イルカは「逆子」のほうが安産!? クジラたちが身につけた驚きの繁殖戦略

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すべての生物にとって「生きること」は結構大変だけど、それだけで素晴らしいこと。 ザトウクジラは、なぜソングを歌うのか? ヤギの交尾が一瞬で終わる切実な理由とは? ヒトはもともと難産になりやすい? 求愛の悲喜こもごもから交尾の驚くべき工夫、妊娠・出産の不思議、環境に適応した多様な子育ての方法まで、めちゃくちゃ面白くて感動する動物の繁殖のはなしを集めた『クジラの歌を聴け』(山と溪谷社)が発刊されました。本書から、一部を抜粋して紹介します。

文=田島 木綿子

海で出産するのに重要なこと

4~6月は比較的、イルカの出産が多くみられる時期。イルカをはじめとするクジラ類は、陸の哺乳類と違って生まれた途端、呼吸を確保しなければならず、子どもは母親に甘えるより先に、急いで海面に浮上しなければならない。

そのためにも、出産を短時間で済ませ、子どもは自力で泳げるだけの成長した状態で産む必要がある。

そして、クジラの子どもはすべて逆子で産まれてくる。

一般的に、哺乳類の新生児は頭部側から産まれる。最初に大きな頭部が通過することで産道を広げ、続く胴体部分もスムーズに産道を通れるようになるからである。

一方、水中では臍帯が母親と切れた瞬間、子どもは自力呼吸する必要が生じ、そのためなるべく早く海面に浮上しなければならない。しかし、頭部が出た後に、何らかの理由で胴体部がするっと出てくることができなかったら……。

子クジラは窒息死してしまう。そうしたリスクを減らすため、子クジラは先に尾部から体の大半を出し、臍帯の切り離しをぎりぎりまで粘っている。

実際、クジラの出産シーンを見ると、尾部が出た途端、子クジラ自身も尾ビレを一生懸命に背腹に打ち振り、産道を通り抜けようとする。

一番大きな頭部が最後だと、それはそれで産道で引っかかりやすいのではと心配になるが、流線形の体型という進化を遂げた彼らには無用な心配のようだ。

ファーストブレス(最初の呼吸)をするために、シワシワの子クジラが母親にアシストされながらよちよち泳ぎで海面へ向かう姿には「がんばれ〜。あと少し!」とエールを送らずにはいられない。

親も子も、生き抜くために

胎盤における母親由来と胎児由来の膜の結合には複数のタイプがある。そこには母子の関係性が見え隠れすることを、「食うか食われるかの関係」に照らしてもう少し見てみよう。

たとえば、陸上に生息する草食動物は、圧倒的に「食われる側」にいる。ということは、極力、外敵に気づかれないよう、悟られないように生きていくしかない。

そのため、出産時は出血の少ない短時間出産ができるよう胎盤の結合は緩くし、子ども側も出産後すぐにひとり立ちができるまで成長して生まれる。

さらに、こうした胎盤構造や結合様式をもつ動物を見てみると、母子の関係も比較的あっさりしており、母子で過ごす時間も短い。それは育児放棄や薄情ということではなく、母親が四六時中面倒を見なければならない状態で子どもが産まれてしまうと、それだけ母子共に危険が迫る。

子どもに気をとられていると、その隙に母子共に襲われる可能性や、子どもに気を取られ過ぎて結果、母親自身がエサを取れず衰弱し母乳が出なくなれば、結果的に母子共に死亡してしまうこともある。

その結果、あえてあっさりした親子関係を選択したのだろう。たとえ子どもだけが外敵の獲物になったとしても、それは「食われる側」である以上、致し方ない。

母親が生き残れば、また新しい命を宿すだけである。そこには、すべての動物が生存競争にさらされているのだという自然界のゆるぎない摂理があるだけである。

一方、胎盤の結合が密な私たち人間を含む高等霊長類や食肉類では、母子の関係はより密な傾向にある。「食う側」にいる動物が多く、ニッチ(生態的地位)も安定している種が多い。

その結果、母親は子どもに愛情を注ぐ余裕ができ、必然的に一緒に過ごす時間も増える。さらに仲間たちが、そんな母子を守る社会性をもち合わせているためであろう。

繁殖にまつわる戦略は、すべての動物において生存競争の結果に直結しやすい。子宮と胎盤の構造から出産、その後の親子関係まで、高度に連携したしくみがつくられている。

クジラ類の場合、水中でするっと安全に産むために、胎盤の結合は比較的、緩い。その一方、生まれた後の母子関係はそれに反して比較的密であり、母子は長時間にわたり行動を共にする種が多い。

ひいき目に見てしまうと、クジラ類は良いとこ取りができているといえよう。安産で授かった子どもと好きなだけ一緒に過ごせるなんて、願ったり叶ったりではないだろうか。
さすがクジラたち!である。

 

※本記事は、『クジラの歌を聴け 動物が生命をつなぐ驚異のしくみ』(山と溪谷社)を一部抜粋したものです。

 

『クジラの歌を聴け 動物が生命をつなぐ驚異のしくみ』

全員、生き残るための工夫がすご過ぎる

イルカはあえて逆子で産む!
ウマの“たまらん顔”は興奮の証!
ラッコの愛情表現は痛すぎる!
ヤギの交尾は一瞬で終わる!

海獣学者が解きあかす すばらしき繁殖戦略


『クジラの歌を聴け 動物が生命をつなぐ驚異のしくみ』
著:田島 木綿子
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note「ヤマケイの本」

山と溪谷社の一般書編集者が、新刊・既刊の紹介と共に、著者インタビューや本に入りきらなかったコンテンツ、スピンオフ企画など、本にまつわる楽しいあれこれをお届けします。

クジラの歌を聴け

ザトウクジラは、なぜソングを歌うのか? ヤギの交尾が一瞬で終わる切実な理由とは? ヒトはもともと難産になりやすい? 求愛の悲喜こもごもから交尾の驚くべき工夫、妊娠・出産の不思議、環境に適応した多様な子育ての方法まで、めちゃくちゃ面白くて感動する動物の繁殖のはなしを集めた『クジラの歌を聴け』(山と溪谷社)が発刊された。本書から、一部を抜粋して紹介します。

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