ヤギの交尾が一瞬で終わる切実な理由

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すべての生物にとって「生きること」は結構大変だけど、それだけで素晴らしいこと。 ザトウクジラは、なぜソングを歌うのか? ヤギの交尾が一瞬で終わる切実な理由とは? ヒトはもともと難産になりやすい? 求愛の悲喜こもごもから交尾の驚くべき工夫、妊娠・出産の不思議、環境に適応した多様な子育ての方法まで、めちゃくちゃ面白くて感動する動物の繁殖のはなしを集めた『クジラの歌を聴け』(山と溪谷社)が発刊されました。本書から、一部を抜粋して紹介します。

 

その名も一突き型交尾

陸上の哺乳類の中にも、クジラと同じ「弾性線維型」の陰茎をもつ動物はたくさんいる。ヤギもその一種である。

ヤギは、ウシ科ヤギ属の動物で、クジラと同じ鯨偶蹄目に分類される。クジラ類とヤギは共通の祖先をもつことから、同じ陰茎型を有するのは想像に難くない。ヤギの他、ウシやヒツジ、ラクダなどの偶蹄類は、そのほとんどが草食動物であるため、野生下ではいつも外敵からの襲撃を警戒しなければならない。

とくに無防備になりがちな交尾中は要注意で、ロマンチックな気分に浸っている場合ではなく、なるべく短時間で交尾を終わらせる必要がある。そこで彼らが獲得した戦略が「一突き型交尾」である。じつはクジラ類は肉食性であるが、この一突き型交尾を選択した。

一突き型交尾では、パンと手を叩くくらい一瞬のうちに交尾が終わる。弾性線維型の陰茎は、前述したように腸から伸びる筋肉(陰茎後引筋)に引っ張られながら、普段は包皮の中に一定の大きさでS字状に折りたたまれた形で収まっている。

それがメスの発情を察知すると、陰茎後引筋が弛緩し、陰茎が瞬時に飛び出す。まさに〝一突き〞で交尾を終えるのである。これにより、天敵の奇襲も何のそので交尾を完了させることを可能とした。

獣医大学の学生時代、繁殖学の実習でヤギの交尾を観察したことがある。それがいかに一瞬のうちの出来事か、卒業して数十年が経った今でも、級友たちと思い出して話すことがあるくらい印象に残っている。

何度もいうが、本当に一瞬で終わる。事前に、担当の先生から「あっという間だから見逃すなよ」といわれ、目を見開いて観察していたところ、オスがメスにまたがったと思った瞬間、もう終わっていた。

交尾時間は、約1秒。なんともせっかちな交尾だなあという感想とともに、「これで本当に受精するのかな」と心配になるが、だからこそ、一瞬の交尾でも確実に受精するように、草食動物は弾性線維型の陰茎と一突き型交尾を身につけたのである。

ただし、その一瞬に陰茎がちゃんと膣に入らないことも、ある。男性の方なら想像しただけで悶絶しそうになるかもしれない。ヤギをはじめとする草食動物も、ちゃんと挿入できないと陰茎が曲がってしまったり、痛みのあまりオスが悲鳴をあげたりすることもある。

一方、クジラ類は海洋での生活を選択した結果、重力から解放され、体を大きくすることで、陸上の草食動物ほど天敵に怯える必要はなくなった。しかし、お互い泳ぎながら交尾したり、定期的に海面に浮上して呼吸をしたりしなければならない。こうした不便さを補うためか、クジラ類もこの一突き型交尾を継承し、陰茎の形も弾性線維型でS字状に体内に収まっている。外側に陰茎や精巣があれば、遊泳のとき邪魔になるというものであろう。

 

※本記事は、『クジラの歌を聴け 動物が生命をつなぐ驚異のしくみ』を一部抜粋したものです。

 

イベント情報

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2023年5月8日19:00~21:00 (18:30オンライン開場)@本屋B&B

田島木綿子さんと、JAXA 宇宙科学研究所研究員の久保勇貴さんという全く異なる専門の研究者によるトークイベントです。
会場での現地参加とリアルタイム配信、見逃し視聴で参加できます。
詳細・予約はこちら。

 

『クジラの歌を聴け 動物が生命をつなぐ驚異のしくみ』

全員、生き残るための工夫がすご過ぎる

イルカはあえて逆子で産む!
ウマの“たまらん顔”は興奮の証!
ラッコの愛情表現は痛すぎる!
ヤギの交尾は一瞬で終わる!

海獣学者が解きあかす すばらしき繁殖戦略


『クジラの歌を聴け 動物が生命をつなぐ驚異のしくみ』
著:田島 木綿子
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note「ヤマケイの本」

山と溪谷社の一般書編集者が、新刊・既刊の紹介と共に、著者インタビューや本に入りきらなかったコンテンツ、スピンオフ企画など、本にまつわる楽しいあれこれをお届けします。

クジラの歌を聴け

ザトウクジラは、なぜソングを歌うのか? ヤギの交尾が一瞬で終わる切実な理由とは? ヒトはもともと難産になりやすい? 求愛の悲喜こもごもから交尾の驚くべき工夫、妊娠・出産の不思議、環境に適応した多様な子育ての方法まで、めちゃくちゃ面白くて感動する動物の繁殖のはなしを集めた『クジラの歌を聴け』(山と溪谷社)が発刊された。本書から、一部を抜粋して紹介します。

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