山岳写真家おすすめ!北・南アルプスの絶景テント泊ルート

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ダイナミックな山岳風景が広がり、各所にテントサイトがある日本アルプスはテント泊登山の人気エリア。テントを担ぎ、南北アルプスの山々を日々撮り続けている山岳写真家の三人に、記憶に残る絶景×テント泊のおすすめコースについて教えていただきました。

取材=小林千穂、構成=大関直樹、山と溪谷編集部

おすすめの絶景テント泊コースを教えてください!

剱岳を登って眺めて充実の、『剱岳・立山三山』&ルートのおもしろさが光る『池ノ平・仙人池』——星野さん

小林:先ほど剱・立山エリアは、稜線にテント場が少ないとおっしゃっていましたが、そのなかでおすすめのルートはどんなところなのでしょうか。

星野:剱沢にテントを張り、剱岳に登って立山三山を縦走する「剱岳・立山三山」コースなんですが、なんといっても剱沢キャンプ場がいい。正面に剱岳を仰ぐ、眼前にあれだけの険しい山がそびえるテント場というのは他にないと思います。剱というのは、一般ルートの別山尾根でもなかなか難しいルートで、登る前に眺めて、あんなところに登れるのかと。翌日に登ってまた帰ってきて剱沢から剱を眺めて、あれを登ってきたんだと嚙みしめる。そんな楽しみがあるんです。そして本当に表情も豊か。剱の西には日本海があって、湿気を含んだ空気が山に当たって、日中はよくガスが湧くんです。それが夕方になって気温が下がるとスーッと霧が晴れてくる。あまり珍しくないんですけど、そういうことが繰り返される場所。そして、毎年剱沢にはなんだかんだテントを張っているんですが、写真を撮るのよりも、剱を眺める、感じる、対峙する場所だと思っています。布一枚隔てていても伝わってくる圧倒的な山の存在感を前に、撮影とか本当にどうでもよくなってしまう。「眺める絶景」ばかりでなく、「感じる絶景」というか。

小林:大迫力ですよね! 裏剱と呼ばれる「池ノ平・仙人池」もおすすめいただいていますが、こちらはいかがでしょうか。

星野:ここはルートのおもしろさっていうのがあると思うんです。ここはいわゆる稜線縦走ではありません。別山乗越から剱沢をひたすら沢沿いに下って、二股からもう一度登り返して、と非常に標高差があります。そうすると、稜線歩きとは違って、山深いところにありながら標高を下げることで、北アルプスらしくないヤブとか雪渓を歩くことになる。登り返した先は別山乗越から見る剱の反対側で、八ツ峰の荒々しい姿が広がっています。池ノ平のテント場には、ちょっと下ったところに平の池という湿地帯があって、散策するのにすごくいい。さらに、背後には池ノ平山という小高い山があってテント場から往復するのもいい。余計に1泊する時間を作って、絶景をじっくり楽しむ、そんな贅沢な山行プランが可能な場所だと思います。

小林:雪渓歩き、水平歩道、温泉と大きな変化があります。池に映る剱のフォームも本当に印象的ですよね。

星野:10年ちょっと前、剱沢から池ノ平、北方稜線に入って、集中的に撮影に入っていたときがあって。まだ梅雨の名残りか、夏の天気の入り具合がよくなかったんですが、池ノ平にテントを張って。すると夕方くらいになって劇的に天気が変わってきたんです。天気が好転するときの山の様相ってあるじゃないですか。霧が晴れてきて、見えなかったものが見えてくる、そういう瞬間。その日は八ツ峰が見えてきて、さらに空がおもしろい焼け方をしたんですよね。変な雲が浮いたりして。今でも鮮明に覚えているくらい、印象的な光景でした。

薄布一枚を通して感じる剱岳の存在感。これぞ絶景(写真=星野秀樹)
薄布一枚を通して感じる剱岳の存在感。これぞ絶景(写真=星野秀樹)
本格的な夏の到来を予感させる池ノ平の夕景(写真=星野秀樹)
本格的な夏の到来を予感させる池ノ平の夕景(写真=星野秀樹)

見落とされがちな名山『烏帽子岳』&樹林の絶景が広がる『蝶ヶ岳・大滝山』——三宅さん

小林:三宅さんは裏銀座のなかでも、マニアックな「烏帽子岳」の往復をご紹介いただきましたね。

三宅:10年ほど前までは、比較的近い野口五郎小屋にテント場があったので、烏帽子に宿泊した翌日、烏帽子岳を周遊して野口五郎に向かうというプランが組めたのです。でも今はなくなってしまい、野口五郎岳を経由して次のテント場に縦走を続けるには、長時間歩く必要が生まれました。そうなると、烏帽子岳やその近くの四十八池といった美しい風景をゆっくり楽しむことが難しくなってしまったんです。だから今回、あえて烏帽子岳の絶景をじっくり味わってもらいたいという意味を込めて選定しました。

小林:なるほど。どうしても裏銀座は槍をめざすことに視線が向いて、烏帽子岳に寄るのを後回しにしちゃいがちですもんね。

三宅:そうなんです。烏帽子岳から逆に船窪岳に向かう人も、やっぱり距離があるので早く出なきゃとなる。標高は北アルプスのなかでも決して高いほうじゃないんですが、実際に登ってみると、岩峰ですから上から下を見下ろすような形の視界が取れるんですよ。そうして見下ろすと池塘が点在してるので、すごくいいアクセントになるんですね。また、烏帽子とニセ烏帽子の間が鞍部になっているのですが、結構な頻度で霧が流れるんです。烏帽子小屋のテント場に泊まって、朝早くにニセ烏帽子へ向かうと、霧が立ち込めるなか岩峰に光が当たって、本当に興奮するような景色になります。

