山岳・風景写真の教科書 第17回 夏山残照
夏山でいかに美しい風景を写真に収めるか。露出や絞り、シャッタースピードなど撮影技術の習得はもちろん必要ですが、同じくらい重要なことがあると菊池先生は指摘します。
文・写真=菊池哲男
待つ。粘る。
カメラの性能が向上した今、いい写真を撮るためには技術よりも姿勢のほうがより重要な時代になってきました。たとえば夏の山では朝晴れていても、午後には雲が発達して山が隠れてしまうことがよくあります。以前なら夕方、気温が下がって雲海になったものですが、最近は気温が下がらず、夜になってから晴れることが多くなりました。それでも朝夕の時間帯はわずかな望みをもって狙った場所でスタンバイします。それは、行けばよかったと後悔したことが何度もあり、シャッターチャンスを待つこと、そして粘ることの大切さが身に染みているからです。
このときは北アルプスのコルに立つ種池(たねいけ)山荘に滞在していましたが、午後になり、小屋の周りはガスが垂れ込めて視界はほぼゼロでした。それでも準備をして小屋を出ようとすると、スタッフや居合わせた登山客から「こんな天気でどこへ行くんですか」と不思議がられます。爺ヶ岳(じいがたけ)を登っても真っ白で、下りてくる登山者からも「上では何も見えませんよ」と声をかけられました。それでも爺ヶ岳南峰で待つこと1時間、今日はダメかと諦めかけたとき、次第にガスが動き始めました。やがて剱岳(つるぎだけ)の稜線が見え始めたかと思うとみるみる視界が開け、やがて目の前で大きな滝雲になりました。頭上の雲が夕日に染まり、最後は雲が取れて西の空には細い三日月が輝きました。種池山荘の明かりと相まって、どちらも狙いどおりの、手応えある一枚となりました。
小屋に戻ると登山客から「夕方は残念でしたね」と話しかけられました。小屋はずっと滝雲の中だったので、すぐ上であんなドラマが展開されているとは思わなかったのでしょう。
6:44PM
爺ヶ岳に着いて1時間、太陽が沈むころになってやっと雲のラインが下がり、雲海っぽくなってきたが、まだ剱岳の雄姿は見えず。
撮影データ
●焦点距離39mm
●シャッタースピード1/320秒
●F8
●ISO200
7:01PM
種池平付近は滝雲になり、やっと剱岳と立山(たてやま)連峰が姿を現わした。そして山の上の雲が夕焼けに染まった。レンズを超広角に替えて、焼ける雲も入るようにフレーミングした。
撮影データ
●焦点距離15mm
●シャッタースピード1/60秒
●F8
●ISO200
7:52PM
上空の雲はほぼなくなり、かすかな残照の空に浮かぶ剱岳と三日月、そして種池山荘の明かりがよいアクセントに。地球照が美しく、イメージどおりの一枚となった。
撮影データ
●焦点距離70mm
●シャッタースピード5秒
●F4
●ISO200
(『山と溪谷』2025年9月号より転載)
この記事に登場する山
プロフィール
菊池哲男(きくち・てつお)
写真家。写真集の出版のほか、山岳・写真雑誌での執筆や写真教室・撮影ツアーの講師などとして活躍。白馬村に自身の山岳フォトアートギャラリーがある。東京都写真美術館収蔵作家、公益社団法人日本写真家協会(JPS)会員、日本写真協会(PSJ)会員。
山と溪谷編集部
『山と溪谷』2026年1月号の特集は「美しき日本百名山」。百名山が最も輝く季節の写真とともに、名山たる所以を一挙紹介する。別冊付録は「日本百名山地図帳2026」と「山の便利帳2026」。
山岳・風景写真の教科書
『山と溪谷』で2024年5月から連載の『山岳・風景写真の教科書』から転載。写真家の菊池哲男さんが山の写真を撮る楽しみをお伝えします。
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