オットセイの睾丸は太ももにしまわれている! 海の生き物の意外すぎる真実

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日本一クジラを解剖してきた研究者・田島木綿子さんの初の著書『海獣学者、クジラを解剖する。~海の哺乳類の死体が教えてくれること』が発刊された。海獣学者として世界中を飛び回って解剖調査を行い、国立科学博物館の研究員として標本作製に励む七転八倒の日々と、クジラやイルカ、アザラシやジュゴンなど海の哺乳類たちの驚きの生態と工夫を凝らした生き方を紹介する一冊。発刊を記念して、内容の一部を公開します。第2回は、似ているようで全く異なるオットセイとアザラシについて。

 

 

アザラシとオットセイの見分け方

アシカ科の仲間と、アザラシ科の仲間は、外見上よく似ている。どっちがどっちなのか、区別のつかない人もいるだろう。

簡単に見分ける一番の方法は、「耳」である。オットセイには〝耳介(じかい・耳たぶを含めた外側から見える耳の部分)〞があるが、アザラシにはない。

顔の左右にかわいい耳(耳介)がちょこんとついていれば、それはアシカ科で、日本周辺だとオットセイやトドである。一方、耳が見えなければアザラシ科で、日本周辺だとゴマフアザラシやゼニガタアザラシなどと思って間違いない。

アザラシ科は、現在、世界中で10属18種が知られている。アシカ科より圧倒的に数が多く、現在では鰭脚類(きょうきゃくるい)の約9割をアザラシ科が占めている。

アザラシ科も、アシカ科と同様に水陸両用の生活が可能だ。アシカ科に比べると、アザラシ科のほうが水中生活により適応した生態を獲得したため、より広い海域に進出し、繁栄できたと考えられている。

先ほどアザラシ科には耳介がないと説明したが、これは耳がないわけではない。耳の穴はあって、聴覚もある。ただ、外から見てわかる耳介がないということである。

これは水中生活に特化したためといわれている。水中では、体から出っ張っているものがあると、遊泳の際に抵抗が増して泳ぐ速度が落ちたり、体温保持の妨げになってしまうからである。

同じ理由で、オスの生殖腺である精巣(睾丸)は下降せず、腹腔内に収まっている。
完全水中生活を選択したクジラやイルカ、ジュゴン、マナティも同じである。

オットセイ(アシカ科)の精巣は、腹腔内ではないが、大腿(太もも)の筋肉の中に収まっている。やはり、ブラブラしているものが体についていると、水中では邪魔であり水の抵抗を受けやすいうえ、バランスが取りにくい。これも、海に戻った哺乳類たちの大きな特徴である。

さらに、生活のほとんどを水中に移行したアザラシ科は、後ろ肢をアシカ科のように身体の下に折り曲げることができない。前肢で上半身を支えることも不得手なので、陸上ではシャクトリムシのように体を屈伸させて移動するしかない。

当然、アシカたちのように前肢でボールをつかむような芸当は無理だ。だから、水族館などのショーで見かけることはほとんどない。しかし、随分前に出張で訪れたオランダのテクセル島にある水族館で、アザラシのショーを見たことがある。ショーといっても、アザラシが床に寝転んだ姿勢のまま、頭だけ飼育員さんのほうを向き、ひとたびサインが出ると、小さな前肢を一生懸命に振りながら(ほとんど振れていないのだが)、手のひらをこちらに見せて、観客にバイバイのあいさつをしたり、全身をローリングさせて右から左へただゴロゴロ移動したりする、とても芸とはいえないシンプルなものだった。

それでも、そんなアザラシの姿を見て、瞬時に魅了されてしまった。私だけでなく、観客はみな笑顔で、アザラシのバイバイに大喝采を送っていた。

アザラシは耳が見えない(上)、オットセイは小さい耳がちょこんと見える(下)

 