小林:初めて訪れる人はたしかに驚く風景かもしれないですね。

三宅:あとは、烏帽子岳のすぐ先に、南沢岳というマイナーな山があるんですが、実はここは燕岳と同じような花崗岩の山なんですね。奇岩があるわけではないんですが、岩が白くキラキラしていて、山肌がとても明るい。あまり登る人はいない地味な山ですが、たしかな存在感があります。僕もいつも行かなきゃなと思いながら毎年行かないという、困った山なんですけども。
でもね、あそこに行くとやっぱり表情が変わるんです。

小林:わぁ、私も行きたいです。

三宅:そういう発見のあるコースというところで、「蝶ヶ岳・徳本峠」もおすすめです。北アルプス南部らしい展望は少ないんですが、亜高山帯の美しい森の中をずっと進んでいくコースで、中間地点にある大滝槍見台で槍・穂高の雄姿が垣間見える以外、ずっと樹林帯なんです。北アルプスっていうのは高山で岩稜の山で、森林限界を超えて眺めがよくてっていう稜線が続くんですけれども、いやいや、それを支えてるのはこういう亜高山帯の樹林帯なんだよっていうのをはっきり体感できる。いわゆる絶景という、見たことがない景色だとか、息をのむ景色とか、そういう感じではないんですが。
だからといって、それだけではない、これは奥が深い景色って言ったらいいかな。そんなのを、一日中感じながら長々と、しかも人気がないので、あんまり人に会わないで楽しむことができる。そんなコースかなと思います。

烏帽子岳のテント場付近。谷を挟み餓鬼・燕を望む(写真=三宅岳)
烏帽子岳のテント場付近。谷を挟み餓鬼・燕を望む(写真=三宅岳)
南沢岳は明るい山頂。黒部の谷を挟み薬師岳を望む(写真=三宅岳)
南沢岳は明るい山頂。黒部の谷を挟み薬師岳を望む(写真=三宅岳)

豊かな色彩にあふれる『鳳凰三山』&富士山・中ア・北アの展望広がる『白峰三山』——伊藤さん

小林:伊藤さんに挙げていただいた「鳳凰三山」はテント泊初心者でも行けるルートですよね。

伊藤:手始めにチャレンジできるコースかなと思っています。夜叉神峠から上がればアクセスしやすいですし、体力のある人は御座石温泉や青木鉱泉から周回コースにするという選択肢もあります。そのうえ、この山で見られる絶景も、遠景・岩峰・植物とバラエティーに富んでいるんです。たとえば鳳凰小屋のテント場から少し下ったところでは、夕方に富士山がきれいに見えます。さらに朝日に照らされた、地蔵岳のオベリスクも。賽の河原のお地蔵さんに朝日が当たると、非常に神々しいんです。そのあと赤抜沢ノ頭まで上がると、白峰三山がきれいに望めます。

小林:タカネビランジのような高山植物もとてもきれいですよね。

伊藤:そうですね。ぜひ鳳凰三山で見てほしいのは、ホウオウシャジンという紫色の花で、鳳凰三山にしかない固有種になります。あと、私が紹介しているコースではないんですが、「白峰三山」もおすすめです。3000m級の稜線の東側には富士山、西には中央アルプス、北西側には北アルプスと絶景を全貌できる、まさに絶景ルートです。思い出深い光景は、北岳肩の小屋のテント場で見た星空です。前日はずっと荒天だったのですが、夜寒さで目を覚ますと、空いっぱいに星が広がっていて。私がテント泊で山岳夜景の撮影を始めるようになったのはこのときの経験がきっかけになっています。そしてそのまま朝まで起きて撮影をしていると、鳳凰三山と白峰三山の間に野呂川が流れているんですが、そこから雲海がどんどん湧いてきて、鳳凰三山を覆い隠すくらいに。夏場ならではの、白峰三山の絶景だと思います。

小林:白峰三山、特に北岳は地名度・景色ともに王道コースだと思います。

伊藤:また、北岳の東南斜面に生えるキタダケソウのほか中白根山のお花畑なども見どころです。農鳥岳より先の登山道は深山の雰囲気が漂っていて、すれ違う登山者も一気に少なくなり、自分一人だけの世界を満喫できます。
今回紹介していませんが、北岳から塩見岳に向かう北塩コースも一人だけの世界を味わうことができる魅力的なコースです。特に、熊の平小屋から先は登山者が極端に少ないのが特徴です。
登山道からの眺めを満喫する稜線歩きもでき、東側には、白峰南嶺が見えますし、西側には中央アルプスの峰々を眺めることもできます。とにかく、これらの峰々の眺めは他の山域に比べて本当にスケールが大きく、山の存在の大きさを実感することができます。

朝の光神々しく輝く地蔵岳(写真=伊藤哲哉)
朝の光神々しく輝く地蔵岳(写真=伊藤哲哉)

『山と溪谷』2022年6月号より転載)

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プロフィール

小林 千穂(こばやし ちほ)

山岳ライター。山好きの父の影響で子どものころに山登りをはじめ、里山歩きから雪山、海外遠征まで幅広く登山を楽しむ。山小屋従業員、山岳写真家のアシスタントを経て、フリーのライター・編集者として活動している。著者に『DVD登山ガイド穂高』(山と溪谷社)、『失敗しない山登り』(講談社)などがある。日本山岳ガイド協会認定、登山ガイド。

雑誌『山と溪谷』特集より

1930年創刊の登山雑誌『山と溪谷』の最新号から、秀逸な特集記事を抜粋してお届けします。

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