セイウチの陰茎に隠された、ある「意外なもの」とは?

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すべての生物にとって「生きること」は結構大変だけど、それだけで素晴らしいこと。 ザトウクジラは、なぜソングを歌うのか? ヤギの交尾が一瞬で終わる切実な理由とは? ヒトはもともと難産になりやすい? 求愛の悲喜こもごもから交尾の驚くべき工夫、妊娠・出産の不思議、環境に適応した多様な子育ての方法まで、めちゃくちゃ面白くて感動する動物の繁殖のはなしを集めた『クジラの歌を聴け』(山と溪谷社)が発刊されました。本書から、一部を抜粋して紹介します。

 

 

確実に成し遂げるために

クジラと同じように陸から海へ生活の場を移した海獣類の仲間に、セイウチがいる。
セイウチは、北極圏の氷上や沿岸域に生息するセイウチ科セイウチ属の鰭脚類(ヒレ状の脚をもつ海獣類)で世界中に1種しかいない。オスもメスも長い牙(犬歯が発達したもの)をもち、口周りにヒゲ(洞毛:感覚毛)がある。繁殖期になるとオス同士で闘い、勝ち残ったものが、一夫多妻のハーレムを形成することができる。

セイウチも大きくは食肉類に分類されるため筋海綿体型の陰茎をもつのだが、陰茎内部に「陰茎骨」と呼ばれる〝骨〞が存在するタイプの陰茎なのが特徴だ。

陰茎骨をもつ動物は比較的多く、人間以外の霊長類、食肉類、翼手類(コウモリ類)の多くと、齧歯類(リス、ネズミ、ビーバーなど)、真無盲腸目(モグラ類)に存在が確認されている。種によっては先端が耳かきのように曲がっていたり、すぼまっていたりなど陰茎骨の形状が異なるため、種を同定する際に指標として用いられることがある。

「なぜ、骨が陰茎内に……?」と思う方もいるかもしれないが、じつはこれは画期的な戦略の一つである。
自分の子孫を確実に残すためには、オスはとにもかくにもメスのタイミングに合わせて交尾を行わなければならない。いかなる場合であっても……。

もしも、筋海綿体型の陰茎の内部に陰茎骨があれば、たまたま調子が悪くて海綿体が充血しない状態(非勃起状態)になっても、ある程度の大きさと形状を保ちながら膣へ挿入することができる。つまり、メスの発情を察知し、その数少ないチャンスを逃すことなくオスは交尾態勢に移行できる。

そのため、前述したように哺乳類の多くがこの陰茎骨を内蔵しているのだろう。霊長類や食肉類の中には、交尾時間が長い種ほど陰茎骨が長い傾向が見られ、交尾中の形状維持にも役立っているとされる。

鰭脚類の陰茎骨は、どれも単純な棒状をしている。ただし、長さで競った場合、セイウチの陰茎骨は群を抜いて長い。おそらく、哺乳類界で一番長い陰茎骨をもつのがセイウチである。
セイウチと同じ鰭脚類のミナミゾウアザラシのオスは、体長はセイウチのオスの2倍以上にもなる。しかし、当の陰茎骨の長さは30センチメートル弱ほど。これに対してセイウチの陰茎骨は約60センチメートルに至り、ミナミゾウアザラシの2倍の大きさである。

このように、体の大きさと陰茎骨の長さは比例していない。では、セイウチの陰茎骨がこれほど長いのはなぜだろう。
セイウチのメスは、排卵日が年に1〜2日しかなく、哺乳類の中でも排卵日が非常に少ない。そのため、年に一度の大イベント(交尾)を「必ず成功させる!」ために適応進化した結果、誰よりも長い陰茎骨をもつ動物になり得たのだろう。

先に少し紹介したが、種によって陰茎骨はさまざまな形状をしている。
アライグマやイタチの陰茎骨は、先端部がフック状に湾曲する。タヌキの陰茎骨は、全般的に棒状で腹側に尿道の通る溝がある。さらに、ネズミの陰茎骨は軟骨性なのに対し、同じ齧歯類のリスは骨質の丈夫な陰茎骨をもつ。

それぞれ進化の過程で、必要に応じて形状を変化させてきたわけだが、細かな工夫と戦略に敬服する。

 

※本記事は、『クジラの歌を聴け 動物が生命をつなぐ驚異のしくみ』を一部抜粋したものです。

 

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2023年5月8日19:00~21:00 (18:30オンライン開場)@本屋B&B

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note「ヤマケイの本」

山と溪谷社の一般書編集者が、新刊・既刊の紹介と共に、著者インタビューや本に入りきらなかったコンテンツ、スピンオフ企画など、本にまつわる楽しいあれこれをお届けします。

クジラの歌を聴け

ザトウクジラは、なぜソングを歌うのか? ヤギの交尾が一瞬で終わる切実な理由とは? ヒトはもともと難産になりやすい? 求愛の悲喜こもごもから交尾の驚くべき工夫、妊娠・出産の不思議、環境に適応した多様な子育ての方法まで、めちゃくちゃ面白くて感動する動物の繁殖のはなしを集めた『クジラの歌を聴け』(山と溪谷社)が発刊された。本書から、一部を抜粋して紹介します。

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