2022年の山岳遭難、件数・遭難者数とも過去最多に

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外出自粛が続いた2020年、21年を経て、各地の山は次第ににぎわいを取り戻しつつある。しかし、それに伴って山岳遭難も多発傾向にあり、2022年はついに件数、遭難者数とも過去最多となった。一方で無事救助されるケースも多いことなどから、体力不足が原因の事案も多いとみられる。

文=野村 仁

遭難多発も、死亡・行方不明の比率は低く

6月15日付で昨年度(2022年)の山岳遭難統計が発表されました。1年間の遭難発生件数は3015件、遭難者総数は3506人で、いずれも統計をとり始めた1961年以降の最多数を記録しました。前年度からの増加は発生件数380件増(+14.4%)、遭難者数431人増(+14.0%)で、大幅な増加といえます。

遭難による死亡・行方不明者数は327人で、前年から44人(+15.5%)増加しました。遭難者総数に占める比率は約9.3%で史上最低比率となっています。現代の山岳遭難では遭難者100人のうち約91人が救命され、約9人は死亡または行方不明になっているのです。

図1:山岳遭難発生状況
(最近10年間)

遭難増加の理由は推定するしかないのですが、いくつかの要因が考えられます。

・登山者が増えた
・コロナ禍の影響で登山者の体力レベルが低下した
・高齢化により登山者の体力レベルが低下した

 

(1)登山者の増加

コロナ禍の影響から登山界でもさまざまな規制が行なわれてきましたが、今年から規制は大幅に解除されています。登山マインドのうえでは、公的な規制解除に先行して、昨年から登山を再開する人が多かったと思われます。多くの人は日本アルプスなどの本格的な登山は控えて、近郊の日帰り登山から始めたでしょう。

その一方で、人の密集が避けられて感染リスクも低いというイメージからアウトドア活動のよさが見直され、キャンプブームなどとともに、登山・ハイキングを新たに始める人も多いことが各地で指摘されています。

 

(2)コロナ禍の影響による体力低下

2022年の態様別遭難者数[図2]の比率を見ると、①転・滑落約19%、②転倒約17%、③道迷い約37%、④疲労+病気約16%、⑤その他約11%、となります。「道迷い」の比率がかなり低くなったぶん、①②④がそれぞれアップしました。最も大幅に増加したのは「疲労」(204→286、+40.2%)でした。

図2:態様(原因)別発生状況
(2022年)

(注)「悪天候」は原資料中の「鉄砲水」(58人)を含む

登山は体力が重要で、「病気」はもちろんのこと、「転・滑落」「転倒」も体力の弱い登山者ほどリスクが高まります。

コロナ禍の約2年間は屋外での活動を控える生活スタイルが推奨されました。忠実に従った人ほど、また高齢の人ほど、運動不足に陥って体力が低下したでしょう。

また、公式な数値はわかりませんが、国民の4割ともいわれる高比率でコロナ感染者または抗体保有者が広がったことにより感染被害が収束に向かうことができました。コロナに対する社会的な抵抗力を形成するために国民の大多数がワクチンを接種しました。

コロナ禍の影響の実態はまだ解明されていないことが多いですが、コロナ禍に翻弄された2年間を通じて「体調が変わった」「体力が低下した」と感じている人は多いのではないでしょうか。筆者自身(60代後半です)もそう感じています。

 

(3)高齢化による体力低下

2022年の年齢別遭難者数[図3]を見ると、例年と同じ傾向ですが、70代までは高年齢層ほど遭難者が多くなっています。最も多い70代と60代を合わせて43.7%、60代以上の高齢者全体では半数超(50.7%)を占めます。登山人口の年齢構成が70代→60代→50代の順に多いと推定されますので、遭難者数もそれに対応していると考えられます。

図3:年齢層別遭難者数の変化
(2019年・2022年)

70代・80代になってもそこそこハードな登山を続ける人が多いのが日本の特徴ですが、3年前からの増減を見ても、増加しているのは50~80代の中高年登山者が中心です。この年齢層の登山者はベテランの方が多いと思いますが、自分の体力レベルをチェックして、それに見合った安全な登山計画をたてて登山に向かってほしいと思います。

なお、20代の遭難者も大幅に増加しています。ここには新たに登山・ハイキング、スキーなどを始めたビギナーの増加が反映しているのではないでしょうか。コロナ禍以後から登山などを始めた人は、情報の多くをSNSやインターネットに頼っているでしょう。正しい登山情報をどのようにして伝達してゆくかもこれからの課題だと思います。

 

(4)地域別の発生状況

統計では都道府県別の遭難発生数も公表されます。発生件数での上位10都道県は次のとおりです。

①長野284 ②東京205 ③北海道192 ④山梨155 ⑤神奈川151 ⑥群馬130 ⑦岐阜129 ⑧静岡124 ⑨兵庫123 ⑩富山115

遭難が多いのは高く険しい山が多い山岳県と思われがちですが、現在は都市近郊から日帰り登山が活発に行なわれている都県で遭難が多発しています。東京、神奈川、兵庫などが典型的な例です。

地域別の特色を推定するために、中部山岳(長野・富山など5県)、関東(1都6県)、中京・近畿(2府6県)を合わせてグラフにしてみました[図4-1・2・3]。コロナ禍以後の2020~22年はどの地域でも遭難が増加していますが、中部山岳+富士山で最も増加が激しく、関東地方でも高比率で増加しています。中京・近畿では増加はゆるやかだったことがわかります。

図4-1:中部地方の山岳県
(長野・富山・岐阜・山梨・静岡)

 

図4-2:関東1都6県
(東京・埼玉・千葉・神奈川・
茨城・栃木・群馬)

 

図4-3:中京・近畿2府6県
(愛知・三重・滋賀・京都・
大阪・兵庫・奈良・和歌山)

いずれにしても遭難多発の危険な流れに入っていることは確かです。自分の体力に留意しつつ、無理をせず安全に登山を楽しんでください。

プロフィール

野村仁(のむら・ひとし)

山岳ライター。1954年秋田県生まれ。雑誌『山と溪谷』で「アクシデント」のページを毎号担当。また、丹沢、奥多摩などの人気登山エリアの遭難発生地点をマップに落とし込んだ企画を手がけるなど、山岳遭難の定点観測を続けている。

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