水中生活により適応したアザラシ科

陸上では、そのように超ドンクサい印象のアザラシ科だが、ひとたび水中へ入ると、見違えるように彼らの本領が発揮される。

高速で遊泳したり、右へ左へ自由自在に動き回ったかと思えば、縦泳ぎや仰向け泳ぎをしながら気持ちよさそうに小休止したりする。水中を優雅に泳ぐ姿は、何時間見ていても飽きることはない。

じつはアザラシは、海の哺乳類の中でも潜水能力に長けているほうで、カリフォルニアアシカは約300メートル潜るのに対して、ミナミゾウアザラシは水深2000メートル近くまで潜るという記録もある。

潜ったあとに急浮上すると、アザラシも潜水病になる危険があるようだ。そのため、深く潜ったあとは、らせんを描くようにゆっくりと浮上し、水圧に体を慣れさせる種類もいる。

あるいは、水の中でらせん状に遊泳しながら、睡眠や休息するアザラシがいることも知られている。やはり、アザラシ科は水中での姿を観察するのが一番だ。

遊泳するとき、アシカ科は前肢を使うが、アザラシ科は後ろ肢を左右に振って進む。あの、ずんぐりむっくりした一つの大きなボールのようなアザラシの体型は、水の抵抗を少しでも軽減させるために不要なものを極力そぎ落として完成された究極の形なのかもしれない。

普通に考えると、ずんぐりむっくりしているアザラシよりも、シャープな体型のアシカのほうが、水の抵抗が少ないように感じる人もいるだろう。だが、一概にそうとはいえないのである。

アシカ科は確かにスレンダーな体型をしているが、胸ビレが長く、身体との間にすきまができる。そのため、胸ビレを振るたびに乱流が生じ、それが抵抗となる場合もある。

一方、アザラシもそうだが、遊泳が得意な種のマッコウクジラ科やアカボウクジラ科では胸ビレを極端に小さくし、なるべく水の抵抗を受けない潜水艦のような紡錘(ぼうすい)形(コロコロした体型)に進化している。

アザラシは耳介もなくし、あえて身体を一つの塊とすることで、弾丸のように前へ進むことができるのである。

また、体型がシャープだと、瞬発力に長けていても、持久力を維持するエネルギーを長時間生産できない。その点、アザラシのように皮下脂肪が大量にあれば、泳ぐときのエネルギーを常に産生することができ、水中に長時間いることが可能となるのだ。

アザラシは後ろ肢を左右に振って泳ぎ(上)、オットセイは前肢を振って泳ぐ(下)

 

※本記事は『海獣学者、クジラを解剖する。』を一部掲載したものです。

 

『海獣学者、クジラを解剖する。~海の哺乳類の死体が教えてくれること~』

日本一クジラを解剖してきた研究者が、七転八倒の毎日とともに綴る科学エッセイ


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著: 田島 木綿子
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【著者略歴】
田島 木綿子(たじま・ゆうこ)

国立科学博物館動物研究部研究員。 獣医。日本獣医畜産大学獣医学科卒業後、東京大学大学院農学生命科学研究科獣医学専攻にて博士課程修了。 大学院での特定研究員を経て2005年、テキサス大学および、カリフォルニアのMarine mammals centerにて病理学を学び、 2006年から国立科学博物館動物研究部に所属。 博物館業務に携わるかたわら、海の哺乳類のストランディングの実態調査、病理解剖で世界中を飛び回っている。 雑誌の寄稿や監修の他、率直で明るいキャラクターに「世界一受けたい授業」「NHKスペシャル」などのテレビ出演や 講演の依頼も多い。

海獣学者、クジラを解剖する。

日本一クジラを解剖してきた研究者・田島木綿子さんの初の著書『海獣学者、クジラを解剖する。~海の哺乳類の死体が教えてくれること』が発刊された。海獣学者として世界中を飛び回って解剖調査を行い、国立科学博物館の研究員として標本作製に励む七転八倒の日々と、クジラやイルカ、アザラシやジュゴンなど海の哺乳類たちの驚きの生態と工夫を凝らした生き方を紹介する一冊。発刊を記念して、内容の一部を公開します。

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