放射熱線を照射するときのゴジラの背びれによく似ている。

写真はホトトギスという野草の葉を食べる幼虫の姿だが、私には贔屓目なしにゴジラにとても似ており、自然界でこれほどゴジラに似た生きものは、他にはいないのではないかとさえ思われる。

ホトトギスの葉を食べるルリタテハの終齢幼虫(10月上旬、大年寺山)
ホトトギスの葉を食べるルリタテハの終齢幼虫(10月上旬、大年寺山)。白いトゲトゲの姿は、まるでゴジラだ

野草のホトトギス

今回の記事のタイトルを見て、野鳥のホトトギスを食べる昆虫、しかもゴジラ!?と早合点した方もいるかもしれないが、今回取り上げるホトトギスはルリタテハの幼虫が食べる野草の方のホトトギスだ。

この野鳥と同じ名前のホトトギスはユリ科ホトトギス属の多年草だ。日本固有種で、おもに山地の半日陰地に自生している。花期は8月~10月で、6枚の花被片からなる漏斗状鐘型の花を咲かせる。名前の由来は紫色の斑点が野鳥のホトトギスの胸の模様に少し似ていることから付けられている。

ユリ科のホトトギス(9月下旬、大年寺山)
ユリ科のホトトギス。花被片の紫色の斑点模様が野鳥のホトトギスの胸の模様に似るので「ホトトギス」と呼ばれるようになった(9月下旬、大年寺山)

野鳥の方のホトトギス

一方、野鳥の方のホトトギスは独特の鳴き声をするので、姿を見たことがなくても、ご存じの方が多いだろう。「トッキョキョカキョク(特許許可局)、トッキョキョカキョク、キョキョキョキョ・・・」はホトトギスの鳴き声の聞きなし(鳥や動物の鳴き声を人の言葉や文字に置き換えて覚えやすくしたもの)の一つだが、そのほか、私には「ホッㇳトギス、ホッㇳトギス、キョキョキョキョ・・・」という、ホトトギスの名前そのものに近い聞きなしとしても聞こえる。

そのため、野鳥のホトトギスという名前の由来は、昔の人が「ホッㇳトギス」と聞こえる聞きなしを元にして付けたのではないかと思っている。

このホトトギス、日本には夏鳥として北海道~九州に渡来するが、上高地では初夏に高木の梢で大きな声で鳴いているのをよく耳にする。写真の個体は徳沢のタニガワハンノキの梢で鳴いていたものだが、野草のホトトギスの名前の由来になった胸の模様がお分かりいただけるだろう。

カッコウ科のホトトギス(6月上旬、上高地)
カッコウ科のホトトギス(6月上旬、上高地)。日本には夏鳥として飛来し、オスは特許許可局(トッキョキョカキョク)と聞こえる鳴き声で知られる

ルリタテハ

本題に戻ると、ルリタテハはタテハチョウ科の蝶だ。ルリタテハ?と聞いてすぐには分からなくても、山と溪谷オンラインの読者の皆さんなら、里山歩きの際に道端に止まるこの美しい蝶を見たことがある人が多いに違いない。

大きさはモンシロチョウとアゲハチョウの中間くらい。翅の表面に瑠璃色の帯模様が入ることがその名の由来だ。成虫で冬を越すので春先にも観察できるが、この成虫がホトトギスを食べるというわけではない。冒頭で述べたように、ホトトギスを食べるのは、その幼虫の方だ。

ルリタテハの成虫(3月下旬、太白山)
ルリタテハの成虫。越冬後の個体だが、翅の表面の瑠璃色の帯模様が美しく、まるで羽化したばかりのようにも見える(3月下旬、太白山)

棘状突起

成虫は里山に自生しているホトトギスの新葉に産卵し、孵化した幼虫はこれらの葉を食べて育つ。幼虫は小さなうちは葉の裏側にいることが多くて目立たないが、大きくなると花茎を移動して食べているので、そんなときは目につきやすい。

その幼虫だが、とてもいかつい姿をしている。先が細かく枝分かれした68本のクリーム色の硬い棘状突起が全身を覆っているが、その姿はまるでゴジラの背びれのようだ。

この姿だけを見るといかにも毒がありそうだが、実際には毒はないようで、触っても痛くない。私は素手でこの幼虫を扱うが、そのコリコリとした感触がかえって気持ちいいくらいだ。

ルリタテハの幼虫(10月上旬、大年寺山)
白い棘は触ると痛そうだし毒もありそうに見えるが、人間には無毒のようで、私は素手で触ることができる(10月上旬、大年寺山)

トゲトゲの役割と意味

では、このゴジラの背びれにそっくりの棘(とげ)には幼虫にとってどんな役割があるのだろう。一般に個々の生物の形態は、生きていく上で有利な形質が選択された結果と考えるのが自然だ。だからルリタテハの幼虫の棘にも、生存率を高める何らかの役割や効果があると思われる。

私が考える役割は次の五つだ。①棘に含まれる毒成分の効果、②天敵昆虫への防御効果、③小型爬虫類などが口にしたときに感じる違和感(食感)の効果、④体表面を大きくすることによる大陽光の熱吸収の増大効果、⑤擬態や保護色としての効果、である。

それぞれについて具体的な役割を書くと、一つ目は、たしかに人間が素手で触っても大丈夫なので無毒のように思いがちだが、人間以外の捕食者が実際に咀嚼したとき、この棘から捕食者がまずいと感じる何らかの嫌な成分が出ている可能性だ。

二つ目は、寄生バエや寄生バチなどの寄生性天敵昆虫が産卵のために幼虫に止ろうとするとき、その棘が天敵昆虫の接触を拒む、ひとつのバリアーになっているのではないかという可能性だ。

三つ目は、たとえばカナヘビなどの小さな爬虫類が幼虫を咥えたとき、そのトゲトゲの食感がよくなく、食べずに吐き出す、という効果だ。

四つ目は、のっぺらな体表よりも、棘がたくさんある方が体表面は大きくなるので、結果として太陽光の熱をより多く吸収し、幼虫の生育が順調に進むという可能性だ。

最後の五つ目は、そのたくさんの棘が、案外、自然の中では捕食者の眼を欺く保護色や擬態の効果になっているという可能性だ。

いずれも私は可能性はゼロではないと思うが、実際に研究したわけではないので、あくまで推論に過ぎない。今後、この点に留意して観察を続けてみるつもりだ。

ホトトギスの葉裏のルリタテハの蛹(10月下旬、大年寺山)
ホトトギスの葉裏のルリタテハの蛹。トゲトゲがすっかりなくなっていることが分かる(10月下旬、大年寺山)

サルトリイバラも食べる

ルリタテハが産卵する植物はこのホトトギスの属すユリ科のほかに、サルトリイバラ科のサルトリイバラも知られている。

サルトリイバラ科は、かつてはユリ科に含まれていたが、DNA解析による研究により、現在はユリ科から独立した科になっている。実際、サルトリイバラとホトトギスの見た目はかなり異なり、二つの科に分けられたのも、ある程度納得できる。

サルトリイバラの花と葉(4月下旬、大年寺山)
サルトリイバラの花と葉。つる性の茎で他の植物などに絡みついて成長する。ルリタテハの幼虫はこの葉も食べて育つことができる(4月下旬、大年寺山)

もっとも、ルリタテハの成虫(雌)はホトトギスとサルトリイバラを区別することなく産卵するので、二つの植物はやはり相当に近縁であることは間違いない。

一般に昆虫の植物への産卵や摂食行動の触発には植物が含有する化学成分が重要な働きを担っているが、ルリタテハの側からすると、ホトトギスとサルトリイバラの含有する化学成分は非常に類似しているのだろう。なお、サルトリイバラの名前の由来は、その茎にある鋭い棘に絡まれると猿でも抜け出せなくなるという発想からとされている。

サルトリイバラの葉裏の小さな若齢幼虫(10月上旬、大年寺山)
サルトリイバラの葉裏の小さな若齢幼虫。終齢幼虫と同じような棘が生えている。さしずめ、ミニゴジラと言ったところだ(10月上旬、大年寺山)

タマガワホトトギス

ルリタテハは前述したように里山でよく見かける蝶だが、上高地にも生息している。春先は越冬後の成虫を河童橋でも見ることもあるし、夏は遊歩道の地面にとまって吸水している姿を見かけることもある。

上高地ではホトトギスは自生していないが、ごく近縁のタマガワホトトギスが自生している。恐らく、この植物が上高地のルリタテハの産卵植物ではないかと思っている。

ただ、成虫はよく見かけるが、まだタマガワホトトギスから幼虫を見つけたことはない。特徴のある黄色い花を咲かせる野草なので、上高地を歩くときは幼虫がついていないか、注意してみようと思う。

上高地に自生しているタマガワホトトギス(7月下旬)
上高地に自生しているタマガワホトトギス(7月下旬)。ただのホトトギスと異なり、花被片は黄色で、多数の赤紫色の斑点が上品な味わいを醸し出している

モスラとゴジラの和解

冒頭で述べたように、私の最初のゴジラ体験は『モスラ対ゴジラ』だったが、ここまで書いてきてルリタテハの幼虫にはゴジラとモスラ両方の要素が含まれていることに気づいた。つまり、ゴジラにそっくりなルリタテハの幼虫は、モスラと同じチョウ目の昆虫だからだ。これはまったくの偶然だろうけれど、たとえばゴジラとモスラが和解後に誕生したハイブリッドがルリタテハだった、という大胆な仮説も私のなかでは成り立つ。

もし、この仮説をもとに新しい怪獣を作るとしたら、それはきっとモスラの幼虫の背中にゴジラの背びれがある姿になるだろう。そしてこのハイブリッド怪獣は口から糸を吐く代わりに、背びれを発光させて放射熱線を吐くわけだ。

この怪獣が人類の敵か、はたまた味方なのかどうかまではまだ考えていないが、もし私の仮説をベースに新しい怪獣映画が作られたら、最初の発案者として私の名前が映画史に残ることになるだろう。この新怪獣の名称については、皆さんにも考えていただければと思っている。

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アラスカを舞台に活躍した星野道夫さんの2026年版カレンダーです。1996年8月8日に亡くなられてから、早くも30年になろうとしています。けれども、その被写体に対する優しいまなざしは少しも色褪せることはありません。4月掲載のシロフクロウは時折、北方、おそらく千島列島から海を渡って大雪山にも飛来します。大型の白い鳥なので、大雪山に登ったときは注意してみてください。

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プロフィール

昆野安彦(こんの・やすひこ)

フリーナチュラリスト。東京大学農学部卒(農業生物学科)、東北大学農学部名誉教授。著書に『大雪山自然観察ガイド』『大雪山・知床・阿寒の山』(ともに山と溪谷社)などがある

ホームページ
https://connoyasuhiko.blogspot.com/

山のいきものたち

フリーナチュラリストの昆野安彦さんが山で見つけた「旬な生きものたち」を発信するコラム。

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